19饗宴 ホームパーティーなのである!
魔王軍と教会の戦争を引き金になりそうな、躊躇無く放たれた赤光のブレス。
教会トップである教皇に一直線に向かっていく。
「“種族異端審問”……適用、其の十二」
そう呟いたのは教皇、禁忌聖女であった。
その瞬間──透明な力場が発生して、ドゥルシアのブレスが容易くかき消された。
「ほう……」
我は感心した。
いくら周囲を吹き飛ばさないように手加減していたブレスであれ、確実に殺傷能力はあったはずだ。
それを瞬時に展開した“何か”で、弾くでもなく、消したのだ。
時間を圧縮したような形跡まである。
得体の知れない相手だ。
「ドゥルシア、落ち着くのである。バギエルや、竜殺しの枢機卿に敵意を持つのはわかるが……。まず教皇の話を聞いてからでも遅くないのである」
「で、ですが魔王様! 妾は、この屈辱……教皇の命を持って償わせなければならぬのじゃ……!」
バギエルを消滅させたくらいじゃ足りなかったか~……。
まさに手の付けられない荒ぶる龍神。
「このたびのことは教会一部の暴走、つまり私の監督不行き届きです。申し訳ないと謝罪させてください」
そういって、禁忌聖女と呼ばれる存在は頭を軽く下げてきた。
女性──というには少し背が低い。少女だろうか。
枢機卿と同じように認識阻害の白ローブを頭からかぶっているのだが、かすかに銀色の長い髪が見える。
「ふむ、教皇よ。部下の暴走というのは真なのだな? 魔王である我の前で、悪意ある偽言は許されぬぞ」
「はい、それは神に誓いましょう。
今回の件は、大司教バギエルの素行が怪しいということで、我が“竜殺しの枢機卿”を遣わせたのですが……ある問題が起きてしまったのです」
「ある問題だと?」
今の話からして、大司教バギエルが“教会権限”を使っていたのは個人的な利益のためだったということか。
その独断を教皇が察して、枢機卿を派遣して止めようとした。
そして、そこで何らかの“問題”が起きた、と。
「最強の龍と誉れ高き“竜魔将軍ドゥルシア”の臭いを感じ取り、暴走してしまったようなのです」
「……に、臭いで暴走。そんなことで、ややこしく事態をかき混ぜちゃってたのであるか、枢機卿は……」
部下の暴走。
上がしっかりしていれば防ぎようも──とか言おうと思ったのだが、魔王である我への特大ブーメランとして返ってきそうなのでやめておいた。
魔将軍と対になるとか呼ばれていた枢機卿は、厄介さでも同レベルなのかもしれない。
うーん、でもドゥルシアが納得してくれるかなぁ、これ。
ちらっ。
「最強の龍と誉れ高き……くふふ。
まぁ、たしかに妾くらい強ければ~? 月の魔力に当てられたかのような狂気を呼び寄せても仕方がないのかもなのじゃ~?」
すっごい上機嫌であった。
強いと褒められたのがそんなに嬉しいのであるか、この龍神は……。
実のところ、我が知るだけでも二体は強さが上の龍がいたりするのだが、それは黙っておこう。
「──なので、落ち度はすべて教会側にあります。
教皇として、自ら手を下そうとやってきたのですが、どうやらアナタ方が解決してくれたようですね。感謝致します」
「降りかかる火の粉を払っただけなのである」
「そして王都にやってきたのは、もう一つの目的のためでもあるのです──」
教皇の目線が、ステラに向けられた気がした。
「新たな聖女──ステラを迎えに来ました」
「わ、私ですか……?」
我は、その教皇の視線から、ステラをかばうように立ちふさがった。
「すまぬが教皇よ……。もう二度と我に近しい者を拉致されたくはないのでな。そっちがその気なら、我が本気をもって相手をするのである」
我は拳に力を込めた。
星を破壊するほどのエーテルを充填させ、あとは撃ち放つだけの状態。
これが先ほどの教皇の力場に阻まれた場合は、──我が“神器”の封を解くも吝かでは無い。
「──ッ!」
護衛である十一の枢機卿たちが、こちらの力にざわついた。
その白きローブの隙間から、聖槍や、封魔の太刀、呪詛の短剣などを構えようとしている。
「ええ、そうでした。そうでしたね。私たちは、いつかは敵対すべきと定められた組織。──ですが、今はそのときではありません」
「ほう?」
「迎えに来たというのは、拉致という強引な意味とは異なります。
ステラの意思によって決められ、待遇もバギエルのような劣悪なものではないと約束しましょう。
言い換えれば──そう、無理やり使っている勇者の力を矯正して、本来の聖女としての能力を伸ばすための修練とでも」
なるほどな。
そうやって自分で選ばせたという強引な理由で、正当性を主張しようという手であるか。
だが、教皇とやらは目論見が甘いのである。
教会がこんなことをやってしまった最悪の印象のあとで、ステラが『はい』と、うなづくわけがない。
断るに決まって──。
「わかりました教皇様。少し考えさせてください」
「はい、返事はいつでもいいですよ」
なにぃ!? 断らずに保留だと!!
