4冊目『駈込み訴え』太宰治(青空文庫)
〇あらすじ
全編が「私」による語り調の文章で書かれた短編です。
「旦那さま」の元へ訪れた「私」は「あの人」が酷い悪人だと訴えます。
そして「あの人」の居場所を教えるから殺してくれと願うのです。
「あの人」は「私」の師だと言います。が、「私」は「あの人」にこき使われたり何かと世話を焼いていましたが、それが報われないことに腹を立てています。
しかし、それと同じくらいに「あの人」を慕っていました。
そして「私」の無償の愛を受け取ってくれない「あの人」を殺してくれと言うのです。
「あの人」は晩餐会に訪れていた百姓の娘に淡い恋心のようなものを抱いているように感じた、と「私」は付け加えて言います。
それは「私」も同じでした。
「あの人」に百姓の娘を取られたのか、娘に「あの人」を取られたのか。
「私」は混乱に陥ります。
そして、他人に殺されるくらいなら自分の手で「あの人」を殺そう。「あの人」を殺して自分も死のう。
と考えるようになったと話します。
「私」と「あの人」とその弟子たちはエルサレムに向かいました。
エルサレムに着いた「あの人」はそこにいた
商人たちを追い払い、いくつもの予言を行います。
その様子を見た「私」は、ついに「あの人」は狂ってしまった。それほどまでに処刑されたがっているのだ、と考えます。
エルサレムの司祭や長老たちが集まり、「あの人」の処刑を決めました。
また、「あの人」と弟子たちの居場所を知らせたものには報奨金を与えるという御布令も出されます。
それを知った「私」は、最後は自分の手で……と「あの人」の居場所を密告することを決めます
。
祭りの当日。
「あの人」は十三人の弟子たちと晩餐会を行いました。そこでいきなり弟子たちの足を洗い始めます。
その意図に気付いた「私」は「あの人」が自分のことを嫌っているのだ、と改めて感じ、「あの人」を売ろうと心に決めました。
全ての弟子の足を洗い終えた「あの人」は食卓に着き「おまえたちのうちの、一人が、私を売る」と告げます。
それを聞いた弟子たちは驚き「それは私のことですか」と口々に尋ねます。
「あの人」は「その人にひとつまみのパンを与える」と言い、「私」の口にパンを押し当てました。
その行動に対し、「私」は「あの人」の意地悪さを憎みます。
それからすぐに「旦那さま」の元へ駆け込み、こうして訴えているのだと「私」は話を終えました。
そして最後に己の名を名乗ります。
「私の名は、商人のユダ。へっへ。イスカリオテのユダ」と。
〇感想
てっきり日本が舞台の話だと思って読み始めたらキリストとその弟子の話でした。
痴情のもつれだと思ったら師弟関係のもつれでした。
落語だと思ったら聖書でした。
聖書を学んだことがないので先の展開が全く読めず、どこまでが原典に沿ったエピソードでどこからが太宰の創作なのかもわからないまま最後まで読み終えてしまいました。
簡単に言えば
「あの人」が好きで好きでたまらないのに、自分には冷たくされる。だったら〇しちゃえばいいんだ。
っていうヤンデレのお話でしたね。
ユダ=裏切り者の図式は知っていましたがヤンデレさんだったとは知りませんでしたねぇ。
というか、キリストももうちょっとユダに優しくしてたら裏切られないで済んだのでは?
何はともあれ、こういう噛み砕いた文体で書いてあるものは聖書に慣れてない人間でも理解できるのでありがたかったです。
人間関係って難しいですね……。




