表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼き剣のアリス  作者: 門司柿家
1章
13/30

十二.キオウに港はなく、砂浜に半ば


 キオウに港はなく、砂浜に半ば乗り上げるような形で船が到着した。錨を降ろし、小舟に乗って島へと上陸する。

 浜には木片や植物、海藻の残滓などが、満潮時の波打ち際の形になって横たわっていた。

 中には漁の網やブイ、空き瓶などの人工物も混じっている。台風で打ち上げられてしまったのか、壊れた船の一部なども見受けられた。

 砂浜から少し行った所から鬱蒼とした森が広がっており、その木立に隠すように小舟が幾つも裏返して置いてあった。木に綱で括り付けてあるから、台風対策だろう。


 アリスは油断なく浜辺や木立の間を見回していたが、瘴気による圧迫感こそあるものの、不思議と敵意が感じられなかった。この辺りには魔獣の気配がないらしい。


「意外に静かだね。俺、すぐに魔獣が押し寄せて来るもんだと思ったよ」


 とナルミが言った。長い間魔法を使い続けたのと緊張感が切れたのとで、何となくぐったりした様子だ。


「そうだね。でも静かな方が却って不気味だよ。何が起こってるかわからないから……ナルミ、あんたは船で待ってな」

「人手が要るんじゃないの? 大丈夫?」

「慣れない事して疲れてるんでしょ。そうでなくとも高位ランク魔獣の相手はあんたじゃ力不足だよ。船を守る方に手を貸して」


 ナルミは少し悔し気に顔をしかめたが、姉の言う通りだとは思ったらしく、不承不承気味に頷いた。


「……姉さん、無理するなよな」

「大丈夫だって、姉さんを信じなさいよ」


 アリスは努めて朗らかにそう言って、ナルミを抱き寄せてよしよしと撫でくりまわした。ナルミは嫌そうに身じろぎしたが、いつものような抵抗はしなかった。

 船は帆を畳み、安全な所に停泊できたようだ。船を安定させて降りて来たカンナに、アリスは話しかけた。


「カンナさん、お疲れ様です。見事な舵取りでしたね」

「いえ、ナルミ様が風で手助けしてくださいましたから……」


 とカンナはもじもじと手を揉み合わした。照れているらしい。ナルミの方も何となく恥ずかしそうに視線を脇にやっている。


「この辺りには魔獣の気配がなさそうですが……」

「ええ、島の中心部に引き寄せるようにしている筈です。魔獣が浜にまで出て、他所の島に泳いで行かないように……」


 猪ですら海を泳いで別の島に行く事もある。瘴気で強化された魔獣などはなおさらだろう。守り人たちは身を挺して務めを果たしているらしい。

 ミサゴがトラジと一緒にやって来た。


「衛士隊はボクを除いて船の防衛に残ってもらう事にしたよ。なるべく救出に人数は欲しいが、万が一があっては困るからね。ナルミ、君はくたびれているようだから、留守番で構わないね? 浜の方が魔獣も来ないらしいから」

「うん。俺は冒険者じゃないし、実戦経験もないから、邪魔しちゃ悪いんで」

「そう不貞腐れるな。君のおかげで航海も順調だったんだから。さて、トラジ殿、この場ではあなたが最も経験豊富だろうとお見受けする。全体の指揮はボクが取るが、魔獣や戦闘に対する判断などを任せて構わないかね?」

「いいだろう」


 トラジは頷いた。

 冒険者たちはパーティを組んでいるので、パーティ単位で行軍の配置をし、守り人たちの本拠地を目指す事に決まった。カンナは案内役として先頭に立ち、アリスとミサゴがその横で護衛役を務める。


 基本的に魔獣相手の立ち回りは冒険者に一日の長があるので、衛士たちは船の防衛に専念し、守り人の拠点に向かうのは冒険者たちの割り当てとなり、中でもトラジたちベテラン冒険者は殿を守る事になった。