ステラは何を考え──。
い、いやいや、角が立たないように断るという方法かもしれない。
そのまま返事をせずに自然消滅させれば丸く収まる。
「それと魔王よ。私ごとき矮小な教皇に対して、少し警戒しすぎではないでしょうか? この星ごと滅ぼすという不名誉を得たいのなら別ですが……」
「ぬぅ……」
我は戦闘態勢を解いた。
同時に最大限の警戒をしていた枢機卿たちも武器をおさめ、何事もなかったかのように教皇の護衛に戻った。
「決戦の時がきたら、もっと荘厳に、もっと盛大に魔族への処断が行われるでしょう。ふふ、あしからず」
周りの枢機卿たちとは違い、教皇の少女だけは、魔王の力を見ても一切の動揺をしていない。
それどころかこちらを値踏みしているかのような余裕と、底知れぬ愉悦を転がしているかのような小さな含み笑い。
やはり此奴は油断できぬ。
ローブの下の素顔も、きっとキツネかヘビの妖怪のような、剛胆と策略にまみれた人外の表情をしているのだろう。そうだ、絶対そうに違いないのだ。
むむぅ……何かこしゃくな。
我からも言葉責めしてやろう。
「そういえば、お主自慢の“竜殺しの枢機卿”をへし折ってしまったが問題はないかぁ? フゥーハハハハ! ついうっかり、強度が低すぎたのでポッキリとなぁ!」
「ええ、構いませんよ。正当防衛です。謝罪するのはこちらですね」
くっ、普通に謝られてしまった!
嫌味とかの舌戦は我、超苦手だったのを今思い出した……!
不魔将軍とかなら、クッソ憎らしい言葉で罵って援護射撃してくれそうなのに……。
まさかあの鬼畜眼鏡がいればとか、思う日がこようとは。
「はぁ……」
我は誰にもわからないため息を吐きながら、持ってきていた“渇望の剣”を地面に投げた。
真っ二つになったのでパーツ数が2になっている。
ガチャポンとかに入れるために分割されたオモチャとか思い出す。
「ああ、そうだ。それについてもお話ししたい事がありました」
「ん?」
「そちらの方──ええと、名前は……」
言葉が詰まった教皇の元に、一人の小さな枢機卿が近寄って耳打ちをした。
「ああ、はい。わかりました。ありがとう、“殺人の枢機卿”」
怖っ! 殺人って名前こっわ!
