第3話 新たな出会い
――【魔法学院ラクシュウェル】
世界に六つある魔法学院の中でも在籍する全ての生徒が進学を目指すエリート学校である。
この世界では魔法を扱う職業に就く場合、必ず魔法学院を卒業して“魔法使い”の称号を手に入れなければならない。簡単に言うと“資格”である。
その称号を得た者の中でも特に魔法に秀でた者は魔法専科学院へと進学する。ここに進んだ者は技術者だったり職人だったり、研究者だったり指導者だったりと様々な専門分野へと分かれていく。そして国防に関わる人間もこの専科学院を卒業する者が多い。
そんな者達すべてから羨望の眼差しを向けられるのが、この世界に二つしかない魔法大学院への進学組だ。この進学校ラクシュウェルでも毎年一割程度しか合格者を出さず、その狭き門をくぐるのは魔法に長けた天才のみという事で、そこに在籍する者は非常に稀有な存在とされていた。
そしてこの大学院へ進んだ者は皆等しく“星の守り人”としての責を負う。この守り人の白魔法使いのトップが兄フリティラリアという訳だ。もちろん、カノンもセラフィナイト専属騎士という肩書以外に星の守り人でもある。
俺は魔法騎士兼、この守り人になるために、魔法学院ラクシュウェルに通うのだ。
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「これが本当の一歩目だな」
大きく立派な正門の前に立ち、気を引き締めてその敷地に足を踏み入れた。
案内板を見つつ、他の生徒に付いて行きながら何とか寮まで辿り着くと、エントランスに設置された受付へと並ぶ。
既に沢山の生徒が列を成していたが、窓口が多く設けられているため直ぐに自分の番が回ってきた。
「クロス=リーリウムさんですね。書類をお預かりします。それではこの水晶に左手を乗せ、今からする質問にお答え下さい。お持ちの武器はこちらで鑑定させて頂きます」
言われた通り剣を手渡し、水晶に左手を乗せる。
──これ……もしかして嘘発見機的な魔道具か? ほんとに大丈夫なのかよ……
緊張からか、すでに変な汗を掻き始めた気がする。
「ではお答えください。黒魔法使い、名をクロス=リーリウム、出身地は新緑の街【緑柱都市】のシュッツァ村。家族は祖父と祖母、そして妹の四人暮らし。間違いないですか?」
「……はい」
「この学院へは国主であるエル・フィン・エメラルダ様の推薦ですか。すごいですね!」
「……ありがとう、ございます……」
──ほぼ全部間違いじゃねーかっ! 嘘発見機だったら一発アウトだよ!! しかも俺、推薦なんて受けてたのか……
さっきから冷や汗が止まらない。確実に心拍も速くなっている。あまりにも知らない設定が多過ぎるため、返事もはっきりと返せないでいた。
しかし、そんな俺の心配を他所に告げられた言葉は安心する一言だった。
「確認しました。入学おめでとうございます」
──え、大丈夫……なのか?
