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第47話 人は見掛けによらない

「湖周辺の安全を確保! 次いで手当ての済んだ者から順に搬送しろ。重傷者優先にな!」

「はッ!」


 敬礼を返し、急ぎ足で駆けて行くのは応援に駆けつけたフルールの警備隊員達だ。彼らはテキパキと行動に移り、負傷した兵士達を迅速に馬車へと運んでいく。


 中心となって指示を出すのはワインレッドの騎士服に身を包む一人の女性。

 意志の強そうな切れ長の目に筋の通った高い鼻、顔に掛かる前髪は片側だけ長く、その髪色は燃えるように赤い。


 女性は辺りを一瞥(いちべつ)すると(おもむろ)にこちらに向けて歩みを寄せ、手当てを受ける俺の目の前で足を止めた。


「君が救援に来てくれた魔法学院の生徒さんかな? 私はフルールの警備団長を務めるサルビア=フローラだ。うちの警備兵達を守ってくれた事、心より感謝する」


 そう言って、サルビア警備団長は微笑みながら右手を差し出した。


「クロス=リーリウムです。すいません、今は利き腕が使えないんで……」


 代わりに左手を差し出し、申し訳無さ気に笑みを返す。


「ああ、気が利かなくてすまない」

「いえ」


 互いに手を取り、軽く握り合った時だった。


 湖の中心に立ち上っていた竜巻が掻き消え、バシュンと水が弾け飛ぶ音が響く。

 皆の視線が向いた先、頭上高い空には霧散した飛沫が煌めき、そこに湖から飛び出た人影が浮かんだ。

 その人影は小脇に何かを抱えたまま、もの凄い速度でこちら側の岸へと飛来してきた。


「――しっ!」

「うぐッ――⁉」


 爆風と共に地面の割れる轟音が轟き、同時に二人分の声が耳に届く。

 目を凝らせば、砂煙の中に仁王立ち姿の男が見えた。

 威風堂々とした佇まい、そのシルエットだけで分かる。イグナスだ。


「たく……遅いですよ」


 思わず漏れ出たぼやきが聞こえたのか、人影が俺へと向きを変える。そのままこちらに向かって歩いてくると、悪びれる様子もなく、片手を上げたイグナスが笑顔で砂煙の中から現れた。


「悪ぃな、ちょっと手こずっちまったぜ」

「その様子じゃ無事イビルホールは消滅できたんですね」

「当たり前だろ。まぁその話は後だ」

「……ところで」


 俺は言葉を切り、ちらりと視線を横へ動かす。


「何でお前がここにいるんだ? セシル」

「やぁクロス。久し振りだね……」


 イグナスの小脇に抱えられたセシルが力無い笑顔を俺へと向ける。見るからにぐったりとした様子に、憐れみの目でセシルを見詰めた。


 ――分かるぞ。お前も理不尽な目にあったんだな……


「はは……対岸から湖を渡ってる最中にイグナス委員長に出会ってね。訳も分からずなすがまま、そして今に至るってかんじかな……」

「泳ぐより飛んだ方が速かっただろ」


 そう言いながらイグナスはゆっくりとセシルを地上に降ろした。俺の時とは違い、随分と丁寧だ。


「……差別ですね」

「いんや、区別だ」

「どっちも学院の方針では禁止ですよ」

「時と場合によるんだよ」


 確かに、フルールの人達がいる前で一国の大貴族様を放り投げる訳にはいかないだろう。すでに扱い方でアウトな気もするが、そこはどうでもいいらしい。基準がよく分からない。