教会関係の名前なのに、本当にどうなってるんだ……。
「その少年──キザイルは、枢機卿として選ばれました。今回は暴走のためにご迷惑をおかけしましたが、ステラと同様、教会に招く準備があります」
「それも強制では無く、本人の意思にまかせるのであるか?」
「はい。いらなければ、剣は回収させて頂きますが」
あんな危険なもの、ノシ付けて返したいのであるが、一応はキザイルに聞いておかなければならぬか。
「二人は磨けば光る原石なので、ぜひ提案を受け入れて欲しいところですね。とくにステラは……私の後を継げるかもしれません」
原石、か。
ステラの才能を磨いてしまえば、それは魔王と敵対するであろう教皇──禁忌聖女となるのだろうか。
そしてキザイルは枢機卿。
二人の未来がどうなるかはわからぬが、我は個々の意思を尊重しよう。
「では、私はこれにて失礼させて頂きます。勇者ジャスティナへの強引な要求は後日すべて破棄させていただくので、そちらもご安心ください──」
向きを変えて立ち去ろうとする教皇と枢機卿たち。
しかし我はふと、まだすべきことがあると思い出した。
「クククク……」
魔王相手に謝罪してタダで帰れると思い、安心しきって、勘違いしている低次元な人間たちに対して、思わず含み笑いをしてしまう。
「お主たちの哀れな虚勢と懇願、しかと聞き届けたぞ。だが、禁忌聖女よ──」
ドスの利いた魔王ボイス。
支配される弱者へ、絶対的強者からの問い掛け。
振り返る教会側は最大限の警戒を強め、緊張の面持ち。
「ねぇねぇ、ちょっと我たちの家でホームパーティーするんだけど来ない?」
「……なにを戯れ言を」
がんばって誘ったけど、そのまま立ち去られちゃった。
ショボーンなのである。
* * * * * * * *
パーンッ! パーンッ! と破裂音が響き渡る。
銃声にも似たそれは、紙吹雪をまき散らしながら開始を告げた。
「オウマ、なんか色々まとめておめでとう~! そして、ありがとう~!」
ジャスティナが手に持つそれはクラッカー。
パーティー用のアレである。
つまりここは、我のホームパーティー会場。
「ジャスティナ、みんな、ありがとうなのである!」
巻き起こる拍手。
綺麗に飾り付けられた室内は、元がステラの家だとは思えないほどに華やかな賑わいを見せていた。
そこには複数の大きなテーブルに盛り付けられた、色とりどりの食べきれない料理。
丁寧な下ごしらえをしてあるトロットロの肉料理や、魔王活魚技術で新鮮ピチピチの魚料理、それとバランスのためにお野菜や果物も忘れない。
人間種族は好き嫌いが少なくて、作る方も楽しいのである。
その料理をおいしそうに食べる客たち。
招待した客は、騎士団や知り合いの面々が数十人は来ている。
人数的にリビングに入りきらないので、外に出しているテーブルで立食しているのもいた。
急ごしらえとしては、なかなかのものではないだろうか。
自画自賛だが、我が事前に用意しておいたホムパ企画書のおかげかもしれない。
「はい、これ。オウマかぶって!」
「ふむ、やはりホームパーティーにはコレであるな」
ジャスティナは“ん~!”とプルプル背伸びをして、手に持った“紙の三角帽子”を頭に載せようとしてきたが、圧倒的な身長差で届かない。
我は和やかにかがんで、戴冠式の図のように三角帽子を載せてもらった。
ジャスティナが一生懸命に手作りしたであろう、厚紙で作った可愛いそれは、王の冠よりも遙かに価値があるものだった。
「これでオウマはあたしのモノだからね!」
「え? あ~。……う、うん」
普通に考えれば幼女の無邪気な言動なのだが、なんかジャスティナの眼が凄まじく怖かった。
深い海の奥底、いや、果て無き銀河の向こうまで引っ張られそうな蒼の双眸。
「こらこら、オウマ殿を困らせるんじゃない。ジャスティナ」
「え~!? えぇ~!?」
笑いながら横合いを入れてきたステラと、それに駄々をこねるようなジャスティナ。
我はなぜかホッとして、再びジャスティナの目を見ると年相応の表情に戻っていた。
「よっ、オウマちゃん! モッテモテだねぇ!」
「キザイル、起きたのであるか」
キザイルを見ると思い出す。
たった数十分前に教会で、あの出来事があったとは未だに信じがたい。
……あれから、すぐに家に戻ってホームパーティーの準備をして、こうして無事に催せるとはな。
ベッドに寝かせていたキザイルも、こうして起きてきたということは身体は無事らしい。
ただ、確認はしておきたい。
「記憶の方はだいじょうぶなのであるか?」
「あ~……。教会に乗り込んで、バギエルを追いつめたところまでは覚えてるんだけど……。そこからは何も。気が付いたら、ベッドの上だったよ」
「そうであるか。まだ身体がつらいのなら、寝ていてもいいのだぞ」
「平気! 平気! ホムパの王者キザイル様は、楽しいことがあれば完全回復しちゃうのさ!」
