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第2話 誓約

 着いた先、そこは一面真っ白な小さな部屋の中だった。


「さぁ到着です。ようこそ、セラフィナイトの居城、【シュライン城】へ。ここは城の一室、このポータルを使うためだけに用意した部屋になります」


 そう説明しながら兄が何もない壁に手を(かざ)すと、そこに波紋が広がり、なんの変哲もない部屋の扉が現れた。


「どうぞ」と兄によって開けられた扉の先は、広々とした寝室に繋がっていた。

 美しい調度品と家具の中に、自分の慣れ親しんだ物がちらほら並んでいるのが目に入る。


「あれ、これって……」

「気付いたかい? そう、ここは未来の貴方の部屋ですよ。使っていた家具は昨日の内にカノンが運び入れてくれました」

「こ、ここが俺の部屋⁉」

「次に貴方が帰って来るのはこのシュライン城です。その時に慣れ親しんだ物があればクロスも少しは安心するんじゃないかってカノンの意見でね。それはいい案だと思ってお願いしたのですが、どうですか?」


 ──そういえば昨日荷造りが終わった後、カノンがタンスや机を運び出してたっけな。てっきり処分するためだと思ってたんだけど……


「うん、この部屋だけであの家よりも広いから使い慣れてる物があるとホッとするかな……いや、大いに、助かります」


 縁の無かった高級感バリバリの空間が急に自分の部屋だと言われても腰が引けてしまう。気休めでも使い慣れた物があるっていうのは安心する気がした。

 それよりも、こうして自分の居場所が既に用意されているという事実が嬉しかった。


「ふふっ、この部屋だけじゃなく、帰ってきた時には私と一緒にこの城の主にもなるんですからね」

「えっ⁉」

「当然でしょう。貴方はセラフィナイトの名を私と一緒に背負うのですから」

「うぅ……」

「色んなものを貴方と共有できるなんて、今から夢みたいです」


 そう言って兄はニコニコと笑っている。確かに名を背負うとは言ったが、俺はセラフィナイトの所有物の事など全く考えていなかった。


 ――この城……ギリギリまで外から見ないようにしよう……


「それでは行きましょうか。荷物はここに置いて、ついてきて下さい」


 そう言われ部屋を出ていく兄の背中を追って行くと、案内された先は豪華に装飾された大きく重厚な扉の前だった。そこでも兄が手を翳すと、その重厚な扉がゆっくりと開いていく。


 兄に促され中に足を踏み入れると、そこは目を見張るほどに煌びやかで豪奢な空間が広がっていた。


 大理石で作られた床と壁、等間隔に置かれた柱には芸術的な細かい細工が施されている。窓には見事なステンドグラスがはめられ、高い天井には一面に金が張られていた。

 その息を呑むほどに美しい広大な間の入り口から一直線に赤い絨毯が敷かれ、それが最奥まで続いている。最奥には扇形の階段が置かれ、頂には四体の天使像と、その天使達に守られるかのように鎮座する玉座が金色に輝いていた。


 呆気にとられている俺を見て、兄が苦笑いしながら歩き出した。


「本当はあの家みたいに質素で小ぢんまりとしている方が落ち着くんですけどね。当主として威厳を持つのも大変なんです」


 そう話し掛けられ、正気を取り戻した俺も慌てて兄の後をついて行った。


 ──確かに溜め息が出るほどに美しいとは思うけど、住みたいとは思わないな……


「ここは私の城ですが、私の家は貴方達のいるあの場所でした。帰りたい一心で頑張って仕事をしたのも、今となってはいい思い出です」

「兄さんていつも帰って来る日は事前に連絡くれるのに、たまーにいきなり帰って来る日とかあったよな。昔珍しくカノンが朝寝坊してさ、そんな時に兄さんが『帰って来れちゃいました☆』とか言ってリビングに座ってて……その時のカノンの顔は今でも忘れられない」


 お互いにそれを思い出してくすくすと笑みが零れる。


「……いつも貴方に待っていてもらいましたが、今度は私が貴方を待つ番ですね」


 感慨深そうに呟いて、兄が俺に微笑み掛ける。


「そうだね。兄さんとカノンに待っててもらうなんて初めてだからちょっと変な感じだよ」


 俺は少し困ったように笑い返した。


「今まで『お帰り』って言うのは俺の役目だったけどさ、その役目はしばらく兄さんに預けておくよ。その代わり、『ただいま』って言う兄さんの役目は俺が預かっておくから」

「クロス……」

「待つってさ、意外と楽しみだったりするんだ。そりゃちょっとは寂しかったりもするかもだけど……俺も兄さんと同じように帰りたい一心で頑張るからさ。だから、俺が帰って来るまで気長に待っててくれよ」


