#27偽物の人生
「ん、あ…?」
視界は暗い。いつの間にか寝ていたようだ。
「あ、今何時だ…?」
明日テストなので少しは勉強をしなければならない。
外が明るくないから、夜なのは確定だろう。八時とかなら全然勉強する余裕はある。
もちろんバイトも今日はなかったので問題ない。
時間を確認しようと思って違和感を覚える。
僕は今、布団にいる。それだけなら普通だろう。
だが僕の記憶は、学校から家に帰ってくる途中で止まっているのだ。
「酔ってるわけでもないのにそんな事ってあるか?」
前日寝ずに勉強をしていたし、その前もほとんど寝ていない日が続いていた。
だから帰ってきた瞬間布団にダイブしたのだろうか。
それで疲れすぎていて、記憶が飛んだのだろうか。そう思わなきゃ、流石に現状に思考を繋げることができない。
「とりあえず、時間を…あれ?」
時間を確認しようと、枕もとの時計をとろうとする。
だが、いつも置いてある場所に時計はなかった。
「ぶつけて落としたかな?」
ロフトベットの机部分の端には、時計が落ちてもおかしくないぐらいの隙間がある。
とりあえず、暗くて時計を探すどころではないので、部屋の電気をつけに行った。
「妙に体がだるいな…」
ベッドの上で上体を上げた時にまた違和感を覚えた。体が怠い。
疲れのようなだるさでもない。風邪という感じでもない。なのになぜか怠い。
とりあえず、考えても仕方ないので、電気をつける。
「あ、まぶし」
寝起きすぐに明かりをつけることになど慣れていたはずなのに、光がとてもまぶしく感じる。
これではまるで、朝に起きることが無くなっていたあの時のような…。
目が慣れて、視界が開ける。
時計を確認しようと、視点を動かす。だが僕は何もできないぐらいの衝撃に包まれていた。
「な、んで…」
見覚えのある部屋。
いつも見ていたデスク。
いつも見ていたロフトベッド。
いつも見ていたテレビ。
いつも見ていた本棚。
いつも見ていたタンス。
その全ては同じものだ。なのに部屋はいつもと違うものになっていた。
だが、見覚えはある。記憶にはしっかりと染みついている。ここは過去に戻る前の僕の部屋だ。
テーブルの上に放置されたビールの空き缶。
乱雑に置かれた雑貨。
デスクには、かけていなかったはずの眼鏡。いや今回の人生ではかけていなかった眼鏡がある。
理解したくない景色が目の前に広がっている。
捨てたはずの未来。
変わったはずだった未来。
認めたくない現実。
そんな僕の考えを悟ったかのようにデスクに置いてあったスマホが鳴る。
使っていたスマホより新しい。まだ出ているはずのない機種が音を出していた。
僕は恐る恐るスマホの画面を覗き込む。
そこには『東栄ショップ』と書いてあった。
僕は怯えながらも映し出される文字に希望も隠し切れない気持ちでスマホを手に取る。
そして震える指で応答ボタンを押し、スマホを耳に近づける。
「はい、河野です」
「もしもし?河野くん?今日六時からなんだけど、今どこにいますか?」
いつも聞いていた杉野さんの声が電話口から聞こえてきた。僕はその瞬間頭が混乱した。
部屋は前回の人生と同じになっているが、電話から聞こえる声には違和感というものがないからだ。
だけど。
「………あ、れ。今日ってシフトありましたっけ?」
今日はバイトを入れていなかったはずだ。
「えっとそうですね六時からあります」
「あ、ごめんなさい!シフト無いと思っちゃってました。今からすぐ向かいます!」
きっと本当にシフトを勘違いしていただけなのだろう。
なので僕は謝って、すぐに準備をすることにした。
今日は平日だ。店は混んでいるだろう。しかも六時だ。僕がいないだけでだいぶ大変になるだろう。
「お願いします。どれぐらいで来れそう?」
「二十分ちょっとでいけるとおもいます」
「了解です。では急ぎ目でお願いしますね」
「はい」
僕は電話を切り、深呼吸をする。そして電話を終えてロック画面が表示されたスマホに目を落とす。
「…………はは」
嘘だろ?
2月4日。18時5分。画面にはそう表示されていた。
僕が十年前に戻った日の一日後だ。
そしてカレンダーを開く。
2020年。その文字を見た瞬間僕の思考は止まった。
「なんで。なんで。なんで」
あれは全部夢だったのか…?
小学生をやり直し、中学校もやり直し。高校に入学をして―――さんとも付き合った。
「………?誰と付き合った?」
思い出せない。
だけど確かに誰かと付き合った記憶が…?あれ無い。
たった今思考がかき乱され、何かが消されたような感覚が…?しない。
「なんだ、これ…?疲れてんのかな…」
そう思い自分に理解させた。
だが過去に戻っていたこと自体は夢じゃない。そう確信できる。
ここまで鮮明で長い夢があってたまるか。だとしたらなぜ?なぜここに戻ってきた?