シリアスな雰囲気が続いてたから忘れていたが、こういう奴だったな。うん。
とりあえず、魔王としての我や、ドゥルシアのことは忘れているらしい。
我とキザイルの戦いでのやり取りも覚えていないのだろうな……。
「あ、それで何かオウマちゃんが助けに来てくれたんでしょ。ありがと。やっぱり僕の憧れで、親友で、ヒーローだよ」
まるで憑き物が落ちたかのように、すっきりとした表情のキザイル。
まぁ……もうしばらくは人間のオウマとして、此奴の親友のおっさんとして生活を続けるのも悪くないだろう。
「それにしてもステラちゃん……」
「どうした? 私に、何か用かキザイル?」
キザイルの興味は、いつの間にか料理をハムスターのよう一生懸命に頬張っているステラの方へ向いたようだ。
「大胆なドレスだね!」
「……ッ」
ステラはゴックンと飲み込んだあと、恐る恐る自らの格好を見て、なぜかこちらをチラッと見た後に赤面してしまった。
聞いた話によると、バギエルがハンドガンや、アサルトライフルをどこかから持ち出して、それにステラは撃たれたらしい。
白いドレスは穴だらけで、素肌がかなり見えてしまっている。
この世界の科学水準を大きく超えたものを、バギエルは誰から受け取ったのかというのも疑問だ。
「こ、これは……ファッション……だ……」
「ファッションなら仕方がないよね。うん、うん。ファッション♪ ファッション♪」
調子に乗って胸をガン見しているキザイルに対して、ステラはチョキを出した。
キザイルの顔面への目つぶし。
「うおぉ!? 危ないよステラちゃん!? それ貫通するから、貫通!」
「ええい、受け止めるな! なんだったら蘇生の加護を受けてこい!」
二人の攻防が始まった。
今日も仲が良さそうである。
「オウマ様~、ホームパーティーって楽しいですにゃ~」
気の抜けた語尾の彼奴がやってきた。
我が部下で、二日間を一緒に駆け回ったパートナーでもある──。
「イフィゲ……イフィーか」
「そう、イフィーですよ。オウマ様」
ついつい、人魔将軍イフィゲニアのイメージなので本名を呼んでしまいそうになる。
この猫娘の今の格好はボーイッシュな灰色チョッキを、白シャツの上に着ている。下は半ズボン。
いや、確か普段は少年の身体になっているから、ボーイッシュというより、♂そのものか。
猫娘じゃないとすれば、猫少年とか、男の猫娘とかよくわからない呼び方なのだろうか……。
「いや~、色々とお疲れ様でしたにゃ~」
「うむ、今回の件はお主にもかなり助けられたぞ。イフィー」
「勿体なき御言葉ですにゃ」
語尾に“にゃ”は、すごく気が抜ける。
相手を油断させるのには確かに効果的かもしれない。
やっぱり我も“にゃ”とか付けちゃうのであるかにゃ!?
ちなみにイフィーという名前は、獣人にその名前が多いので、人魔将軍イフィゲニアとは関係が無いと認識されるのだとか。
例えるなら獣人界の太郎さんや、田中さんだ。
「そういえば、お主に任せた教会の子供たちは……平気なのであるか?」
「平気ではないですが、それなりに大丈夫かもしれませんにゃ」
「ふむ……」
あとから知ったのだが、あの教会にはバギエルにさらわれてきた子供たちがいたらしい。
このたぐいは別の教会に保護……されるケースが多いのだが、本人たちが教会を嫌がったので、イフィゲニアに任せたのだ。
人間社会の裏を渡り歩いていると、こういうことに慣れているとか。
「ま~、すぐできることなんて、風呂に入れてやって、安心させてやるくらいですにゃ。結局は時間が必要ですので」
「そういうものであるか……」
「あ~、あとはパーティー用の小綺麗な服を着せてあげて、オウマ様が作った料理を食べさせて、助けてくれた本人たちに会うことですにゃ」
「なるほど……。ん?」
何か言い方が、その子供たちがパーティーに参加しているかのような。
というところで、無数の視線に気が付く。
いつの間にかイフィゲニアの後ろに隠れている、オドオドした子供たち。
まだ疲れは表情に残っているが、清潔な服を着せられていて、こちらをジッと見ている。
それを察したのか、やりあっていたキザイルとステラも動きを止めた。
「あ、あの……。お兄ちゃん、お姉ちゃん、おじちゃん……。ありがとう……」
「助けてくれて……感謝します……」
「ん……! ん……!」
バギエルに酷い目に遭わされてきたであろう子供たちは、恐怖の対象である年上の我たちに、勇気を振り絞っての礼を告げている。
それぞれがつたなく喋り、それでも言葉が出ない者は、首をぶんぶん上下に振って同意するのが精一杯。
「私は……その、勇者として、人間として当然のことをしたまでだ」
あまりにも純粋な感謝に対して、ステラは目をそらしながら答えていた。
「そうそう、当然のことをしたまでさ!