「剣の鑑定も終わりましたのでお返し致します。そして、こちらがリーリウム君の学生証ですね。腕輪になっているので手首につけたら後ほど起動して下さい。腕輪のガラス部分に好きな指を当てて、後は指示に従ってもらえれば大丈夫です」
「あ、はい……」
「万が一無くしても本人以外じゃ起動しませんので心配いりませんが、ルームキー等色々な機能が付いているので再発行までには時間が掛かります。気を付けて下さいね。それでは、有意義な学生生活をお送り下さい」
礼を伝えてその場を離れ、隅に移動して左手首に腕輪をはめた。これも魔道具なのか、はめた瞬間に自分の腕のサイズピッタリにフィットしてきたのには驚いた。しかし、この腕輪を起動してさらに驚く事となる。
『魔力の流れと指紋を同一人物として登録しました』
腕輪から機械音が流れ、そして腕輪のガラス面が発光すると、妖精のようなシルエットをした物体が浮かび上がった。
手の平サイズの可愛らしい少女だ。
「やっほー! 今日からクロス=リーリウム、貴方をナビするナビィよ! よろしくね☆ まずは部屋まで案内するわ。そこでゆっくり話しましょ♪」
「────っ⁉」
キャピキャピとした流暢な言葉が発せられ、いきなりの事に訳も分からず、俺は驚きに目を見開いて固まった。
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ナビィのナビで無事部屋まで辿り着いた俺はとりあえず荷物を置いてベッドに腰を掛けた。そしてまじまじとナビィを見てみたが、まるで腕輪の中に本物の妖精が入っているみたいで未だに原理が分からない。
そんな俺に向かってナビィが元気良く話掛けてきた。
「ようこそクロス! ここが今日からあなたの部屋よ♪ 壊したり傷付けたりしなければ自由にカスタムしていいからね☆ 私の事はいずれ授業で習うだろうから今は放っておいてくれると嬉しいわ」
――つまり説明が面倒くさいんだな
「さ、今から約二時間は自由行動だけど何がしたい? 荷物を片付けるもよし、色々見て回るもよし、自由に使って大丈夫だよ☆ オススメは食堂でお昼ご飯かな~。全施設共通で一日三回、無料でごはんを食べられるんだ! 食堂の代わりにお弁当を買う事も出来るから有効に使ってね♪」
「なるほど。毎日の食事は基本無料って事だな。それ以外が必要な場合は?」
「何か買う時のお金は腕輪に記録して後日まとめて請求になるよ! だからお店の人に腕輪を見せるだけで大丈夫っ。それじゃあまた案内や説明が必要になったら呼び出してね! バイバ~イ☆」
そしてシュンッと勝手に消えてしまった。
「自由な奴だな……とりあえず、色々見て回るとするか。荷物も少ないし、腹も減った事だし」
色々見学しつつ昼食をとろうと、まずは食堂を目指して部屋を出たのだった。
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──参った……
俺は人混みがダメなのだと初めて知った。
丁度昼時な事もあって食堂は人で溢れ返っていた。早々に定食を諦め、近くの売店へと目的地を変更する。そこで俺はフランスパンに具材がたっぷり挟まったサンドイッチと飲み物を買ってみる事にした。
心境は初めてのお遣いである。
ここでの精算は学院も含めた全施設共通で腕輪を使用するらしく、品物をレジへ持って行き、腕輪のガラス面をスキャンさせる事で会計が一瞬で終わっていた。
それを真似てやってみたところ、あっけなく初めてのお買い物は終了である。
そのまま部屋へ戻ろうかとも思ったのだが、せっかくなので少し敷地内を散策してみる事にした。天気も良いのでどこか落ち着く場所があればそこで昼食をとろうと思ったのである。
エントランスに行くと受け付けも終わったのか片付けが始まっていた。人もちらほらいる程度だ。
外に出て正面入り口から裏側へ行ってみようと舗装された道を進んでいくと、その途中に小道がある事に気が付いた。気になって行ってみるとその先は綺麗に剪定された円形の庭園が広がっており、木々に囲まれたそこにはベンチも置かれ憩いの場となっていた。
「いい場所だな。誰もいないし丁度いい、ここで昼食にするか」
意気揚々とベンチに腰掛け、何気なく空を見上げる。すると急激に体から力が抜けていくのが分かった。
「ふぅ。この景色だけは一緒だなぁ……」
しみじみ、自分が思うよりも気が張っていた事を自覚する。
空と木々の見慣れた光景に若干の安心感を抱きつつ、買ったサンドイッチを食べようと紙袋に手を伸ばした。
その時──
「うわぁぁぁっ!!」
「――――っ⁉」
ドサッと人が降ってきた。
驚き過ぎて思わず跳び上がってしまい、その拍子に持っていたサンドイッチも飛んでいく。
恐る恐る落ちてきた人物を覗き込んだ。
「いったたた、腰打った……って、えぇっ、人⁉ ご、ごめんなさいっ! 大丈夫ですかっ」
落ちてきた相手は俺を見るなり血相を変えてガバッと起き上がる。
「え……あぁ。いや、俺よりもあんたの方が……大丈夫か?」
