十三.集落の中心部にはひと際大きな
集落の中心部にはひと際大きな木が屹立しており、そこに設えられた建物にアリスやミサゴら、援軍の主要人物たちはコノハ、カンナに案内せられた。
日はすっかり落ちた。
集落のそこここで焚かれているかがり火の他は、黄輝石のものらしいランプが揺れているばかりだ。壁の上の見張りは滞りなく行われており、様子を探りに来る魔獣は矢と魔法の餌食となった。
そんな光景が、今いる所からはよく見えた。樹上にあるおかげで見通しが良く、見張り台としての役割も果たしているようだ。
ここは普段は守り人たちが修行や瞑想の場として使っている所であるという。また同時に守り人のまとめ役たちが話し合いを行う場でもあった。
現在、守り人たちは全員が本拠地の防衛に当たっている為、建物の中は閑散としていた。
ランプを持ったコノハが先導し、奥の部屋へと入る。
部屋の中は不思議な模様が壁から床一面に描かれていた。どうやら魔法の術式らしく、それが淡い光を発して明滅している。その中心に誰かが座っていた。その人物を見て、アリスはどきりとした。
座っていたのは年の頃八歳か九歳そこらの少女だった。
だがアリス達が驚いたのはそこではない。透き通るような銀髪に笹葉のように尖った耳。
「エルフ……」
ミサゴが呟いた。トラジも驚いたような顔をしている。
主に大陸北部のエルフ領に暮らす彼らは、そこから出て来る事がほとんどない。特にブリョウ群島部などでは、エルフというのはおとぎ話の中の存在だった。
「守長様、失礼します」
コノハが言うと、エルフは閉じていた目を開き、明け方の海のような穏やかな声で言った。老獪で知性を感じさせる声だ。
「ああ、コノハ。どうかね、塩梅は」
「ありがたい事に島外から援軍が来てくれたのです」
「そちらの方々だね。よく来てくださった。わたしはミクリヤという。キオウの守り人の長を務めている」
ミサゴが前に出て一礼した。
「お初にお目にかかる。ボクはイスルギ衛士隊所属のミサゴ・ミナモトだ。カンナさんの要請で、冒険者を率いてここまで出向いて来た次第だ」
「感謝するよ、ミサゴ殿。ミナモト家か……そうか」
とミクリヤは微笑んだ。
「守護四家がこの島に姿を見せる時が来るとは、時代は変わるものだね」
「ふむ? 何かあるのですか?」
「ああ……や、今は昔話はよそう。年寄りになるとつい話が脱線しがちでいけない」
「年寄りだと? どう見ても幼児にしか見えんぞ。エルフとて年は取る筈だ。それとも大魔道のように魔法で若さを保っているのか?」
とトラジが言った。
「わたしは合いの子なのでね。どうやらエルフと人間の合いの子は幼いまま成長が止まるようだ。しかし寿命はエルフ並みにあるようだから、どうにも困ったものだよ。こう見えてとうに百を越しているものでね」
とミクリヤは言った。
そんな話は初めて聞いた、とアリスは驚いた。ミサゴやトラジも驚いている。エルフよりも珍しいハーフエルフに会う事があるとは。
ミクリヤはカンナを見た。
「カンナ。それでゲンザは剣を打ってくれたのかい?」
「いえ、それが……」
とカンナがもじもじしながゲンザに頼む事はできなかったと言った。守長は怪訝そうな顔をした。
「そうか、ゲンザが……いや、しかし妙だね。この気配はなにかね?」
「はい、それがこちらのアリス様がゲンザ様の代わりに剣を打ってくだすったのです。ゲンザ様のご息女だそうで」
とカンナは少し嬉しそうにアリスを紹介した。守長はおやおやという顔をした。
「なるほど、娘がいたとは」
アリスはどきどきしながら、布に包まれた剣を差し出した。
「アリスと申します。若輩ながら、今回の仕事を請け負わせていただきました」
「ありがとう。見せてもらってもいいかね?」
アリスは頷いて、剣を包んでいた布を取った。
「……見事だ。先ほど、外でノロイたちを退けたのがこれか」
「はい。カンナさんが持って来てくださった剣を心鉄に、新しい鋼の木の実で覆いました。封印の役目を引き継ぐ意思はある剣かと」
「うん、そうだろう」
とミクリヤは頷いた。
「昔を思い出すな。ゲンタツの剣を担いでグラハムが来た。あの時も今と同じか、もっと悪かったかも知れない」