この正義の騎士キザイルにかかれば、バギエルなんてちょちょいのちょいだ!
女の子は僕に惚れてもいいけど、交際の申し込みはもう少しレディになってからかな!」
ナンパ者な此奴は半分くらい、渇望の剣を持たせても良いバランスかも知れぬな~……。
我はため息を吐きながら、子供たちと同じ目線にするためにしゃがんで、その一人一人の顔をジッと見つめた。
「いっぱい食べて、いっぱい寝て、いっぱい遊んで、いっぱい学ぶのであるぞ」
「……はい!」
我が幼き者に求めるのはそれくらいである。
ん、いや、まてよ。
自分で言っておいてなんだが、この王都にまともな学校はあるのだろうか。
貴族は家庭教師で、あとは教会が片手間にしている授業とかだっけ……。
こうなるとジャスティナの勉強にも影響がでそうなのである。
あとで何か考えておこう。
例えば──“学校建設”とか。
「じゃ、オウマ様。ボクは子供たちと一緒に色々食べてくるにゃ」
「うむ、イフィー。任せたぞ」
「はい、任されまし──」
「猫のお兄ちゃん尻尾~!」
「ぎにゃ~、引っ張っちゃダメにゃ~!」
我に気を遣うのと同時に、子供たちの負担を考えてのことだろう。
戦闘以外で有能すぎな、人魔将軍イフィゲニアであった。
イフィゲニアと子供たちは、我たちから離れていったのだが、入れ替わりで二人の人物が現れた。
「キザイル、キザァ~イル!」
一人は小柄な少女。
キザイルより少し年下だろうか。
真っ白な服を着ていて、長い黒髪をツインテールに結っている、活発そうな表情の娘だ。
「うわっ!? アメリー、いきなり抱きついてくるなよ!?」
「えへへ、だって許嫁だしぃ?」
小柄な少女──アメリー。
例のキザイルの許嫁らしい。
それともう一人の見知らぬ来訪者。
そのアメリーの連れ合いらしき、十代後半くらいの少女。
「ん……。これ、おいしい……。すごい……おいしい、すごい……」
長い銀髪で眠たげな半目。
フリフリの桃色の服を着ている。
手に持った取り皿の料理を、ひたすら少ない語彙を駆使しながら食べている。
「これを作ったオウマ……すごい……」
「そ、そうであるか。それはよかったのである」
ビシッとフォークを突き付けられてしまった。
「あ、ミスティ様。ダメですよ! 人にフォークを向けちゃ!」
「ん……そうなんだ。ごめん、オウマ……」
シュンと落ち込んでしまう銀髪の少女──ミスティ。
だが、料理は食べ続ける。反省のつもりか口に運ぶ量は減っているが。
──と、そこで気が付いた。
何かナチュラルに我の名前を呼ばれている気がする。
「えーっと……ミスティさんとは、我、知り合いであるか? 失礼ながら面識がないような?」
「あ~……」
ミスティは眠たそうな眼のまま、視線を宙に彷徨わせてしまった。
何か我、変な事でも言っちゃったのであるか……。
というか、なにこの子……。
「えと!」
言葉が出ないミスティの代わりに、連れであるアメリーが割り込んできた。
「申し遅れました。オウマ・ブラオカ様!
ワタシはキザイル・マクドゥガルの許嫁のアメリーです!