「セシル、しばらくじっとしてた方がいいぞ。三半規管がやられてるならフラつくぞ」

「え? ……わわっ!」


 言った側からセシルが見事につんのめった。

 足が絡まり、そのまま前のめりで倒れそうになるセシルを咄嗟に腕を出して抱き止める。

 感覚の無い右腕に鋭い痛みが走り、思わず顔を顰めたのをセシルは見逃さなかった。


「クロス、怪我したのかい?」

「ああ、ちょっとな」

「……見せて」

「応急処置はしてもらってる。後で治療も受けるから大丈夫だ」

「でも腕から先に力が入ってないじゃないか! よく見たら体も傷だらけだし……」

「とにかく、今はいい。それよりもだ。委員長」


 心配するセシルを無理やり制し、俺はイグナスへと向きを変える。


「色々と報告があります」

「おう。今から学院で緊急会議がある。そこで聞くぜ。フルールの団長さんにここは任せるが、いいよな?」

「無論だ」

「後でラフィカから領主のところに連絡がいく。詳しくは後ほど聞いてくれ」

「ああ。此度の件、誠に感謝する」


 と、そこへ場違いな服装をした二人の少女が仲良く腕を組んでやってきた。

 一人はなぜかルンルンと跳ねながら、そしてもう一人は連られて揺さぶられる事に動じること無く冷静な表情でこちらを見ている。


 ――確か、ラブとヴァニ……だったか?


 タイプは違うものの、どちらもフリルがふんだんにあしらわれた個性的な服に身を包み、小さな背丈と幼い顔立ちが相まって可愛いと言う言葉をこれでもかと体現している二人組みだ。

 その一人が驚くべき事を口にする。


「イグイグ〜♪ やっほぉ☆」


 大手を振りながら、そう少女がイグナスを呼んだ。

 俺はパチクリと目を瞬かせ、その少女とイグナスを交互に見る。


「お前な……その呼び方やめろっての」

「え〜、やだっ☆」

「ラブィが聞く訳ないのよ。諦めるの」

「はぁ……まぁいい。お前ら、ちゃんと自己紹介しろよ」

「は〜ぃ!」


 そして二人は俺に向き直った。


「よろしくね、クロクロ! ラブリ=エンジェルシリカだよ☆」

「ク、クロクロ?」

「ヴァニラ=ミルキークオーツなのよ」

「あ、クロス=リーリウムです……」


 若干たじろぎながら、幼い二人になぜか敬語で言葉を返す。


「新人の割には健闘したと思うの。褒めてあげるのよ」

「それはどうも……」

「セシるんもお疲れ様☆」

「はは、ありがとうございます」


 ――セ、セシ()()