 あっけらかんと笑いながら言う俺を見て、兄は一瞬驚いた顔をした後、すぐにプッと吹き出してケラケラと笑い出した。


「いい提案ですね。本当に、心配なんか何もいらなそうだ」


  そんな話をしながら歩いていると、玉座のある階段前まで辿り着いた。近くで見るとその神秘的な雰囲気に思わず感嘆の溜息が零れる。


「ここだけ……何か感じが違う気がする」

「この玉座はセラフィナイトの血を引き、加護を与えらし者しか座する事は許されません。天の声を聴き、神の言葉を伝える場所なのです」


 そう言った兄の雰囲気が変わった。


「クロス。ここでしばし待ちなさい」


 声音までも変わった兄の言葉に従い、玉座下の階段前で姿勢を正す。


 兄が階段に足を掛けるとその体は光に包まれ、玉座へ腰を下ろすと同時、その光の中から正装へと姿を変えて現れる。

 神々しい威厳を放ち、他を圧倒するその姿は初めて見る兄の姿であった。


「クロス=セラフィナイト」


 名を呼ばれ、自然と片膝をついて返事を返す。


「はい」

「今この時より、その名を名乗ることを禁じます。これより貴方の名は“クロス=リーリウム”――その名で貴方自身を認めさせてみせなさい。セラフィナイトに相応しい人物となった時、再びその名を名乗る事を許しましょう」


 言葉が告げられると足元に魔法陣が浮かび上がった。

 その魔法陣が解けて身体に纏わりつくと、すぐにそれは消え去り、代わりに不思議な感覚が俺の中に広がっていく。

 クロス=セラフィナイトである事は覚えているのに、昔からクロス=リーリウムであると思うのだ。


「それは()()。今発した私の言葉が貴方にとっての事実でありこの世の真実となりました。この聖言は()()にもなっています。無事私の言葉がこの世界での事実であり真実となった時、この誓言は効力を失います。その時が、貴方がクロス=セラフィナイトに戻る時です。

 この誓言が成されなければ、貴方は生涯クロス=リーリウムとして生きていく事になります。それを常々肝に命じて、精進なさい」


 兄の言葉を受け、力強く頷く。

 当たり前の事を言われただけ。認めてもらえなければセラフィナイトは名乗れない。名乗れなければ、全てを失う。


 ──それでも違う人間としての人生を用意されてるだけ、やっぱり甘やかされているのかもな……けど、何も心配いらないさ


 俺の自信に満ちた表情を見てか、いつもの兄が微笑んだ気がした。


「クロス、私の元へ──」


 そう命じられ、緊張しながら階段を上がり兄の眼前で跪く。


「貴方にこれを授けます」


 (おもむろ)に何も無い空間から一本の剣が取り出された。

 差し出されたそれは何の変哲もない至ってシンプルなロングソード。


 ――何か特徴のある剣には見えないけど……セラフィナイト当主が授けるって言うんだからきっと特別な何かがあるんだろう


 その剣を両手で仰々しく受け取り、頭を下げた。


「貴方に女神の祝福があらん事を──」


 両頬へ手が添えられ、釣られてゆっくりと顔を上げる。

 視線の先にはいつものように優しく微笑む兄の顔があった。

 瞬間、目の前が真っ白に発光し、その眩しさに思わず目を瞑る。


 遠くの方で「いってらっしゃい」と兄の優しい声が聞こえた――





 ******





 光が収まり目を開けると、そこはどこか分からない林の中だった。

 まだ霞む目を擦りながら立ち上がり、辺りを見回すと、少し離れた所にメイド服を着た少女が立っている事に気が付いた。彼女はこちらを認識すると迷う事無く俺の元まで歩みを寄せ、無機質な表情、無機質な声で語りかけてきた。


「クロス=リーリウム様。これより主様の命に従い、魔法学院ラクシュウェルへお連れ致します。荷物は馬車へ積んでありますのでどうぞそのままお乗り下さい」


 その言葉に従うように一台の馬車が木の陰から現れた。俺のすぐ横で止まると、目の前の少女が扉を開いてくれる。


「えっと……今後の事とかあまり把握してないんだけど……」

「詳しい説明は移動中にさせて頂きます」


 だから早く乗れ──彼女の表情がそう言っている気がして、大人しく従う事にした。




 揺られる事しばし――

 彼女と話して分かった事、それは彼女が兄の魔法であるという事だ。人型をしているのは今与えられている命令が関係しているらしい。

 その魔法には心当たりがあった。


「俺が小さい頃、家事全般をやってくれていたメイドがいたんだ。兄さんが魔法で創り出した式神だって言ってたんだけど、君もそうか?」

「認識的には、間違っておりません」

「でももっと片言だった気がすんだよね……前に兄さんが人語を話す、動物のような生き物を家に連れて来てくれた事があってさ、精霊学に属する魔法だって言ってたんだけど、どちらかと言えばそっち?」