久しぶりにキザイルに会いたいな~、って思って突然のお邪魔をしちゃいました!」
「あ、うん。ご丁寧にどうもである」
「このミスティは友達で、な~んかお腹が空いてたからって着いて来ちゃったんです! オウマ・ブラオカ様の名前も、ワタシがキザイル経由で知っていたためで……」
「なるほどなのである。
オーケー、我がホームパーティーは誰でもウェルカム! 歓迎するのである!」
「うん……そゆこと。よろしく……オウマ……」
しっかりした元気者のキザイル許嫁と、マイペースなその友達といった感じだろうか。
人間にしては珍しいあざやかな銀髪と、そのミスティという名前から、何となく何かを思い出しそうだが杞憂だろう。うん。
もし、つい誘った“アレ”だったとしたら、性格が違いすぎる。
「ミスティ……“禁忌聖女”と名前が似ていますね。オウマ殿」
そう耳打ちしてくるステラ。
「ははは、ないない。ないのである」
我の目線の先には、ひたすらマイペースに“おいしい……、すごい……”と語彙少なく眠たげな少女が映るだけだった。
「あ~、んっ、ごほんッ。……そ、そういえばオウマ殿──」
「ん? なんであるか、ステラ」
不自然な咳払いのあとの、ステラの言葉。
突然、改まった感じだ。
それもステラだけではなく、そのタイミングを見計らったかのように、キザイルや、騎士団のメンツも視線を向けてきていた。
「えーっと、秘密にしていたのですがプレゼントがあります」
「な、なんだと!?」
これは伝説の“サプライズ”というやつでは……。
我、6000年以上生きてるけど、こんな経験なかなか無いのである……!
「みんなで金を出し合って、これを購入しました。受け取ってください!」
差し出されたステラの手の上には、小さな正方形の木箱が乗せられていた。
我はそれを受け取り、緊張で震える手で開けてみた。
「こ、これは……」
「オリハルコンで作られたアクセサリーです。デザインは私が指定したのですが、気に入ってくださるかどうか……」
箱の中に入っていた金属。
それは希少金属オリハルコンだった。
それもただの塊では無く、繊細な彫金が施され、何かの形を成してネックレスになっていた。
「この形は……」
「な、何かオウマ殿には翼が似合うと思ったので!」
たぶん、我がグゴリオン戦の時に出した炎の翼だろうか。
それに似せた両羽根と、一本の剣を組み合わせたものになっている。
まるで剣から炎の翼が生えているかのよう。
「オリハルコンにこんな細工を施すとは……さぞ高かったであろう」
「それはもう! でも、きちんと騎士団の奴らにも金を出させましたから! みんなで出せば何とか平気でした!」
パーティーに参加している者たちの視線の意味がわかった。
それは、全員からの善意のプレゼントなのだ。
その中には、最初は我を“下民のおっさん”と馬鹿にしていた貴族騎士もいた。
今は不機嫌そうながらも、恥ずかしそうにこちらをチラ見しているが。
「最初は反目していた者たちも、結局はオウマ殿を認め、素直に剣術を習っていましたからね」
「お、お主ら……」
ジャスティナだけではなく、手があいたときは騎士団全員に剣術指南をしてやっていたが、まさかあの貴族騎士たちも認めてくれていたとは……。
決闘沙汰になったりと、それなりに因縁があった仲だったが、こうなると少しだけ涙腺にくるものがある。
「あれ、オウマちゃん? 泣いてるの?」
「おっさんは涙腺が弱いのである! ありがとうなのである!」
* * * * * * * *
──夜も更け、パーティーも終盤にさしかかっていた。
城からお忍びでローランド王と、その護衛で申し訳なさそうな表情のライオネルが来たりもした。
ライオネルはともかく、騎士団全員は王様を見て見ぬ振りをしていた。
一緒に飲み食いとか、無礼講とかではすまされない不敬なので、知らぬ存ぜぬで通すらしい。
そんな中、我は少しだけ夜風に当たりたくなって、一人で外へ出てきていた。
「ふぅ~……」
もう辺りは真っ暗だ。
微かな月の光だけが、夜の世界を照らしている。
他人の存在を認識できない、自分だけの世界。
例えるのなら、我が一時期おちいっていた世界とも言えるだろう。
「おや、オウマ殿も抜け出していましたか」
「ステラか」
いつの間にか、我の横にきていた少女。
出会った頃は勇者だと警戒していたな。
今ではいつの間にか家族のような存在だ。
「オウマ殿……。私は……勇者の名を捨てて、教会に修行に行こうと思います」
