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いくつかの大きな懸案事項が、入り乱れ重なり合って、宙に浮いている。
洗顔後の顔をタオルで拭く私の目の端に、コップに置かれた二本の歯ブラシがちらりと映った。
ぷかぷか浮かぶ懸念事項の内の、一つがこれ。
歯ブラシだけじゃない。お箸もお茶碗もマグカップも、ある日突然二つに増えた。
あの日以降、壱己は私の部屋に棲みついている。正確にはその翌日から、だろうか。
天河さんと話したあの日の夜、壱己は私の部屋に泊まった。翌日の早朝、やけにあっさり自宅へ帰ったかと思うと、二時間も経たない内に大きなスーツケースを引いて戻ってきた。
「何その大荷物」
目を丸くする私をよそに、壱己はパカっとスーツケースを開いて荷解きを進める。仕事用のスーツから下着やシェーバーなどの小物まで、生活必需品が次々と出てくる。まさか。まさかとは思うけど──。
「俺、今日からここに住む」
嫌な予感は、当たった。
「……何で?部屋が火事で全焼してたとか?」
「するかよ。俺が傍にいればあいつの夢に呼ばれないんだろ。安全じゃん」
そうだけど。そうかもしれないけど。
「そんな大事なこと、相談もしないで勝手に決めないで」
「相談したってお前どうせなんだかんだ文句言って言い訳して拒否するじゃん」
「私の家なんだから拒否権くらいあるでしょ」
「なら今すぐ荷物纏めて俺の部屋に来い。それが嫌なら即入居出来る部屋を探して一緒に引っ越そう。俺だって本音言や、もっと広くて整った二人用の部屋借りて住みたいよ。けど俺がここに来るのが一番手っ取り早くてお前に負担がかからないと思ったから、取り急ぎ必要な物だけ持って来たんだ」
「何で一緒に住むのが前提で決定なの⁈」
「嫌なの?ずっと一緒にいるって言ったのに?一緒の墓に入るとまで言ったくせに?」
私はうっと言葉に詰まった。
あの時、何で他の言い方が思いつかなかったんだろう。壱己はきっと今後もそれを言質にして、好き放題するつもりだ。思い出すのも恥ずかしいのに、何度も繰り返さないで欲しい。言わなきゃ良かった。私は激しく後悔していた。
私はぶんぶん首を振って、抵抗した。
「だ…だって、一緒に住むって、同棲ってことでしょ?人生の重大イベントじゃない。こんな成り行き任せに決めちゃうようなものじゃ…」
「簡単じゃないし成り行きじゃないよ。前から結婚してって言ってるじゃん。お前も俺のプロポーズを了承した。手始めに一緒に住むくらい何も問題ないだろ」
「りょ…了承…?私が?いつ?」
「一緒の墓に入ろうなんて了承以外の何なんだよ。俺はそれを受けて行動に移してるだけ。ちょうどお前もやべぇ奴に目をつけられてるところで、俺はお前をあいつの魔の手から守らなきゃいけない。タイミング的にもちょうどいい。結婚を視野に入れて一緒に住もう」
「…い、いや…でも……」
「灯里、よく考えてみろ。生きてる間ずっと一緒にいて墓場でも一緒、そこまでしといてでも結婚はしない、その選択に何かメリットがあるのか?特にないだろ、俺らには。事実婚が増えてるって言ってもな、なんだかんだ言ってまだ法律的に婚姻関係結んどいた方が便利で得する世の中だ。婚姻届一枚出しときゃ俺とお前は全国民公認の夫婦、いざとなりゃ俺がお前を扶養してやる事も出来るし、俺が死んだら資産は全部お前のものだ。生活するにも二馬力の方が楽だし、一緒にいるのに何で結婚しないの?とか面倒臭い質問攻めを食らう事もない」
流れるようにそう説いて、壱己は私を丸め込もうとする。
「この部屋、もうすぐ更新時期だろ?それまでに新しく住む場所見つけような」
「…勝手に、決めないで…!」
私は怒っているのに、壱己は朗らかに笑って荷解きを再開する。




