11、生まれてきた意味
「……長かったな」
謁見の間に立ち、感慨を込めて呟く。
目の前では、使用人達が玉座を運び出している最中であった。
王家に反発した勢力に担ぎ上げられて、ライアン・ザフィーアは大公の地位を得た。
両親を北方の地へと送り、晴れて王宮の所有者となった。
謁見の間や庭園――屈辱の記憶が残る場所は、全て改装する予定だ。
「おめでとうございます、閣下」
グリンマー侯爵が隣に並ぶ。
今の彼は、ライアンの片腕のような存在として認識されている。
「不当な扱いを受けていた貴方が、正当な栄誉を得る……私としても大変嬉しく思います」
微笑んでいた彼は、少し口元を歪める。
「次は大公妃を決めなければいけませんな……候補者を見繕っておきましょうか?」
(確か、侯爵にも娘がいたな……)
おそらく、その令嬢も候補者に入れるのだろう。
自分の血筋を為政者に――侯爵の望みを察し、ライアンは肩を竦めた。
良き友人ではあるが、彼と家族になるつもりは毛頭ない。
ライアンは一通の手紙を差し出す。
「これは……?」
侯爵は目を通し――笑い声を上げた。
近くにいた使用人達が、怪訝な目を向けている。
「いやぁ……困った……困ったなぁ」
侯爵が握りつぶしたものは、娘が書いた手紙。
教会の司教とただならぬ関係にある事を匂わせる、所謂恋文であった。
「辛いものですな……信じていた娘が……というのは」
グラナートも、こんな気持ちだったのか――苦笑をもらしながら、ぽつりと呟いた。
「私が伴侶に求める女性は、ただ一人――」
ライアンが名前を出すと、グリンマー侯爵は目を見張る。
「ほう、そこまでご執心だったとは……まあ、まだスマラクトやグラナートを重んじる古い奴らもいますし、その案も悪くありませんな……」
彼は今後の計画を練り始めたらしく、「どこかへ養子に……」「侍女を……」と独りごちている。
(本当に、逞しい男だな)
ライアンは苦笑した。
王都から少し離れた地に、貴族令嬢の為の修道院は存在する。
戒律を重んじるこの場所を訪れるために、膨大な時間と手続きを要した。
深い森と高い塀に囲まれた敷地内は、とても静かであった。
令嬢達が心穏やかに暮らせるよう、王都の消息が届く事は無いらしい。
掃除や菜園の世話に勤しむ女性達を見渡しながら、ライアンは奥の建物を目指していた。
「……あら」
途中、大きな籠を抱えた女性が足を止める。
髪を一つに纏めた、赤毛の女性――見覚えのある顔だった。
「貴女は、確か……」
「サラと申します……公爵閣下」
「……ああ、覚えている。エリザベスに仕えていた……」
深々と頭を下げる彼女に、ライアンは些か戸惑いを覚えていた。
(私の訪問は、院長しか知らない筈だが……私が此処に来ることを分かっていたかのような態度だな……)
頭を上げた彼女は、すぐさま踵を返す。
「お嬢様は此方です」
「あ、ああ……」
尊大さと、慈悲深さを併せ持った眼差し――
垣間見えた彼女の笑顔に、何処か懐かしさを感じた。
「……此処での暮らしはどうだい?」
「掃除に料理に洗濯に……全て、自分でする生活ですからね。最初はお嬢様も戸惑っておられました」
揺れる赤毛を追って、ライアンは建物の中を進む。
サラの後ろ姿を見ながら、彼は昔の出来事を思い出していた。
(そういえば……グラナート家の執事が言っていたな……)
リチャード・グラナートの蟄居が決定し、伯爵家の使用人達も解雇すると告げた時――
執事がグリンマー侯爵に嘆願したのは、サラの処遇に関してであった。
(『お嬢様を欺いた盗人』か……)
エリザベスの私物は盗まれていたが、ローズの仕業という事で結論が出た。
そしてローズに仕えていた侍女達が持ち出したことも分かっている。
(執事の妄言と思っていたが……彼女は、信用に値する人間なのか? そうでないなら……)
思い悩んでいる内に、危うくサラにぶつかりそうになった。
彼女は、一つの扉の前で立ち止まっている。
中からは、有名な讃美歌の一節が聞こえていた。
「最近、小さなお嬢様が修道院に来られて……エリザベス様だけでなく、みんな夢中なんですよ」
サラは声を潜めて、そっと扉を開ける。
その部屋は、大きな本棚が並ぶ書庫のような場所であった。
中央の長椅子には、二人の人物が並んでいた。
楽譜を膝に乗せ、隣に座る少女に教えるように歌う女性――
榛色の髪や瞳も、白い手も、ライアンの記憶のままの姿であった。
「エリザベス……」
優美な歌声に惹かれるように、歩み寄る。
気が付けば、彼女の前に跪いていた。
「え……」
エリザベスは、最初、ライアンの姿を見たまま動きを止めていた。
「公爵閣下……どうして」
呆然とした面持ちで、ゆっくりと立ち上がる。
床に落ちた楽譜にも気付いていないようだ。
「……王子様?」
隣に座る少女が呟く。
「……ええ。正しい事を成し遂げた王子様です」
サラは少女の耳に囁くと、手を引いて外へと連れ出した。
「どうして……貴方が……」
彼女の瞳は、少し揺れているように見えた。
「エリザベス、君に会いに来た。約束を果たしに来た」
そっと、エリザベスは瞳を逸らす。
「私も……お会いしたかった……でも、私は……」
彼女の脳裏には誰が過ったのか、とライアンは憂う。
罪を犯した父親か、それとも婚約者だった男か――
(でも、もう大丈夫だ)
エリザベスを慰めるように微笑んで見せる。
「もう、いいんだ。過去に囚われなくても……」
その言葉に、エリザベスが息を呑む。
「エリザベス、私は、生涯の伴侶に君を望む。その為に、これまで力を付けた。どうか、私を信じて欲しい……」
彼女の前に、片手を差し出した。
エリザベスは己の胸に手を当てて、目を閉じる。
彼女の返事を待つ時間は、とても長く感じた。
そして、エリザベスはゆっくりと手を伸ばし――二人の指先が触れ合う。
(エリザベス……もう、君を離さない。私が守ってみせる)
この瞬間の為に、自分は生まれてきた――ライアンはそう信じていた。