「グラハム? エルフの“パラディン”の事か?」
とトラジが言った。
エルフのおとぎ話は大陸全土で人口に膾炙しているが、中でも聖剣を携え、龍や魔王を倒して回ったグラハムというエルフの冒険者の話は有名である。“パラディン”の異名を持つ彼は、大陸各地で英雄譚を持つほどに放浪しており、アリスにとっての曽々祖父に当たるゲンタツの打った剣を愛用していた。
ミクリヤ曰く、かつてこの島にも訪れ、封印を抜け出て来たものと戦い、再び封印してくれたのだという。
「いや、あいつは強かった。ゲンタツに打ってもらった剣の試しだと言っていたな。あいつ自身も剣も血気盛んで、凄まじい戦いぶりだったよ」
「ミクリヤ殿は、その頃からキオウにおられるのか?」
とミサゴが言った。ミクリヤは頷いた。
「故あって幼い頃から、ずっとね。さて、また脱線した。ともかく今の状況を好転させねば」
「封印地に行かねばなりませんね」
とコノハが言った。
まだ封印は完全に解けてはいないらしく、封印の剣を元通りにすれば状況は落ち着くだろうという見立てであった。
封印地はここからそう遠くない場所だが、瘴気の源泉でもある為、魔獣の数も質も増している。そうして時間が経つほどにそれが悪化するらしい。トラジが腕組みをした。
「ではすぐにでも動いた方がよかろう。夜ではあるが、封印の剣があれば魔獣の動きも鈍る。それにミクリヤ、見たところあんたも随分な魔法の使い手だろう。冒険者と守り人がまとまって行けばまず負けはしまい」
ミクリヤが申し訳なさそうに言った。
「すまないが、わたしはここを動けない。結界を維持しなくてはならないからね」
部屋一面に描かれた模様は魔法陣で、これが島全体の結界を維持しているらしい。ミクリヤが動いてしまうと、その両方が決壊して状況は悪化するだけだという。
ミサゴがやれやれと頭を振った。
「となれば、やはり我々が先立って動くほかあるまいね。とはいえ、その為に来たのだから、予想の範疇を出ないが」
「……依頼料は高くつくぞ、ミナモトの」
「いいさ。ここいらの海域の治安の為だ、出し惜しみはすまい」
「ごめんなさい。わたしたちがもっとしっかりしていれば……」
とカンナが俯きながら言った。コノハが嘆息する。
「多少気抜けしていたのは事実だ。我々も力の限り動く。どうか協力していただきたい」
「気にする事はない。どちらにせよ、これはもはやキオウだけの問題ではないんだから。ともかく、少しは休まねば。全力とまではいかずとも、せめて八割の力くらいは出せなければ早く動いたところで意味はないだろう」
「うむ。俺は一寝入りさせてもらう」
トラジはそう言って大股で部屋を出て行った。カンナが「あ! 寝具があります! ご案内します!」とその後を追っかけた。ミサゴとコノハもそれに続いて出て行く。
アリスは一人、もじもじしながらミクリヤの方を見た。
「その、ミクリヤ様」
「なにかね」
「この剣……父のものと比べて、どうお感じになりましたか?」
封印の剣はアリスの手の中で静かにしている。
ミクリヤは少し黙っていたが、やがて微笑んだ。
「遜色ない。だが、ゲンザのものは、この剣よりも鋭さを感じた」
「そう、ですか」
「悪く言っているのではないよ、アリス。この剣からは鋭さよりもどこか優しさを感じる。敵を倒そうとするよりも、仲間を守ろうという意思がある。打ち手のあなたが、大切なものを守りたいという思いを込めたんじゃないかな?」
アリスは目を伏せた。家族の姿が瞼の裏に浮かんだ。
「そうかも知れません」
「鋭さも優しさも、どちらも必要なものだ」
そう言ってミクリヤはにっこりと笑った。
「色々な世界があるのだよ、アリス。どちらが優れていて、どちらが劣っているなどという事はないんだ。それを忘れないようにね」
「はい」
アリスはぺこりと頭を下げ、部屋を出た。
○
宵闇の中、断続的に魔獣が攻め寄せて来た。宵闇は魔獣の味方である。
魔獣の方もそれがわかっているのか、夜のうちに集落を攻め落とそうという意思が感ぜられ、その度に防衛戦となったが、封印の剣を壁の上に立てた事で、かなり魔獣の勢いは削がれたようだった。剣は光を放ち、寄せて来る魔獣たちを追い払った。