「おら、済んだならさっさと戻るぞ。やる事が山積みなんだ」

「その前に、委員長」

「あん?」

「あれは放っておいていいんですか?」

「あれ?」


 ずっと気にはなっていたが誰も指摘しないのだから仕方がない。

 俺は呆れ気味に水辺の方を指差し、皆の注目をそこに集めた。


「何か、異様な事になってますけど」

「……放っておけ。関わるだけ損だ」

「エリィの逆鱗に触れた奴の末路なの。自業自得なのよ」

「わぁ! 綺麗にいっぱい咲いてるね♪」

「はは、確かに」

「まったく、あの子は……」


 深い溜め息をつきながら、サルビア団長が水辺の方へと歩いていった。

 そこには言い争いをする人物が三人。蔦に巻き付かれ、花に囲まれたカグラとシエン、そしてそれを不敵に笑いながら見上げるエリカだ。


「いい加減にしろよ、クソガキ」

「あら、それはこっちのセリフよ、クソ男」

「若、口が悪いですよ。エリカ嬢も、遊びはこれくらいにして頂きたい」

「あんたが一番許せないわっ‼」

「む?」

「『む?』じゃないのよっ! ほんとに腹が立つわねっ!」

「癇癪持ちか、お前」

「……解せん」

「うるっっさいのよ! あんた達みたいな野蛮な男は身を持って花の優美さを知るがいいわっ!」


 エリカの怒りに比例するように、カグラとシエンに巻き付く蔦から可憐な花が次々と花弁を開く。


「切り刻んだ挙げ句に燃やし尽くしたその蛮行、許さないわよ」


 まるでカグラとシエンを栄養源とするかのように、蔦が根のように二人の体を這っていく。

 そして頭上に巨大な蕾が膨らんだ。


「あなた達の魔力はどんな花を咲かせるかしらね? 楽しみだわ」

「ぐっ……!?」

「……忠告だ。これ以上は冗談で済まなくなる」

「上等よ。まったく反省しないあんた達が悪いんだから! すっからかんになるまで吸い尽くしてあげ――」

「そこまでだ」


 小さな肩にぽんっと手を置き、サルビア団長が仲裁に入った。


「エリカ。やり過ぎは良くないといつも言っているだろう」

「お姉ちゃんっ⁉」

「彼らもお前の咲かせる花に一目は置いただろう。このへんにしておきなさい。いいね?」

「……はぁい」


 若干不服そうにしながらも、エリカは魔法を解いて二人を蔦から解放した。

 興味が失せたのか、サルビア団長の腕をとって嬉しそうにこちらへ向かって歩いてくる。


「お姉ちゃん、いつ帰ってきたの?」

「つい先刻だ」

「私もだよ! 早くマリーお姉ちゃんとダリアお姉ちゃんにも会いたい!」

「ならば早急にこの件を片付けなければな。学院の各方(おのおのがた)にも頑張ってもらおう」

「学院の……」


 口ごもり、顔を顰めたエリカの視線が俺へと向いた。

 つい先程まで子供らしい笑顔を見せていたのに、その表情は嫌悪すら帯びているように見える。


 二人が連れ立って目の前までやってくると、サルビア団長から改めて彼女の紹介がなされた。


「この子はエリカ=フローラ、私の妹だ。宜しく頼む」

「お初にお目に掛かります、セシル様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

「いえ、ご丁寧にありがとうございます」


 今度は一変して微笑みを浮かべ、エリカはスカートの裾をそっと摘んで可憐な所作でお辞儀を返した。

 俺の存在を完璧に無視したその行動に妙な既視感を覚える。


 ――確か、前にもこんな事があったような……


 そんな事を考えていると、サルビア団長が厳しい口調でエリカの態度を嗜めた。


「エリカ、何なんだその態度は。恩人に対して失礼だろう」

「…………ふんっ!」

「エリカッ‼」

「あー……と、団長さん? 俺は別に気にしてないんで」

「何を言うんだ! 君の武勇は報告を受けている。いいか、エリカ。彼がいなければ間違いなく死人が出ていた」

「私が間に合わなくても死人が出たかもしれないわ」

「そういう話ではない!」

「――あ、あの~……」

「“もし”や“かも”で事実を否定するのは止めなさいと何度も言っているだろう!」

「在り得た可能性の話をしているだけで否定なんかしてないもん!」

「――あ、あのっ‼」


 剣幕な二人の顔が俺へと向いた。

 つられてその場にいる皆の視線も俺へと向く。


「い、いや、今のは俺じゃ……」


 慌てて否定し、振り返ると、そこには挙動不審に目を泳がせるミオトがいた。


「あ、あの、ちょっと話が聞こえて……」

「何だ。何か報告か?」

「い、いえ! そうではなく、エ、エリカちゃんに……」

「何よ。あんたが私に何の用があるわけ?」

「…………っ」


 鋭い視線を向けられ、ミオトが青い顔で口を噤む。

 口を挟むにはなかなかに勇気のいる相手なはずだが、ミオトは両手を強く握りしめ、意を決したように力強い目をエリカへと向けた。


「エリカちゃん。差し出がましいとは思うけど、彼をぞんざいに扱うのは止めて欲しい。少なくとも僕達は、特にシンは、彼がいなければ間違いなく死んでいたんだ」

「そう」

「だ、だから――」

「でも、結果的に大勢を危険に晒したわ」

「エリカちゃん……」


 ミオトが悲し気に顔を歪める。

 俺はそんな彼に歩み寄り、背中を軽く叩いて笑ってみせた。


「正論なんで気にしてません。ありがとうございます」

「クロス君……」

「サルビア団長も、謙遜してるとかじゃないんで誤解しないで下さい」

「しかしだな……」

「彼女の言う通り、俺は時間を稼いだだけで最終的には皆さんを危険に晒しました。守り切るつもりでしたが、守れたかは自信がありません。こんな()()()()に色々気付かされましたよ。俺は今まで誰かを守る戦闘をした事がなかったので」