そう声を掛けると、目の前の人物が少し目を見開いた気がした。
立ち上がりながらパンパンと服の汚れを払い落とし、恥ずかしそうに笑い掛けてくる。
「いやー、みっともない所を見られちゃったね。木の上で猫が鳴いてたもんだから助けようと登ったんだけど……自分は落ちるし猫は驚いて跳んで逃げてったし、いやはやお恥ずかしい」
「はははっ」と笑って後ろ頭を掻いている。
「魔法を使えば簡単に降ろせたんじゃないのか?」
「う~ん、例え些細な魔法でも入学前に敷地内で使うのはどうかと思ってね。運動神経には自信があったから行けると思ったんだけど、いやぁ失敗失敗! 忘れてくれるとありがたいな」
照れ隠しなのかコホンと一つ咳払いをして、にっこり笑いながら片手を差し出される。
「僕はセシル=エクレール=アクアマリン。水の都【水上庭園】出身。今日この寮にいるって事は君も新入生でしょ? よろしくお願いします」
「……クロス=リーリウムだ」
出された手を見詰めて少し考えた後、「よろしく」と返しながらそっと手を添えてみた。すると満面の笑みでしっかりと握り返される。
──なるほど、挨拶はこうやってするもんなんだな
その時初めて目の前の人物をちゃんと見たのだが、兄とカノンが基準の俺でも美しいと思うほど、セシルという人物は均整の取れた容姿をしていた。
淡い水色のストレートヘアは一見するとショートヘアだが、後ろで長い髪が一本に束ねられている。水面のように煌めく髪に透き通った白い肌、女性と見紛うくらい綺麗に整った中性的な顔立ちに、宝石のような深い青色の瞳が印象的だ。
背丈は俺よりも小さめ、長い脚に細身の体は完璧なモデルバランスを形成している。
「僕の事はセシルと呼んでくれ。君の事もクロスと呼ばせてもらってもいいかな?」
「ああ、構わない」
「ありがとう。それじゃあさっそく、クロス、僕は君にまた謝らなくちゃ……」
そう言ってセシルは芝生に転がったサンドイッチを拾い上げた。
「まだ包みを開けてないから大丈夫だ。気にしなくていい」
「そういう訳には……じゃあこうしよう! 実は僕もここへは昼食をとりに来てたんだ。せめてものお詫びで君のと僕のを交換してくれ」
半ば強引に胸元へ袋を押し付けられ、引き下がる気の無いセシルの様子に仕方なく受け取る事にする。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん、そうしてくれると助かるよ。それじゃあ僕は先に寮へ戻るね。制服が白だから汚れが目立っちゃって……式の前に着替えないと」
そう言って去って行くセシルの後ろ姿を見送りながら、今まで気にしていなかった制服の違いに気が付いた。
俺が着ている黒制服は黒い魔力を持つ証、白制服は白い魔力を持つ証なのだろう。セシルの見た目からして白魔法使いなのは間違いない。この世界では白か黒かの二つに分類されるため、学院では魔力の比重が多い方の制服を着る事になっているのだろう。
魔力の根源はその見た目に顕著に現れる。黒魔法使いはある一定の魔力になるとそれ以上は見た目での力量を測れなくなるが、白魔法使いは逆に魔力が強くなればなる程その容姿も洗礼されていく。
――白制服にあの見た目だ。相当な白魔法の使い手なんだろうな
そんな事を考えていると、唐突にナビィからナビが入る。
「やっほー☆ あと一時間で入学式が始まるよ! 三十分後には会場に向かうから、しっかりと準備しておいてね。あ、武器は持ち込み禁止だよっ」
それを聞いて俺は慌てて昼食を済ませ、急いで部屋へと戻ったのであった。
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入学式が行われる講堂に到着すると空いている席に詰めて座るよう指示を受け、人の流れのままに着席する。
少しして左隣から猛烈な視線を感じ、チラッと目を動かして様子を伺う。そして瞬時にその目を真ん中に戻した。
──ヤバイ……
身体は正面を向いているのに顔が完全にこっちを向いている。二つの目で真っ直ぐに、こちらを凝視しているのだ。
──何なんだっ⁉
変な汗が頬を伝うが、あまりにも過ぎてどうすればいいのか分からない。
──俺はまだ他人との接し方が分からないんだよ……勘弁してくれ
そう心の中で悪態をつきながら「ハァ……」と小さく息を吐き出す。
そして意を決して視線の方へと顔を向けた。
「いったい何――どわっ!!」
声を掛け終わる前に相手の顔がズイッと近付き、思わず体を仰け反らせて距離を取る。
驚きで目を見開き固まる俺の目の前には「ホゥ……」と溜息を漏らす少女の顔があった。
「……キレイ……この目の色、見るの初めて……」
どうやら俺の瞳に興味深々な様子だが、息が掛かる程に顔が迫り、体はどんどん後ろの方へと仰け反っていく。
「ちょっとナナ、いい加減にしなさい」
そんな状況にストップがかかり、目の前の顔が残念そうに離れていった。
「行動も言動も、あなたの悪い所が全部出ちゃってるわよ。いつも言ってるでしょ」
「……ごめんなさい」
──俺にじゃないのか!!