 アリスは布で包んだ封印の剣をしっかりと背中に括り付けた。ミサゴが一行を見回して頷く。


「さて、ひとまず島の守り人たちと合流するまでは速度が重要だ。あまり戦闘にかまけず、行軍を優先してもらいたい。では出発」


 それでアリス達は森の中に踏み込んだ。鬱蒼とした森だったが、頭上がすっかり枝葉で覆われている分、地面はそれほど草が茂っているわけではなかった。

 そこここに灌木の茂みがあり、また倒木が苔に覆われたものや、そこに新しい木が生えているものなどがあった。踏めば水が滲んで来るし、水溜まりや小川も多い。


 美しい所だな、とアリスは思った。

 こんな状況でなければ、靴を脱いで冷たい水に足など浸けて、木漏れ日を見上げて過ごしてみたいと思わせる場所だ。

 カンナは急ぎ足で道なき道を進んだ。周囲は緑一色で、下手をすれば迷いそうなのだが、カンナの足取りに迷いはない。


「あれは……」


 ミサゴが遠くを見て目を細めた。何か櫓らしきものが見えた。しかし倒伏して、組まれた木はバラバラに散らばっているらしい。カンナが横目で見て、言った。


「見張りの為の櫓です。あれに結界の中継の為の術式があったのですが……」


 どうやら魔獣に壊されてしまったらしい。事態はいよいよ深刻なようだ。

 それから、同じような壊された櫓をいくつか通り過ぎた。

 櫓は普段守り人たちが詰めて、結界の維持や魔獣の討伐などに使っていたらしいが、どこも魔獣の死骸だけが転がっていて、守り人らしき者の死体はなく、その度にカンナはホッとしたような顔になった。


「来るぞ、構えろ!」


 不意に後ろからトラジの怒号が飛んだ。同時にアリスの剣も唸り出す。

 たちまち冒険者たちが武器を構え、アリスとミサゴはカンナを挟んで背中合わせになった。

 木立の間から、灰色の体毛を持つ狼が飛び出して来た。グレイハウンドという魔獣である。牙を剥き出しにしてかかって来るが、高位ランク冒険者の集団はまったくひるむ事なく、銘々に武器を構えて迎え打ち、初撃で大半のグレイハウンドを仕留めるか大怪我をさせ、後退させた。


「止まるな! 追撃も不要だ! 先に進むぞ!」


 刀身から雷をほとばしらせたミサゴが叫ぶ。自分の剣がきちんと役に立っている。その事にアリスは嬉しくなったが、そんな場合ではないと慌てて頭を振った。

 カンナは再び駆け足で進み出した。押し返した勢いのまま反撃に出ようとしていた冒険者たちはハッとしたように足を止め、すぐに先頭に続いて行く。


 この戦闘が呼び水になったのか、それとも島の中心部に近づいているからか、次第に魔獣の気配が濃厚になり、戦闘の回数も多くなった。災害級といえるほどのものは出ないが、足を止めてしばらく迎撃に時間を割かねばならぬ相手も増える。

 いつの間にか太陽が傾いており、薄暗かった森の中は既に人の輪郭がぼんやりし始めている。風もひんやりとして来て、アリスは少しじれったくなった。

 虫の魔獣を切り裂き、アリスは言った。


「カンナさん、あとどれくらいですか!?」

「もう少しです! あの斜面の向こうに……」


 示す方角には緩やかな、しかし距離の長い傾斜が続いていた。一番高くなった所で地面が切れているから、そこから先は下りになっているらしく、その向こうに守り人たちの拠点があるのだろう。

 ゴールが見えればやる気も奮い立つ。

 似たような景色が延々と続く上に緊張感が抜けない事に疲弊気味だった一行は、これに勢いづき、寄せていた魔獣たちを一気に押し返した。そうして斜面を駆け上がる。


 上まで登り、アリスはハッとした。今いる位置からだらだらの坂になった先に、木で組まれた丈夫そうな壁があり、それに囲われるように集落らしきものが見て取れた。その壁に魔獣が殺到しているのである。

 かがり火の焚かれている壁の上からは矢や魔法が放たれて、今まさに戦闘の真っ最中といった風だ。

 ミサゴが剣を振り上げた。


「さあ、目的地が見えたぞ! 諸君、もう逃げる必要はない! まずはあれらを蹴散らしてしまおう!」


 一向は鬨の声を上げて斜面を駆け下りた。

 壁に殺到していた魔獣たちは、後方からの襲撃者に気づき、牙を剥いたり吠え声を上げたりして向かって来る。しかしそうやって壁の方に背を向けた魔獣には、容赦なく矢と魔法が浴びせられた。

 トラジが怒鳴る。


「ミナモトの! 門の前のを先に片付けるぞ! もたもたしているとこちらが囲まれる!」


 さっき上り坂の所で押し返した魔獣も、今はアリス達の背後から迫っていた。

 今は守り人たちと魔獣を挟撃する形になっているが、背後の魔獣が追いついて来れば、こちらが追い込まれる側になってしまう。


「道理だな! 者ども、こっちだ! 入口を確保するぞ!」


 ミサゴは冒険者を率いて、閉じられている門の方へと駆けて行く。門の前には大型の魔獣がいて、波状鎚のように門を叩いてぶち破ろうとしていた。そこに冒険者たちが勢いよくかかって行く。