「そうであるか」
本当は何となく察していたのかも知れない。
ステラがあのとき断らなかったのは、こういうことだったと。
「純粋に力を求めるキザイルを見て、私もまた思ったのです。まだ可能性があるのなら、それを求めてみたいと」
「ステラがそれを望むのなら、我は止めないのである」
たぶん二人はわかっていた。
勇者と魔王。
それが聖女と魔王になるだけだ。
いつかは敵対してしまうかも知れない儚い関係。
「オウマ殿がいれば、ジャスはきっと立派な勇者になるでしょう。だから私も、できる限りのことをしたいのです」
聖女の力を、無理やりに勇者の力として転用している現状では限界があるのだろう。
「聖女になるまで何年かかろうとも……。私は──ステラは、お慕いするあなたの元に舞い戻るでしょう」
「よかろう、それまでジャスティナは任せるのである」
頬を赤らめたステラは、背伸びをして顔を寄せてきた。
しっとりとした夜の空気に溶けるように、二人の輪郭は重なろうとしていた。
──のだが。
「おっ、いたいた! おっさん! 遅れて悪かったな!」
「ハゲ筋肉人間! もとい、えーっと、名前なんだっけ」
「だっはっは! ハーゲンだっての!」
遅れてきた招待客がやってきた。
なぜかステラは物凄い瞬発力で我から離れ、顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。
「おや? そちらの連れの方は誰であるか?」
暗くてよく見えないが、ハゲ筋肉人間は同伴者がいるらしい。
背やシルエットからして、噂の奥さんというやつだろうか。
「おぉ、妻だ、妻」
「うむ、愛する者を連れ立ってくるとは、歓迎するのである!」
その影が近付いてくる。
徐々に姿が見えてくるのだが、何か見覚えがあるような……。
「先ほどぶりなのじゃ、オウマ様」
「紹介するぜ、俺の妻ドゥルシアだ。って、そういえば古い知り合いだったか!」
女性らしい豊満な身体を薄くつつむノースリーブ黒ドレス、炎のようなウェーブの赤髪、優雅さを携えた高貴な顔の作り。
「ゲェッ、ドゥルシア!? なぜここに!?」
赤と黒の眼色や、角、翼は隠されているが……どう見てもあのドゥルシアです。本当にありがとうございました。
「それはのぉ~、ハーたんの愛妻でぇ~、ステラ宅の“お手伝いさん”でもあるからなのじゃ~」
「えっ、えっ。本当なのハゲ筋肉人間? 本当なのステラ?」
「だから、そう言ってるっての!」
「あ、はい。オウマ殿には言いそびれていましたが、普段からドゥルシア殿にはお世話になっています」
あっるぇ~……?
もしかして、知らなかったの我だけなのであるかぁ~……?
というか“ハーたん”ってなに。
「おっさん、ドゥルシアと古い知り合いってことは、あんた何歳なんだ? こいつぁ、かなりの姉さん女房なんだぜ?」
お、おいハゲ筋肉人間……。
ドゥルシアに向かって歳のことを言うとか、死にたいのであるか……。
ああああ、とにかくマズイ!
怒り狂ったドゥルシアは手が付けられない、パーティー会場が危ないブレスで吹き飛──。
「あらあら、ハーたんったらぁ~。いくら妾の方が、すこし年上だからってひどいのじゃ~。んもぅ~」
ドゥルシアは甘々でプリプリの、ブレスよりハート飛び出る雰囲気である。
「……誰だコレ」
我は溜め息を吐きながら気分転換に、夜空を見上げた。
真っ黒い天幕に覆われたような、月だけが明るい世界。
「今日は月が綺麗ですね、オウマ殿」
「うむ……、って、あれ?」
我は目をゴシゴシこする。
何か錯覚が見えている気がしたのだ。
「うーむ……?」
まだ錯覚が見えている。
いや、ありえない。ありえないから。
でも……。
まさか聖剣を破壊するときに降り立った“ゴツゴツした星”というのは……。
「オウマ殿、何か月が割れていませんか?」
「き、きききききききききき気のせいである」
若干、身に覚えがあるのだが、気のせいである……!
月がパッカーンってなっちゃってるけど、気のせいなのであるッ!
後日──『月を破壊できるのは魔王しかいない』と噂になったのだった。
フゥーハハハハ! ごめんなさい!
いつも感想、評価、ブクマありがとうございます! 非常に励みになります!
次はちょっとエッチだったり、コメディだったりする幕間をいくつか投下後、次章予定となります。
変更が無ければ、次章は作品内時間で4年後です。
たぶん内容はまたコメディ寄りに戻ります。




