プロローグ ~始まりの時~
「お前……最後の最後に原始的過ぎるだろ……」
眉間を抑えてボヤキながらカノンがのそりと立ち上がった。
「はは……でも、一撃は一撃……だろ?」
俺は力なく笑って絞り出すように言葉を返した。こんなボロボロだが、我ながら頑張ったと思う。
そこに、パチパチと手を叩きながら兄がこちらへやって来た。
「素晴らしかったですよ、二人とも。ですが、だいぶ無理をしましたね」
そう言って苦笑いを浮かべた兄が俺達に向かって手を翳すと、最初に見た淡い光と同じ光が身体を包んで発光した。そして俺に刺さった剣の柄を掴み、ゆっくりと引き抜いていく。
いきなりの事に一瞬ギョッとしたのだが、痛みは全く感じず、抜かれた後の傷口も瞬く間に塞がっていった。気が付くと体にあった全ての傷が無くなり、感じていた痛みや苦しさも消えている。
「まったく……あと僅か、ズレていたら心臓でしたよ」
「ちゃんとそこは外して受けたよ。それより、これって……」
「リア様の神聖魔法だ」
俺と同じく、癒えたカノンが服の埃を掃いながら教えてくれた。
「戦う前に魔法を掛けて頂いただろう? その時と全く同じ状態に戻っているはずだぞ」
言われてみれば肉体的な疲労感も無く、魔力も全て回復しているようだった。
「でも精神的疲労感は消えてない……」
「ふふっ、すみません。私も万能ではないんです」
そう言って兄がクスクスと笑った。それを見たカノンも表情を緩めて溜息をつく。そんな二人を見てやっと肩の力を抜く事が出来た。
「で、試験は合格でいいのかな? 出来れば追試や二次試験は遠慮したいんだけど」
「頑張った成果をこれだけ見せられたんです。貴方の気持ちはしっかりと受け取りましたよ。もちろん、合格です。カノンはどうですか?」
俺達からの視線を受けて、カノンは仕方ないといった感じで首を縦に振った。
「一撃入れる事が出来たら認めてやるって言ったのは僕ですからね。これ以上の異論はありません。戦闘技術、知識、魔法操作、どれを取っても申し分ないでしょう。ただし」
「た、ただし?」
「確認作業だ。クロス、火魔法を使ってみろ」
「え? ああ、うん」
意図が分からないままとりあえず言われた通りにする。
――火魔法、か……火……
辺りを見回すと、夜空に眩く光る光の玉が目に映った。
そこに向かって手を伸ばす。
「“火球”」
赤く輝く粒子へと変わった光が掌に集まり、そして一つの火の玉が現れた。
「これでいいのか?」
「……いいだろう。じゃあ次、水魔法だ」
そう言われ、俺は手の上の火球を積もり出した雪へと放った。
熱で溶けた雪は小さな水溜まりを作り、その水を使って今度は“水球”を発現させる。
「よし、一応四大元素魔法は全て問題なく使えるな。初級技ばかりだけど」
「はぁ? 何だよ今さらっ。俺が特定の魔法しか使えないの知ってて言うって嫌味か‼」
「そもそもお前が使う魔法自体が他からしたら嫌味なんだよっ! 発動できるのは初歩的な魔法だけなのにそれを使うために使う魔法が高難度特異魔法“事象改変”っておかしいだろう‼」
「それは俺に言われても仕方がない」
腕を組んでフンッと胸を張る俺を見て、兄がケラケラと笑い出した。
「ふっ、ははは、カノン、それは確かに仕方がない事ですね」
「不可抗力!」
「くっ……失礼しました、リア様」
「俺には無いのね……」
カノンの兄至上主義は相変わらずだ。
「私からも一つだけ確認を――クロス、貴方は自分の力をどのくらい把握出来ていますか?」
「どのくらい……剣術と体術はカノンから合格点を貰えるくらい、使える魔法は強化魔法と弱体化魔法、あと事象改変と暗黒物質、この四つだけ。そんで、魔力だけは人並み以上にあるっぽい?」
そんな俺の返答を聞いてカノンがフルフルと震え出した。
「こぉんの……バカタレがぁぁぁ‼」
「っひ⁉」
いきなり怒声を浴びて反射的に背筋が伸びる。
「いいか、事象改変って魔法は変成または変性魔法といわれるもので誰彼使えるものじゃない! まだろくに使いこなせてもないくせにだけとは何だ、だけとはっ‼」
「え、俺使いこなせてないの⁉ 知らなかった……」
「それにあんな闇魔法を使えるなんて聞いてないぞっ‼」
「この日のために取っておいた俺の切り札なんだ、言う訳ないだろ‼」
そんな言い合いに兄は困り顔で微笑み、カノンは苦虫を噛み潰したような渋い表情を見せた。
「とにかく、暗黒物質を対人に使うのは禁止だ‼ あんな危険な闇魔法を白魔法使いが食らったら魔力が変質して二度と戻らなくなるぞっ」
「――っ⁉ カノンなら大丈夫だと思って今日初めて使ってみたんだけど……うん、自重します」
反省した俺へ、兄から優しい声が掛けられる。
「知らない間に随分と高度な魔法を使えるようになっていたんですね。クロス、貴方の歳でそこまで才がある者はそういませんよ」
「兄さんにそう言ってもらえると素直に嬉しいな。でも本当はさ、闇魔法が使えるようになった事……二人には知られたくなかったんだ」
「…………」
「…………」
「兄さんの弟なのに闇魔法なんてさ、使えると分かった時は絶望したよ。でも、起きた現実は変わらない。変えられるのは未来だけだ。そのために使えるもんは何でも使う。だから今日、決心がついた」
兄とカノンは何も言わず、真剣な面持ちでこちらに顔を向けている。次の俺の言葉を待ってくれているように見えた。
そんな二人に向けて、再び同じ言葉を口にする。
「俺に“クロス=セラフィナイト”として生きる努力をさせて下さい。必ず、成し遂げてみせます」
そして深々と頭を下げた。
「…………顔を上げて、自信を持って、行ってきなさい」
兄のその言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
向けられた目の優しさに気付き、唇が震えた。
「ですが、貴方はもう少し自身の力について知らねばなりませんね。己を過小評価し過ぎです」
「それは僕にお任せください。クロス、ここを出るまで徹底的に鍛え直してやる。最後の復習だ、泣き言は言うなよ?」
いきなり背中を押す言葉を送られ、声が詰まった。
目頭が熱くなるのを感じ、自然と肩が震える。
俯いて唇を噛みしめ、精一杯の感謝を言葉にする。
「兄さん、カノン……ありがとう」
こうして俺の夢への扉が開かれたのだった。