心の中でツッコミを入れながら唖然としていると、今度は右隣から声が掛かる。
「おいおい、男に寄り掛かられてもまったく嬉しくないんだよねぇ。だから早くどいてくれる?」
「あ、あぁ。悪かったな」
──何で俺が謝ってんだ……
椅子に座り直して相手を見やると、燃えるように赤い髪と褐色肌が特徴的な、彫りの深い端正な顔立ちをしたキザそうな男がそこにいた。
「謝罪の代わりにその可憐な美少女双子ちゃんの隣を譲ってくれると嬉しいんだけどなぁ~」
「双子?」
そう言われて左隣に目を戻すと、確かに瓜二つの同じ顔が並んでいた。
くりっとした大きな目にルビーのような紅い瞳が輝き、真っ白でキメ細やかな肌にそれがよく映えている。幼い顔立ちに可愛らしい薄桃色の唇が可憐さを与え、華奢な体躯と相まって美少女と呼ぶに相応しい容姿をしていた。
二人の違いと言えば――ナナと呼ばれた少女は薄紫色のショートボブ、もう一人の少女は薄桃色のツインテールといった髪色や髪形ぐらいだろうか。
特徴としては完璧な左右対称――前髪の分け目、目の下の涙ボクロ、そして着ている制服の色が見事に真逆なのである。
初めて見る双子という存在を興味深く観察していると、ツインテールの少女があからさまに不機嫌な様子で口を開いた。
「はぁ……ルル=ヴァレンタインよ。こっちは妹のナナ、この子が失礼して悪かったわね。でも貴方も失礼よ? そんなジロジロ見ないでちょうだい」
「……すみません」
──可愛い声して辛辣だな……しかもまた俺が謝ってるし
そんな理不尽を感じていると、一人だけ嬉々としてテンションを上げた男が割り込んできた。
「やぁ! 俺はゼルディア・フォン・デゥーイ、ゼルって呼んでくれ! 愛らしい双子ちゃんと同級生なんて嬉しいね~。今日からよろしく☆」
バチンッとウィンク付きで間の俺をいないものとして話し掛けている。
こいつも中々にいい性格をしているようだ。
「ナナ、あなたと同じ黒制服よ。よろしくしてあげたら?」
「……興味ない」
「あら、やっぱり私達は双子ね。同じ事を思ってる。と、言う訳だからお断りするわ」
──うわ……俺ならトラウマになるかもしれない
でもどうやらこいつは違うらしい。
「そうか、まずは興味を持ってもらう事からか……了解、任せてくれ! 女性に対して努力は惜しまない主義なんだ♪」
なぜかニコニコしながら楽しそうに話している。ちょっと尊敬の念が湧いてきそうだ。
そんなやり取りをしていると一本のアナウンスが講堂内に響き渡った。
『これよりラクシュウェル魔法学院の入学式を始めます』
それを合図に講堂内は一気に静まり返り、皆姿勢を正して次の言葉を待つのだった。
注訳
魔法を使える者は学院を出ている出ていない関わらず、総じて『魔法使い』と呼ばれます。それを世界で公言できる【資格】を学院を卒業する事で得れると言った感じです。
なので、入学手続きの際クロスが黒魔法使いと言われていたのは『黒い魔力を持った魔法を使える者』と言った意味です。
「卒業して魔法使いの称号を得る前に黒魔法使いって言われてんじゃん!」て方がいるかもしれないので、一応補足です。