 壁の上から呼ばわる声がした。


「カンナ! カンナ!」


 見ると茶色い癖毛の女性が大きく手を振っている。アリスの横でカンナが大きく手を振り返した。


「コノハ様! みんなは無事ですか!?」

「何とかね! もう少し魔獣を減らせる!? そうしたら門が開けられるから!」

「はい! 上からも援護してください!」


 壁の上の守り人たちも門の方に集まって来た。

 門の前の魔獣と戦う連中の背後を守るように、アリスは縦横に飛び回って魔獣を切り裂いた。アリスの蒼い剣の光は魔獣をひるませるらしく、アリスは危なそうな所を選んでは駆け付けて助太刀をした。


 さすがに高位ランク冒険者の集団とだけあって、順調に魔物の数は減っている。

 大きな魔獣もトラジが一撃で両断した。

 それでも、揺れの激しい船でここまで来て、さらに道なき道を急いでここまで来た疲労は如何ともしがたく、まだ押されるまでは行かないものの、確実に動きは鈍くなっているように思われた。


 次第にそこいらは暗くなって来ている。

 影が濃くなるだけ視界が狭まって来るようで、魔獣の姿も見えづらい。足元の微妙な凹凸も見落としそうだ。

 飛び掛かって来たグレイハウンドを一太刀で切り伏せ、アリスは大きく息をついた。前日の鍛冶の疲れまでが鎌首をもたげて来るようだ。

 その時、大門が音を立てて内側に開いた。


「皆さん、こちらに!」


 カンナが叫ぶ。ミサゴが剣を振り上げた。


「総員退却! 門の中に入れ!」


 冒険者たちはさっと踵を返して門の中へと駆け込む。アリスもその後に続こうとしたが、剣が唸ったのでハッとして振り向いた。ひょろ長い影のようなものが飛び掛かって来た。アリスは咄嗟に剣を構えて一撃を受け止めた。

 ボロボロのマントから人間のように手足が伸びているが、それが奇妙に細長く、地肌が見えないほど符がべたべたに貼ってある。


「ぐっ、ノロイ……」


 日が暮れて、そこいらが暗くなったせいでノロイも出て来るようになったのだろうか。昨日の戦いもあって、アリスはどうもこの形のある呪殺の化け物が苦手だった。

 しかしこのノロイは顔に当たる部分には何やら模様の描かれた布のようなものが垂れ下がっている。そうして、苦し気なうめき声ではなく、嘲笑に不気味さが混ざったゲタゲタという笑い声を発した。

 やはりノロイの声には何かしらの魔法の力があるらしく、アリスは体から力が抜けようとするのを、必死にこらえて足を踏ん張った。


 ――しっかり!


 剣が蒼く輝く。

 しかしノロイはまったくひるまずに、不気味な笑い声を上げたまま、アリスにぐいと顔を近づけて来た。


「ぐうっ……! こいつ、上位種か何か……?」


 アリスの剣の力が及ばない。周囲の瘴気の影響もあるのかわからないが、このノロイはイスルギで戦ったものよりも強力な個体らしい。


 まずい、足の力が、とアリスが歯を食いしばった時、トラジが剣を振り上げて飛び込んで来た。

 薪でも割るかのような凄まじい勢いで剣が振り下ろされ、ノロイは頭から真っ二つになった。


「しっかりしろ! あんなものにかまけていないで引け!」


 トラジは乱暴にアリスの襟首をつかんで、門の方へと押しやった。そうして剣を横なぎに振るい、迫っていた魔獣たちを吹き飛ばした。しかし吹き飛ばされた魔獣の間から、ノロイらしき影がいくつも飛び出して向かって来ている。アリスは体勢を立て直しながら叫んだ。


「トラジさん!」

「さっさと行くぞ! もたもたするな!」


 さらに一撃で次の魔獣の波を押し返したトラジは、さっと踵を返して駆け出した。アリスは慌ててその後を追った。

 トラジの攻撃で、魔獣たちの勢いは削がれたようだ。しかしノロイだけはゲタゲタと笑い声を上げながら迫って来る。もう一当て必要か、とアリスが思った時、布に包んで背中に括り付けていた封印の剣が大きく震え、ひとりでに結わえた紐をほどき、布から飛び出した。トラジが目を剥く。