腹を満たし、喉を潤し、仮眠を取った冒険者たちはすっかり元気を取り戻していた。普段から野営や旅に慣れているし、高位ランクともなれば休み方もわかっている。こういった状況では冒険者は頼もしい。
衛士隊の詰め所から持って来た霊薬のおかげで、怪我人もかなり元気を取り戻した。
昨日から戦闘と鍛冶とを続けて来たアリスはまだ本調子というわけでもなかったが、何とか疲労感を誤魔化せるくらいにはなった。
集まった冒険者や守り人たちを前に、トラジが言った。
「夜明けを待つより、今のうちに封印地を目指す。瘴気の影響か、それとも封印されている奴が何かしら統制の意志を発しているのか、魔獣どもも本拠地攻撃に夢中だ。封印地の方は手薄になっている可能性も高い」
「だけどよ、今はあの剣があるから抑えられてるわけじゃないのか?」
と冒険者の一人が言った。ミサゴが頷く。
「その面は大きい。しかし封印を元通りにしなければ元の木阿弥なのだ。ここでいつまでも頑張っているよりも、血路を開かねばジリ貧になってしまう」
「封印地が手薄って見立てなら、むしろ少数精鋭で行った方がいいんじゃねえか? あの剣なしじゃ、ここの守りに人数割かにゃ、抑えきれねえぞ」
本拠地は背後に切り立った崖があり、そちらからの襲撃はまず考えられない。
しかしその分正面に攻撃が集中するので、背後を気にする必要こそないが、激烈な攻撃に耐える必要があった。
「そうだ。封印地には俺のパーティともう一組、それに案内役の守り人数人で赴く。ミナモトの、あんたはどうする」
「ボクはここに残って陣頭指揮を執ろう。いずれにせよ、トラジ殿かボクか、どちらかはここに残った方がいいだろうし、それならば封印地にはトラジ殿が行くのがより確実だ。ボクの代わりにアリスに行ってもらう」
アリスはびっくりしてミサゴを見た。
「わ、わたしですか?」
「そうとも。君の剣の腕はボクもよく知っている。あの青い刀身の剣は十分力になるだろうし……それに、剣の行く末を見届けたいだろう?」
と言ってミサゴはにやりと笑った。
「ミサゴさん……わかりました。お引き受けします」
とアリスはぐっとこぶしを握った。トラジが少し乱暴にその背中を叩いた。
「わっ」
「気負うな。俺たちを頼れ」
そう言って準備の為か、ずんずんと歩いて行ってしまう。
パーティメンバーらしい連中がからから笑った。
「カッコつけやがって」
「でもまあ、その通りだ。アリスちゃん、あんたはきっちり剣を守れよ。そのあんたをあたしらが守ってやるよ」
「はい」
少し肩に力が入り過ぎていたかな、とアリスは頭を掻いた。
小一時間後に出発となった。丁度魔獣の襲撃の真っ最中であった。壁の上から矢や魔法、符が飛んで、宵闇の中に魔獣の断末魔を響かせた。
しかし封印の剣の光がなくなったせいか、魔獣の勢いも増し、壁の傷は増え、少しすれば門を開けて直接戦闘も視野に入れねばならぬ状況と見えた。
アリス達は正面から少し外れた所の隠し戸から壁の外に出た。
ともかく急がねばならない。案内役のコノハとカンナが前に立ち、その後をアリス達が追うように走る。殿は前の通りにトラジたちが務めた。
暗く、足元の悪い道を、転ばぬように進む。黄輝石のランプと、アリスの蒼い剣の光がそこいらを照らす。
見立て通り、魔獣の多くは集落の攻撃に行っているらしく、時折散発的な戦闘こそあるものの、基本的に邪魔が入らぬまま、一行は封印地へと近づいた。
しかし封印地に近づくほどに瘴気が濃くなり、体が重くなり出した。しかもそのせいで環境が変容しているのか、木々が枯れ、その枯れた木に不気味な、苔とも粘菌ともつかぬものがぶよぶよとはびこっていた。
「こりゃひどいな」
と冒険者の一人がぼやいた。
確かにひどい。本来ならば秋の実りがそこかしこにあったであろう森は、腐ったように黒ずんでいる。
カンナが発奮するように言った。
「もう着きます! 急ぎましょう!」
「……! カンナ!」
カンナの少し後ろにいたコノハが、咄嗟にカンナの服を掴んで後ろに引き戻した。