「あ、バイト」
電話に出て、行くと言ったからにはいかなければならない。
考えるのはそのそのあとだ。
バイトは最近もずっとやっていたから何も問題ないだろう。
僕は思考するのをやめて、バイトに意識を向けた。
不思議なことに心は落ち着いていた。
信じられない現実が目の前に広がり続けているのは変わらない。
だがどこか夢心地なのだ。
何が現実で何が幻想かわからない。
今こうしてレジをやっている僕が現実なのか、小学生に戻り本気で人生を過ごしていた僕が本物なのか。
分からない。
*――*――*
バイトを終え、部屋に戻ってきた。
バイトをしたことで嫌でも現実を理解させられた。
まず、三司さんがバイトリーダーをやっていた。
そして、戻った世界ではまだいなかった人が何人もいた。代わりにいなくなっている人も多かったが。
その現実を見たことによって嫌でも理解させられた。僕は戻ってきたんだ。
戻ってきてしまったんだ。理由は分かるはずもない。だけどもうあの世界には戻れないのだろう。この人生が僕の人生なのだから。
今ここのいる僕が本物で、過去に戻り人生を過ごしていた僕はきっと偽物だったのだろう。だから…。
『―――さんのことが好きです。僕と付き合ってください』
『…私も河野くんのことが好きです。こちらこそよろしくお願いします』
「あ…」
突然言葉が聞こえた。
いや、思い出し脳内再生された。
一つは僕の声で。
そしてもう一つは、聞き覚えのない、なのに懐かしく愛おしい声。
「あ、れ?」
ふと、手元に水滴が垂れてくる。
出所はすぐにわかった。
「なんで…」
大量の涙が僕の瞳から落ちてきた。
記憶にない声を思い出して、涙が出た。
「記憶にない声なのに…。誰かすらわからない声なのに…」
涙が止まらない。
僕の中に溜まっていた負の感情を洗い流すように。そして不思議と頭がすっきりしていた。
「本当に記憶にないのか……?」
そんな疑問が浮かぶ。
本当に覚えていない人の告白の声を思い出すだけでこんなに感情が揺さぶられることってあるのか?
もし、記憶にない声ではなく…。
「忘れさせられた声だとしたら…?」
先ほどの思考がかき乱されたような感覚が、記憶をいじられた瞬間という可能性があるのではないだろうか。そしてそのいじられた記憶はその声に関係のある事だったんじゃないか?
だとしたらこれはきっと…。
「邪魔なものだけ消されている…?ということは僕は戻った世界で誰かと付き合っていた?」
そしてその付き合っていた相手が。
「声の主、ってことだよな…」
また忘れてしまわないようにすぐにスマホにメモをする。
「その声の主に関する記憶が消されるのはわかった…。あとは…」
そもそも僕がどうやって戻ったのかがわからない。
そもそも自分の意志では過去に戻ってなどいないのだ。
「自分の意志では…?誰かが勝手に戻していたとしたら…?」
神か人か、はたまたそれ以外の存在か。
何者かはわからないが、僕はそいつに戻された。
そして出会ったのだ。誰かに。
だったらその誰かにこの世界でも会ってみる…?
今回僕がこの人生に戻されたのは僕が過ちを繰り返していたからか?
色々と推測が進む。
「僕は、自分を嫌いになっていた。そして人を怖がっていた。」
それを見た何者かが、僕を戻して試練を与えているとしたら?
「なぜ僕が10年前に戻ったのか」
それは何者かが僕に更生のチャンスをくれたのではないだろうか?
「なぜ今日この時代に戻ってきたのか」
それは僕が過ちを繰り返したからだろう。
「なら、またあの人生に戻るには?」
僕はまだ大丈夫ということを何者かに見せる?
全部自分の妄想、そして推測の域を出ていない。
だが絶対にないとは言い切れない。もしかしたら、またあの人生を過ごせるかもしれない。
僕を戻した奴を満足させるようなことをこの人生でもやれば。
「なら、見せてやるよ」
僕に可能性を感じて戻したんだろ?
「お前が一度戻したんだ。だったらまた戻せるよな?」
また戻る方法が分からない。
「だったら、問題を推理して答えを導き続ければいい」
そんな光の見えない道だが。
「絶対に見つけ出してやる」
あの世界に戻る方法を。
僕は部屋で一人、先の見えない道を進む決意をする。
見えない条件を探し。そして完遂する。
それでまた戻れると信じて。
「そのためには」
声の主を探そう。
絶対に見つけ出すんだ。忘れさせられた声を。
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