「それは遊び好きな精霊に器を与えてクロス様のお守りをお願いなさったのでしょう。私は純粋な魔法、その原理とは似て非なるものです。与えられた命令を遂行するためだけに存在します」

「純粋な魔法……人と遜色ないんだからすごいもんだな」


 感心してまじまじと彼女の事を観察する。


「……そろそろ説明に移らせて頂いても宜しいでしょうか」

「あ、ああ。お願いします」


 ――何だろう。気のせいか、ちょっと不機嫌になった気が……


「それでは今後のご予定を主様を代弁して伝えさせて頂きます。大まかにご存じでしょうが、確認のためにもお聞き下さい。

 午後二時より学院の入学式及び説明会がございます。その前に学院付属の寮へと入所手続きを済ませ、荷物の搬入を行って下さい。そこでの詳しい説明は手続きの際にして下さいます」

「それはカノンから聞いてるな。書類を渡してサインするだけで大丈夫だって言われてる」

「はい。学院は全寮制になっていますので入寮時に書類と交換で学生証が渡されます。本人確認も兼ねていますので係の方の指示に従って下さい」

「それは……大丈夫かな……」


 ――身元確認や説明を求められたら俺は何も答えられないぞ……


「余計な事をしなければ大丈夫です。くれぐれも自分から身分を明かすような事はしませんようお気を付け下さい」

「わ、分かった」

「クロス様はこれより三年間、まずはリーリウム様として学院の卒業を目指して頂きます。次に大学院への進学となりますが、学院から大学院への進学率は一割程度です。狭き門である事をしっかりとご自覚下さいませ」

「それは心配いらない。カノンともしっかり打ち合わせ済みだ。それに、俺にとって学生生活は通過点に過ぎないからな。進学でつまずいてなんていられないんだよ」

「……愚問でございましたね。さて、そろそろ到着します。ご準備下さい」


 そう言われて外を見ると、目と鼻の先に目的の場所が迫っていた。


 ・

 ・

 ・

 ・


 着いた所は学院から少し離れた丘の上。緑豊かな草原に気持ちのいいそよ風が吹いている。そこから広大な敷地を保有する学院が見下ろせた。

 馬車を降りて荷物を降ろし、お世話になった彼女に礼を伝える。


「ありがとう。助かったよ」

「主様の命に従ったまでです。それとこちらを、主様より預かってございます」


 差し出されたのは入寮する時に必要な書類が入った封筒、貨幣が入った小袋、そして俺の名前が書かれた一枚のカードだ。


「そのカードには貨幣に関するデータが記録されております。様々な国の都市部にある大金庫からいつでも必要な時に必要な分だけ引き出す事が可能です。主様より『世界を知るのに有意義に使いなさい』との事です」

「…………」


 頼る者がいない中、お金にだけは困らないようにって事なのだろう。正直、世間知らずな自分には有り難い。ここは意地を張らず素直に受け取る事にする。


「有り難く受け取らせて頂きますと伝えてくれ。大見栄切っといて甘えてばっかだから申し訳ないんだけど……」

「……甘えれる時は甘えた方が宜しいかと。その方がきっと、主様も喜びます」


 無機質無表情なはずなのに、彼女がふわりと優しく微笑んだ気がした。

 その時ふと『魔法といえども人の姿をしたこの少女に感情等はあるのだろうか?』という疑問が浮かんだ。


 ――まぁ今考える事じゃないな。きっと、その答えもこの先にある


 荷物を肩に担ぎ、彼女に再度礼を伝えた。


「君のお陰で無事ここまで来れたよ。ありがとう。それじゃあ、行ってくる」


 頭を下げて見送ってくれる彼女に背を向け、目的の場所に向かって歩き出す。

 丘を下り街道へ出ると、学院の門まではもうすぐそこだ。

 辺りは同じ新入生であろう生徒達とその家族達で賑わっている。別れを惜しんだり励まし合ったり、皆様々に新たな門出を祝っていた。



 ――いよいよだ……



 肩に掛けた荷物の紐をギュッと握り締め、新たな世界へ続く門へと歩を進めたのだった。


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