9、汚濁に咲く花
王太子の葬儀は、王家と関わりの深い大聖堂にて執り行われた。
埋葬に向かう国王夫妻を、ライアンは黙って見送った。
今更、家族として同行するつもりもない。
ライアンの顔を見る度に顔を歪める両親に、彼は興味を失いつつあった。
(以前の私なら、もっと苦しめたいと考えていたのだろうが……全て、彼女の影響か……)
視線の先にはエリザベスの姿があった。
王太子の埋葬が終わるまで、貴族達は大聖堂内で待機するようだ。
「グラナートの次女と……」
「しかも、その娘は姉の婚約者に……」
王太子の死因は、正式に公表されていない。
しかし、ライアンが王宮で広めた醜聞は、此処にいる者達に伝わっているようだ。
「公爵閣下、この度は……」
率先してライアンに声を掛けたのは、グリンマー侯爵だった。
優秀な仕事ぶりで王家からの信頼も厚いと聞いている。
しかし、歴史は浅く、スマラクト公爵家やグラナート伯爵家よりも立場は低い。
「王太子殿下が、まさか、あのような……臣下として、責任を感じる次第です」
頭を下げつつも、目を細めて周囲を窺い――王太子の醜聞を肯定するような姿勢に、ライアンは内心苦笑する。
周囲にいた貴族達は不快感をあらわにしていた。
王太子の教育に関わっていた者達からすれば、堪ったものではないだろう。
若しくは、王太子の婚約者候補として据え置かれていた令嬢の家も、侮辱を受けたと感じているのかもしれない。
(これまでの王家は、スマラクトやグラナートの意見を伺ってから裁定を下していたが……その流れも変わるのかもしれないな……)
些か煩わしさを感じつつ、視線を動かす。
いつの間にか、エリザベスの姿は消えていた。
大聖堂の外、エリザベスは小さな花壇の前にいた。
(あれは……)
色鮮やかな花に手を伸ばす彼女を見て、ライアンは思わず駆け出していた。
「エリザベスっ」
彼女が花に触れる前に手を掴む。
「公爵、閣下……?」
エリザベスの困惑したような眼差しに、ライアンは落ち着きを取り戻す。
「あ、ああ、申し訳ありません」
慌ててエリザベスから距離を取った。
「その、グラナート嬢が、そのような花を手に取られるのをみて……つい……」
(何をしているんだ、私は……このように女性に触れるなど……あいつと一緒じゃないか)
自らの早計さに悔やみつつ、視線や指先は宙に彷徨う。
「申し訳ありません、閣下」
乱暴に触れたことなど気にしていないように、エリザベスは微笑む。
「ただ、少し……昔を思い出しただけなんです……」
彼女の視線の先には、紫色のキツネノテブクロが咲いていた。
「この花を見る度に、悲しい出来事を思い出していたのです……でも、もう、忘れることにします」
花壇の前に座り、悼むように花に触れる。
悲しげに微笑む横顔から、目を離せなかった。
「お前っ!」
怒鳴り声に振り向くと、友人を引き連れたヘンリー・スマラクトがいた。
「お前が、何かしたんだろう! この――」
彼は荒々しい足取りで此方へと近付いて来る。
エリザベスの怯える姿に、彼の体は自然と動いていた。
頬に重い打撃を受けて、思わず座り込む。
咥内を傷つけたらしく、不快な味が広がった。
「お前がいなければ!」
友人達に押さえられて身動きが取れない状態でも、ヘンリーはエリザベスを罵り続けている。
(そういえば、この男は謹慎を命じられていた筈……自分の所為だというのに、エリザベスに責任を押し付けるとは……)
騒ぎを聞きつけたのか、他の貴族達も集まって来る。
グラナート伯爵が佇む姿も確認できた。
娘を助ける事もしない彼の姿が、とても薄情に見えた。
殴られた衝撃で思うように動けないライアンの前に立ったのは、エリザベスだった。
「全て、貴方の行いが招いた結果なのに……他人に擦り付けるなんて……最低だわ、“フランチェスカの再来”よりも、遙かに汚らわしい」
好奇や憐憫の視線に囲まれても毅然と立つ姿は、一輪の花のようであった。
この場を収めたのはグリンマー侯爵であった。
彼に感謝しつつ、ライアンは大聖堂を去る事にした。
「閣下、どうしたんです? 男前が台無しになっちまって」
「名誉の負傷みたいなものさ」
御者と軽口を叩きつつ、公爵家へ戻るよう指示を出す。
(エリザベス……)
大聖堂を出る前に、エリザベスに貰ったハンカチを握る。
彼女の視線を、頬に触れる指先を――思い出すだけで胸が苦しい。
(貴女だけは、必ず……)
握りしめた手を、誓うように胸に当てた。