さっきまでカンナのいた所に、べたんと何かが落っこちて来た。巨大な蜘蛛だ。幾つもある目がぎょろぎょろと動き、生き物のように蠢く奇妙な影を背負っていた。
頭上を見れば巨大な蜘蛛の巣があり、既に罠にかかったと思しき哀れな動物たちが糸でぐるぐる巻きにされていた。そこに子蜘蛛が群がっている。
「影食い女郎だ!」
「やべえ、足元に気ぃつけろ!」
蜘蛛は口から糸を吐いた。否、それは糸というよりもほとんど刃物に近かった。鋼の細い棘が来るようなものだ。冒険者たちは飛び退ったが、棘はその影に突き立つ。すると、冒険者たちが苦悶の声を上げて倒れ込んだ。
「ぐううっ、チクショウ!」
「影を食われるな! 動けなくなるぞ!」
倒れた冒険者に、頭上の巣から糸が落ちて来てくっつく。子蜘蛛が垂らしているらしく、どうやらそれが頭上の巣に引っ張り上げようとするらしい。
さらに後方から別の魔獣が唸り声を上げて姿を現した。挟み撃ちにあった形になる。
アリスは剣を振りかざして前に突き出した。
青い光がほとばしり、蜘蛛はぎっぎっと牙を鳴らして後ろに下がる。そのまま横なぎに振るい、巣から垂れていた糸をまとめて斬り払った。
「アリス! 封印の剣を出せ!」
後ろの方からトラジが怒鳴った。
アリスは背中の封印の剣の布を払って振りかざす。
たちまち光が溢れて、倒れていた冒険者たちが起き上がった。二本の実の剣は唸り声を上げ、周囲の魔獣たちを威嚇する。
「皆さん、しっかり!」
「すまん、助かった」
「クソ蜘蛛が、小間切れにしてやんよ!」
怒りに燃えた冒険者たちは、銘々に武器を振りかざして魔獣にかかって行く。
魔法が飛び、頭上の巣が燃え上がった。
そこいらが赤々と明るくなり、魔獣の声や冒険者の裂ぱくの雄叫びが響き、一種異様な雰囲気が立ち込める。
前に進まなくては。
アリスはぐっと剣の柄を握り締めた。ここで戦い続けても仕方がない。
「カンナさん、封印地まではあと少しですか!?」
「はい! すぐ先なのですが……」
とカンナは悔しそうに歯噛みしながら前を見た。影食い女郎は全身に武器を突き立てられながらも、まだ衰えを見せずに動いている。これが立ちはだかっている限り、先には進めそうもない。
その時後ろからトラジが駆けて来た。
「寄越せ!」
と言って、アリスを抜き去る時に封印の剣をもぎ取るように手に取る。そうしてそれを振りかざして蜘蛛に飛び掛かった。剣が唸り声と共に激しく光る。
物凄い一撃だった。
振り下ろされた剣撃は蜘蛛を両断どころか粉々にした。
そうして大地にもえぐれたような爪痕を深々と残した。
呆気にとられる冒険者たちを後ろに、トラジは「行くぞ!」とだけ言って駆け出す。
一行はハッとして慌ててその後を追いかけた。
コノハが呟いた。
「凄いな……」
「凄いですね……」
その横を行くカンナもそう言った。冒険者たちも感嘆の声で囁き合っている。
自分の剣をSランク冒険者が振るっている。
その事に、アリスは何だか感動する心持だったが、ムツキが言ったように、トラジの剣はすこぶる強力だが、どこかしらの凶暴さを感じたのも確かだ。あの感じで振るい続けては、確かに剣自体も凶暴になって行きそうに思われた。
次々に魔獣を粉砕するトラジを先頭にした一行は、いよいよ封印地へとたどり着いた。封印地はさらに異様な雰囲気に包まれていた。瘴気は濃く、周囲の環境の変化も著しい。
「あれです! あの台座の位置に剣を……」
とカンナが指さす。
地震で壊れたという祠と剣の台座は崩壊したままになっており、そこにさっきからあちこちにあるぶよぶよした変なものがまとわりついている。枯死した筈の木々が、まるで樹木のアンデッドのように枯れた枝や根を延ばして、そこいらじゅうを覆っていた。
思ったより魔獣の姿はない。まだ封印はかろうじて保たれているようだ。
カンナがホッとしたようにトラジを促した。
「トラジ様、剣を」
トラジは頷いて、台座へと進み、剣を突き立てようと振り上げた。
しかしそこで動きを止めてジッと剣を見つめている。アリスは怪訝な顔で声をかけた。
「トラジさん?」
「……封印されているものも、この剣ならば倒せるだろう」
とトラジはそう言ってすっと剣を下げ、振り向いた。