「…………は?」


 エリカのこめかみがピクリと動いた気がしたが、俺は気にする事無く言葉を続ける。


「そこの()()()()にも助けられましたしね。まだ()()()()凄いですよ。最後は副委員長達があっと言う間に片を付けてくれましたし」

「…………ねぇね、ヴァニちゃん。幼いってラブ達の事かな?」

「それ以外ないのよ」

「あはは、面白い子だね〜」


 ヴァニラは剣呑に目を細め、ラブリは表情こそ笑っているものの、目がこれっぽっちも笑っていない。

 不思議に思って周りを見れば、サルビア団長とセシルが苦笑いを浮かべ、イグナスはニヤニヤと意地悪く笑っている。


 ――な、何だ……?


 そこへシエンとカグラが合流した。


「どうして()()が増えてるんだ?」

「若、()()ではなく()()と表現して下さい。言葉が悪いですよ」

「どっちも意味は同じだろ」

「どっちも間違ってるわよっ‼」


 我慢の限界とばかりにエリカが真っ赤な顔で憤慨した。

 キッと鋭い目つきで睨みつけられ、なぜだか俺が、捲し立てるように詰め寄られる。


「不甲斐ないだけじゃなくデリカシーも見る目も無いのね‼ あんた達みたいな男はこれだから嫌なのよ!」

「な、何をそんなに怒ってるんだ?」

「私は今年で十五歳よ!」

「えっ!?」

「それに、ラブちゃんとヴァニちゃんは十七歳! あなたの方が年下でしょう!」

「十七!? この二人が!?」

「そうだよ~☆ ラブは二学年、生徒会所属♪」

「二学年、風紀委員会所属なのよ」


 言われてみれば役員名簿に名前があった気がする。


 ――まさかこんな小さな少女だとは思わなかった……どう見ても十二歳そこらだろ……


「このちんちくりんが? どう見ても十歳十二歳そこらだろ」


 カグラも同じ事を思ったらしい。奴とシンクロしたのがちょっと嫌だが、自分の感覚が間違ってなかった事にはほっとした。


「やっぱりそう見えるよな」

「そうにしか見えん」

「あはは☆ 無自覚な無神経ってタチ悪~い♪」

「正直なのも馬鹿が付くと失礼なのよ」

「あなた達、中身も外見もそっくりだけど双子なの?」

「「断じて違う!」」


 互いに全力で否定するも、またもシンクロしてしまった事に心の中で舌打ちする。

 それと同時にカグラの口から舌打ちが聞こえ、何とも言えない気持ちになった。


「くっく、お前らは委員会に入ってすぐ夏休みになっちまったからな。いい機会だ、この後の会議で正式に紹介してやるよ」

「ヴァニちゃん、この問題児ちゃん達の教育、頑張ってねっ!」

「ラブィ、逃げるのはずるいのよ」

「――イグナス、通信だ。そろそろ皆が集まるらしい」

「おう、そんじゃ行くか」


 この場の処理をサルビア団長に任せ、俺達は全員で学院へと帰る事になった。

 水辺に停まっている馬車を使っていいとの事で、イグナスを先頭にそこへと向かう。


 歩き出す間際、エリカと一瞬、目が合った。

 すぐに視線を逸してそっぽを向かれてしまったが、彼女の表情は気まずそうに曇っていたような気がする。


「どうかした?」


 急に立ち止まった俺を見て、不思議そうにセシルが小首を傾げる。


「いや……多分、気のせいだ。行こう」


 あれだけ威勢がよかったのだ、きっと見間違いだろう。そう結論付け、俺はセシルを促し、共にイグナスの背に続いて歩いていった。


この話に書ききってしまうか、次話に持っていくかで悩んでる千文字ほどがあります。

なので、もしかしたら追記するかもです。

次話の前書きに記載がありましたら、この47話の終わりの方を再度読みにきて頂けたらと思います。

(なんとか三月なる前に更新できた〜ε-(´∀`*)ホッ)

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