「これは……!」


 剣はくるくると回転しながら宙を舞い、しっかと地面に突き立った。途端に刀身から光がほとばしり、迫って来るノロイの集団を照らす。ノロイはまるで焼け焦げるかのように光が当たった所から煙を立ち上らせ、苦悶の声を上げてのたうち回った。

 足を止めたアリスは呆気にとられた。これは本当に自分の打った剣だろうかと思った。

 壁の上の方から歓声が上がると同時に、ハッとして駆け戻って剣を手に取った。剣はすんなりと抜けたが、刀身の輝きは衰えなかった。


「行くぞ!」


 トラジが言った。アリスは頷いて、ぐんと足に力を込めると、一気に門の内側へと飛び込んだ。

 アリスとトラジが中に入ると同時に、門は勢いよく閉じられた。


「ふはっ」


 アリスは息をついた。

 何だか空気が変わったように感じる。どうやら、この拠点は結界で覆われているようで、瘴気が入り込んで来ないようだ。


「アリス様!」


 カンナが駆けて来てアリスに抱き着いた。すんすんと涙ぐんでいる。


「ご無事でよかった……どうなる事かと」


 アリスははにかみながらカンナの背中を撫でた。


「すみません、ご心配を……」

「やれやれ、間一髪だったな。トラジ殿、ありがとう」


 とミサゴもやって来てそう言った。トラジは剣を収めると肩を回した。


「外の魔獣はどうした」

「一度引いたようだ。こちらを仕留めきれなかったし、かなり数を減らした筈だからね。何より、その剣に怯えたようだよ」


 とミサゴはにっこりしながらアリスの持つ封印の剣を見た。


「……その剣に助けられたな」


 とトラジが言った。アリスは手に握っていた封印の剣を見た。刀身の光は落ち着いて、今はかがり火を照り返して鈍く光るばかりだ。

 冒険者たちが銘々にアリスを肩や背中を叩いた。


「すげえな、その剣。大したもんだぜ」

「ったく、初めから使っとけよ、そんな便利なもん」

「いいじゃねえか、中々ドラマチックだったぜ」


 安全圏に入れたことによる安堵も手伝って、軽口や笑い声も飛び交う。

 アリスは改めて封印の剣を握り直した。喋らないが、何かしらの強い意志が握った柄からじんわりと伝わってくるような感じだ。


 この剣なら、父さんも褒めてくれただろうか。

 そんな事を思う。


 トラジがぐっと伸びをした。


「水をもらえるか。さすがにくたびれた」

「ああ、少し休まなくてはね」


 とミサゴが言った。ここまでほとんど休みなしでやって来たのだ。冒険者たちもくたびれているし、死人こそ出ていないが、戦いで怪我をした者も多い。努めて明るく振舞ってはいるが、疲労の陰は濃い。


 その時、壁の上で手を振っていた茶髪の女性がやって来た。まだ二十代といった容姿だ。ミサゴより少しばかり年上、というくらいだろう。怪我をしているらしく、腕や足に包帯を巻いている。


「カンナ! お役目ご苦労様!」

「コノハ様!」


 カンナはコノハと呼ばれた女性に駆け寄り、アリス達の方を見た。


「守り人の中でも、主に戦闘に関する取りまとめをしていらっしゃるコノハ様です。コノハ様、イスルギから来てくださった冒険者の皆様と、衛士隊のミサゴ様。それにゲンザ様のご息女のアリス様です」

「コノハと申します。皆さん、援軍感謝します!」

「や、これはどうも。間に合ったとはいえ、状況はあまりいいとは言えないようですね」

「面目ない。こんな状況でなければ歓迎もできたのですが……ひとまずお疲れでしょう。大したものはありませんが、腹を満たしてください」


 と言って皆を促すように歩き出した。冒険者たちはホッとした様子でその後に続く。

 壁の内側は村になっていた。とはいえ、森の景色にすっかり溶け込む風で、立ち並んだ家々は緑の苔や灌木などで覆われて、一見して家だとはわからないようになっている。木の上に作られた家も多い。


 集会場のような広い建物に通された一行は、森の木の実や魚、芋などを振舞われた。素朴だが中々うまい。

 ふかした芋を頬張っていると、ミサゴとコノハがやって来た。


「アリス、少しいいかね? この後の事を打ち合わしておきたいのだ」

「んぐ……ふぁい。大丈夫です」


 喉に詰まりかけた芋を水で流し込み、アリスは立ち上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「衛士隊はボクを除いて船の防衛に残ってもらう事にしたよ。」と言っていたので、『ミサゴは衛士や冒険者を率いて、閉じられている門の方へと駆けて行く。』の所、衛士はいないんじゃないかと思いま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