「ここに突き立てたままはあまりに惜しい」
「だ、駄目です! 魔王は滅ぼせないんです! “パラディン”でも無理だったんですよ!?」
とカンナが叫んだ。コノハが諭すように続ける。
「トラジ殿、あなたの腕は素晴らしいが、それだけでは魔王は滅ぼせないんだ、わかって欲しい」
トラジは顔をしかめたまま言った。
「やってみなければわかるまい。この剣はその気もあるようだ。もし魔王を滅ぼせれば、後顧の憂いは永遠に断たれる」
「おいトラ! 無茶苦茶言うんじゃねえ!」
「ぐずぐずしてたら本拠地が危ないんだよ、わかってるだろ!?」
トラジのパーティメンバーたちが怒ったように言った。それでもトラジは剣を突き立てようとしない。なぜ自分の言っている事がわからないのだろう、というような顔で仲間の事を睨むばかりだ。
まずい、とアリスは思った。
あの常に冷静沈着だったトラジが、熱に浮かされたように奇妙な光を目に宿している。
剣自体は魔獣から島を守りたいと本気で思っている。トラジの方も悪意なぞありはしない。
しかし、ムツキの言った通り、剣の意志とトラジの意志とが相互に作用して、異様な凶暴さを増幅させているようだ。
何やらうめき声のようなものが聞こえて来た。ゲタゲタと笑う声もする。周囲には魔獣の気配も満ち、ノロイの姿も見えた。
これ以上持たせていてはいけない。
アリスはトラジに飛び掛かり、剣を握る手に縋りついた。トラジはバランスを崩しかけたが、何とか踏みとどまり、憤怒の目でアリスを見た。
「何をする!」
「返してください! この剣は本来あなたのものじゃない!」
「お前が俺以上にこの剣が扱えるとでも言うのか? 笑わせるな!」
トラジはアリスを振り払った。アリスは剣を構えてトラジを睨みつける。
「力ずくでも、返してもらいます!」
トラジはふんと鼻を鳴らし、ぐんと踏み込んで来た。
アリスは咄嗟に剣を出す。二つの実の剣が打ち合わされた。
「うわわ!」
「だあっ!」
合わさった所から衝撃波がほとばしり、周囲にいたカンナとコノハ、冒険者たちが後ろへと吹っ飛ばされる。物凄い衝撃が刀身から柄を伝ってアリスの全身を震わした。
苦悶の表情を浮かべて鍔ぜり合うアリスを、トラジはぐいと押した。アリスは思わず膝を突く。
トラジは上からアリスを押し込みながら、顔を覗き込んだ。
「また、剣を折られたいのか……?」
もはやその目には狂気が宿っていた。
その時、アリスの剣が怒ったように唸り、封印の剣を上回るくらいの強烈な光を放った。それをまともにうけたトラジは、眩しさに目を閉じる。
――今!
剣に引っ張られるように、アリスはトラジを押し返した。たたらを踏むトラジの手首を剣の柄で殴りつけた。たまらず取り落とした剣を拾い上げ、アリスは台座へと駆けた。
「やああああっ!」
一気に台座に剣を突き立てる。一瞬光が治まったと思うや、台座に刻まれていた術式に光が走った。絡まっていたぶよぶよや、枯れた木々の枝や根が粉々になって振り払われる。
次いで、剣からパッと光がほとばしった。
それは木々の間を縫い、遠くへと広がって行った。それらに当たった魔獣やノロイは、まるで霧が払われるかのように溶けて消えた。
島全体が振動したように思われた。立ち込めていた瘴気の気配が薄れ、次第に重かったからだが軽くなり、息苦しさもなくなる。
やがて光が治まる頃には、静けさが戻っていた。
冒険者たちは呆気にとられている。トラジも膝をついたまま唖然としていた。
アリスは大きく息をついて振り返った。
「トラジさん、正気に戻りましたか」
「俺は……なぜあんな事を……」
「アリス様ぁ!」
カンナが兎耳を揺らしながらアリスに飛びついた。
「ありがとうございます! ありがとうございますっ!」
「カ、カンナさん、苦しい……」
「アリスさん! ありがとう! 本当にありがとう!」
コノハもやって来てカンナごとアリスを抱きしめる。冒険者たちも集まって来て、やんややんやとアリスを囃し立てた。
ああ、これで終わったのか。
そう思った途端に緊張の糸がぷつんと切れた。
昨日から押さえつけて来た疲労感が一気に飛び出して来て、アリスはふっと意識を失った。




