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呪われ豹王の専属魔法使い  作者: しゃり猫
三章_首都学園編(後編)
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01_新たな仲間


 三人が王宮の執務室に倒れ込むようにして様子を誰かが見ていたとしたら、「最後の樽を背中に括り付けられた、無力なラバのようだった」と表現するだろう。


 事実、ジルの足は生まれたての子鹿のように疲労でがくがくと震え、エリアスもまた、靴先から頭の天辺に至るまで汚れ、酷く乱れていた。唯一、ノアだけは多少の気力が残ってはいたものの、その表情には隠しようのない疲労が滲んでいる。簡潔にまとめるならば、三人はまさに、みじめなラバそのものだった。

 


 三人はソファに雪崩れ込み、しばしの間、視線を合わせることもなく無言を貫いた。窓の外を見れば日はすっかり暮れている。振り返れば、まさに怒涛の一日だった。エリアスが狙われ、ジルも襲撃を受け、ノアが助けに入った。結局のところ、大した怪我人も出ずに終わったのは、奇跡と言っても差し支えないだろう。

 


 ノアとの正面衝突を回避するため、狐面は、移動遊園地の空中を漂うドラゴンのオブジェに魔法をかけた。


 火を噴く怪獣と化したオブジェが一帯を瞬時に恐怖へと陥れたが、そこでのエリアスの活躍は飛び抜けていた。場を収めようとしたノアを制して前に出たエリアスは、ドラゴンの仕掛けが地平に据えられた魔法道具の操作によるものだと即座に見抜き、それを破壊。さらに、ドラゴンの爆散に合わせて虹の欠片を遊園地上空に降らせてみせたのだ。パニックに陥りかけた人々は一転して歓喜に沸き、図らずもその「粋な計らい」が祭りを鮮やかに彩ることとなった。


 

 だが、そのわずか十分ほどの間に、狐面は逃げ失せていた。テントに戻ると、ウサギ頭の姿も消え失せ、周囲には生々しい血溜まりだけが残されていた。あの謎の宝箱も見当たらず、ノアは意識を失っていた護衛たちを叩き起こした上で、ジルとエリアスを置いて一同帰路についた。


 特にジルの護衛に指定していたマークに対しては、冷徹な態度をノアは見せていた。もはやジルがフォローできる領域ではないと、彼女は黙ってそれを見守るしかなかった。


 

 いつの間に眠りに落ちていたのだろうか。ふと気づくと、ジルはソファに横たわり、枕に顔を埋めていた。ぼんやりと身体を起こすと、話し込んでいたらしいノアとエリアスが揃ってこちらを振り返った。ノアは少しは回復したようだが、目の下に隈ができていた。


 一方のエリアスは……どういうわけか、見るからに機嫌が悪そうだ。


「起きたか」

「ん……」


 壁の時計に目をやると、時刻はもうすぐ日付が変わろうとしていた。


「エリ。帰らなくてもいいの?」

「ご心配なく。連絡は入れてあるから問題ないよ」


 その憮然とした口調に、ジルは一瞬鼻白んだ。だが、今日の出来事――すなわち、エリアスを無理矢理に転移魔法へと押し込んだことを怒っているのかもしれないと思い至った。


「怒ってるのね、エリ」

「僕が? もちろん怒っているよ。理由はわかるだろう?」

「でも、あの魔法陣は一人用だったもの。私が入るわけにはいかないでしょう。彼らの狙いはあなただったんだから」

「じゃあ聞くけれど、君が残って対処できる相手だと判断したわけだ。それはどうして?」

「もちろん、確たる手段なんてなかったわ」


 自信満々に答えるジルに、エリアスは絶句したように言葉を失った。


「だって、相手はあなたですら怯むほどだったんだもの。ということは、結局はどちらが残っても同じだし、だったら私かあなたかと言われれば、私はやっぱりエリを選ぶわ」

「別に怯んだわけじゃない……」


 エリアスはぼそぼそと不満げに零した。そして少し気を取り直したように鼻を鳴らして告げた一言が、今度はジルを絶句させた。


「……流石は『浄化の魔女』様だ。随分な自信をお持ちで」


 驚愕に目を見張り、ノアに視線を飛ばすと、彼はゆるりとした余裕の笑みを浮かべていた。その表情だけで、彼がエリアスにジルの正体を明かしたのだと悟った。だが、なぜだろう。ジルが浄化の魔法使いであることは、腹心であるロズリー公爵にすら伝えていない。エリアスのことは、夜のひと時にノアへと話をしていたが、二人は今日が初対面のはずだ。


