8、女王の温情
庭園の中央が開けられて、ダンスの為に若い男女が集まる。
楽団が奏でたのは、古くから王国に伝わる、初心者の為の練習曲。
(……あら、これは私が作らせたものじゃない)
王女として高い技術を持っていたフランチェスカだったが、不得手な王配のために、夜会の最初は難易度の低い曲を選ぶようにしていた。
(……それでも、アンガス様はよく私の足を踏んでいたわ……その度に謝る顔も可愛らしくて……)
体が違えど、魂が覚えている曲。
ステップを忘れる筈も無い。
相手を務める男も、それなりに技術はあるようで、無難な動きを披露していた。
ライアン・ザフィーアは、終始申し訳なさそうな表情をしている。
(……可愛いわぁ。私も、こんな息子が欲しかったわね……)
フランチェスカは過去を思い出す。
亡き夫に似て誠実な青年に育ったと思っていたが、兎に角、頭が固かった。
周囲の者達に焚きつけられて、あっという間に母の処断を決めたのだ。
「公爵閣下、申し訳ありませんでした」
フランチェスカは囁く。
「妹はこのような場に慣れていなくて、ヘンリー様以外に任せられる方がいなかったのです……でも、閣下を利用するような事をしてしまって……」
俯いて見せれば、ライアンは表情を緩める。
「いえ……此方こそ助かりました。殿下は私の事を気遣って下さるのですが……特定の令嬢と関わるような振る舞いは避けたいので……」
彼は、自分達の横を通り過ぎる男女を一瞥する。
「……彼が羨ましいね」
視線の先には、義妹の手を取り、必死に踊る婚約者の姿があった。
一曲目が終わると、王太子の元へと令嬢が殺到する。
フランチェスカ達は、どちらから言うことも無く、そっとダンスの場から撤退した。
専用の靴を履いていなかったので、流石に足が痛い。
「エリザベス」
飲み物を選んでいると、婚約者が近付いて来た。
義妹の姿を探してみると、王太子と踊っている様子。
(大胆な子ねぇ……あらあら、何て酷い……)
王太子の優美さをもってしても、義妹の粗末な腕前は隠せないらしい。
「こんな所にいたのか。俺達も戻ろう」
彼は隣に立つ公爵を一瞥すると、エリザベスの手を引こうとする。
「もう足は大丈夫ですか?」
公爵が口を開く。
「……どうかしたのか?」
「実は、足を痛めてしまって……」
「そ、そうか……」
その言葉に、婚約者は項垂れる。
フランチェスカをあの滑稽な場に連れて行く事は諦めたらしい。
(助かっちゃったわ。ありがとうね、公爵閣下)
「ヘンリー・スマラクト殿、私はこれで失礼致しますので……」
公爵は礼をすると、背を向ける。
すれ違う年配の男女に挨拶をすると、庭園を出て行った。
その二人は、此方へと近付いて来る。
「父上」
婚約者の呼び掛けで、この男女がスマラクト公爵夫妻だと気付いた。
「エリザベスさん」
夫人が口を開く。
「先程はありがとうございました。殿下は、ライアン・ザフィーア公爵の立場を考慮しないで動く時があるから……」
フランチェスカは黙って微笑んだ。
(そのための臣下でしょ。愚かな王族を野放しにすると。他が迷惑するのよ?)
「いや、本当に良くできたお嬢さんだ。ヘンリーの嫁には勿体ないぐらいだ」
公爵は大きな声で笑う。
「見たかい、閣下と君が踊っているときのヘンリーの顔」
「やめてくれよ、父さん」
婚約者はそっぽを向く。
どうやら、公爵家でもエリザベスの印象は悪くないらしい――エリザベスの言い分と現実の差異に、フランチェスカは内心嘆息した。
(お飾りの妻、という訳にはいかなさそうね……)
「……これから、二人で社交界に出るのですから、この先不安ですよ」
夫人の愚痴に、フランチェスカは微笑みで返す。
(大丈夫よ、この坊やとはすぐ離れるから)
フランチェスカは、この体で生き続けるつもりは無かった。
エリザベスの体で婚姻し、公爵家で適当な体を探す。
機会があれば、再び王宮へ戻る事も――
フランチェスカにとってはこの婚約者は足がかりでしかない。
(……まあ、幸せな夢ぐらい見せてあげるわ)
家臣の功績には、相応の褒美を与える――女王としての温情であった。