 ジルの戸惑いを察したのか、ノアは静かに頷いた。


「エリアスには、さっき伝えたところだ」

「でも……どうして?」


 エリアスを疎外していると思われたくないが、聞かずにはいられなかった。実際のところ、疎外とは真逆である。エリアスが真実を知っているという事実は、ジルをこの上なく喜ばせた。


「彼は類まれなる才能の持ち主であり、君の親友だ。信義に厚いとは言えないし、時に辛辣だが、信用に値する人物だと思う。それに……そろそろ仲間が必要な頃だろう?」

「きゃーっ!」


 歓喜の声を上げ、ジルはエリアスの首にしがみついた。これにはエリアスも、不機嫌な顔を突き通すことができなかった。ジルよりも小さな身体は、あっさりとソファに沈み込む。


「いや、僕、まだ怒ってるんだけど」


 その抗議を無視して、ジルは満面の笑みを輝かせた。


「お仲間にようこそ。親友!」






          ※



 

 ノアはその光景を微笑みながら眺めていたが、同時に込み上げる吐き気と、薄暗く霞む視界に耐えていた。体内の魔力が渦を巻き、どろりとうごめいているのを感じる。



(おかしい)



 あの日、「それ」が体内に潜り込んで以来、ジルに会うまで続いていたあの感覚だ。己の魔力と異物が激しくぶつかり合っている。いや、それだけではない。むしろ、混じり合い始めているーー?

 



「どう思う、豹王?」



 エリアスの問いに、ノアは我に返った。考えていたふりで間を置くと、ありがたいことにジルが先に口を開いてくれた。


「私はぜひお願いしたいわ。何かしら対抗手段の選択肢を増やしたいもの」

「ジルには封印の件もあるから慎重にやる必要があるけれど、今回のような厄介事に直面した時、取れる選択肢が少なすぎるのはまずいと思うんだ」

「……なるほど。だが、具体的な方法はあるのか?」


 どうやらジルに魔法を使えるよう訓練させたいらしい。ノアはそう予測して尋ねた。手段は多いに越したことはないが、ジルの魔法力がほぼ皆無であることは動かしがたい現実だ。


「魔力を練り上げる既存の魔法は無理だろうね。現時点でこれという案があるわけじゃないけれど、考えて損はないはずだ。今日だって、僕が作った魔法陣の最後の一筆を入れたのは彼女だけど、きちんと発動していたしね」


 なるほど、とノアは納得した。魔法陣というものは、魔力が皆無の者が介入すれば発動しなくなる。それに、最後の一線をどこに引くべきかという知識も必要だ。


「反対する理由はないな」


 賛成の意を示すと、ノアはエリアスの隣に座っていた、拳を握るジルの腰を掴み、ひょいと持ち上げた。そのまま己の膝に乗せ、背後から抱きしめるようにして肩に顔を埋める。


 土の匂いが混じったジルの香りを深く吸い込むと、体内を蠢いていた「それ」が、徐々に落ち着きを取り戻していくのがわかった。だが、やはり以前とは何かが違う。

 

「ノア……?」

「ん?」


 視線を上げると、ジルの滑らかな肌が赤く染まっていくのが見えた。その先では、眉間に深い皺を寄せたエリアスがこちらを睨みつけている。だが、ノアはそれを物ともせず、再びジルの肩に沈んだ。



「へえ……。そういうこと」

「そういうことだ」


 エリアスの、面白がっているようでありながら苛立ちを含んだ声に、ノアは短く答えた。ノアはエリアスを非常に気に入っているし、だからこそ仲間に引き入れる。


 しかし、長い目で見れば、早いうちにジルが自分のものだ、と認識させておく必要があった。まだ幼いとはいえ、元より他人に興味のなかった少年がこれほどまでにジルを気に入っているのだ。それに五年も経てば、女性からの羨望を一身に集める存在になることは想像に難くない。余分な芽は早いうちに摘んでおくに越したことはないのだ。

 


 そう考えて、今日の出来事を振り返ることも、組織のことも、他諸々も脇に置いて、ノアは見せつけるようにジルの唇を塞いだ。



更新情報はXにて @sharineko01

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