17饗宴 大陸焼灼、竜魔将軍ドゥルシア
「踏み込みが甘いぞ、ドゥルシア」
「──魔王ブラック・オブ・カオス。相変わらず滅茶苦茶な御方だこと……」
我は破壊のブレスを拳で殴り払ったあと、着ているタキシードを息苦しく感じたのでネクタイをグイッと緩めた。
やれやれといった表情のドゥルシアと、我の背中側にいる『ブレスに踏み込みって』というツッコミを入れたそうなステラ。
とりあえず、気絶してしまっているキザイルを抱き上げ、ステラに託すことにした。
「二人して無茶をしおって。……あとは我に任せるがよい」
「……はい!」
ステラはこういう時、素直で助かる。
……んん、何か引っかかるところもあるのだが、えーっと、なんだったっけ。
まぁいいか。
「き、貴様! オウマ・ブラオカ! なぜェ生きているのですか!?」
すっかり忘れていたバギエル。
柱の陰に半身を隠しながら、こちらを小物らしくプルプル指差してきている。
「なぜって?」
「お、お前は死体になっていて……」
「あー……。きっと死体の~……そら似である。うん」
──ということにしておこう。
ここで人魔将軍イフィゲニアの“魔影”の能力や、我たちの工作活動について説明してやる義理はない。
──そう、アレは二日前、我が皆と別れたあとのことだ。
我はすぐ、イフィゲニアと共に各都市をまわった。
バギエルと関わりのある貴族をリストアップして、その繋がりを断つためだ。
精神に影響されやすい我ひとりでは、あの“教会特攻の失敗”と同じ事になっていただろう。
だが今回……一緒に行動するイフィゲニアは、その手のプロである。
どこから入手したのかわからぬが、すでにバギエルと関わりのある貴族たちを洗い出していたのだ。
主要人物ですら数十、末端を含めれば数千人以上の繋がりが──蜘蛛の巣のように拡がっていた。
イフィゲニアは『サクッと暗殺っちゃいますか?』とか可愛い顔で提案してきたのだが、我はノーを突き付けた。尻尾フリフリしてもダメ。
そのような血塗られた行動でジャスティナの未来を汚したくはない。
イフィゲニアは渋々といった感じだったが、第二の案として、汚くとも血で汚れない方法というのを進言してきた。
金銭、男女関係、交友関係、過去、子供──。そういう相手の弱みを握って寝返らせたり、破滅させたりというエグい作戦。
期限の二日ではこれがギリギリ妥協案。
我は受け入れた。
それから不眠不休で動いた。
街中では魔影による高速移動、街の外では我による猛ダッシュ。
貴族たちをありとあらゆる手段で追いつめ、操り、ドミノ倒しのように懐柔していった。
正直、我はちょっと協力しただけで、あとはイフィゲニアの手腕と獣人ネットワークによるものである。
人間社会で人魔将軍を敵に回すというのは、ここまで恐ろしいものだったとは……。
そして残り時間わずかというところで、イフィゲニアとは別行動を取って、我は王都で最後の“公爵貴族”を説得した。
ホッとしながらタキシードを着込んで、パーティー会場である家に向かったのだが、そこでステラとキザイルが教会に殴り込みをかけたと知ったのだ。
我は敵に竜魔将軍が“特殊な事情”でついていると知っていたので大慌て。
闇夜にまぎれて一跳躍で、教会の天井をぶち抜いて現地に到着した次第である!
ちなみにバギエルが言っていた“我の死体”は、イフィゲニアの魔影で作った擬装死体だ。
相手を油断させるためのトラップ。
革鎧はホンモノを着せていたのだが、ちょっともったいない……と思うも、『虚偽にはホンモノを織り交ぜておいた方がいいですよ~』と言われてしまったので泣く泣くだ。我のお気に入り革鎧……。
さてと──相手は竜魔将軍ドゥルシア。
久々に魔王としての戦いをすることになるか──。
「い、いや!? そういえば今ァ、オウマ・ブラオカのことを“魔王”と呼んでいましたかァ!? ドゥルシア!?」
響くバギエルの声。
そう、我は魔王である──って……。ずっとあった違和感はこれだ……。
まずい、非常にまずい。
今、この場にはバギエルだけではなく、ステラも意識ばっちりでいる。
最初にあった“違和感”とは、我が言い訳できないレベルでドゥルシアの攻撃を防いじゃったということだ。
なぜ、それを見ていたステラは疑問に思わない……? 呆気にとられすぎていたのか?
またいつものように、何か言い訳をしなければ──。
いや、さすがにもう今回ばかりは無理であるか……。
「ステラ、落ち着いて聞くのである」
我はステラに近付き、真っ直ぐにその青い瞳を見つめる。
「この“オウマ・ブラオカ”とは偽りの名。
我と一緒にいては、ステラやジャスティナの身に危険がおよぶ。
だから、これが終わったら我とは──決別の時だ」
ステラも真っ直ぐに見つめ返してきてくれている。
きっと状況が把握できずに呆然としていて、まるでステラが平常心を保っているかのように、我の目には映っているだけなのだろう。
だが、言わなければならない。
それで“人間の我”を慕ってくれていたステラに、どのような残酷な答えを明かすことになっても。
彼女が忌み嫌っていた魔族の王であるということを……。
勇者と魔王、決して相容れない存在であると。
「ステラ、我の正体は──」
「知っていました、オウマ殿。いえ、魔王──ブラック・オブ・カオス」
「──そう、我はまおっ」
我の発言にかぶせられたカウンター。
驚かせる側かと思ったら、逆に驚きのあまり噛んでしまった。
「私──勇者ステラは、貴方の正体を知っていて、この数日間ずっと一緒にいたのです」
「い、今なんと……?」
我が魔王だと知られるタイミングなんてあるはずが──。
「グゴリオンが攻めてきたとき、私は倒れてはいましたが……意識はあったのです」
魔王だと知られるタイミングあった、あっちゃったよ……。
我がグゴリオン相手に“上級第一位魔法”を使ったのはまだギリギリ魔法使いとかで言い訳できたかもしれない。
だけど、グゴリオンを殴り飛ばしたあとに安心しきっちゃって──、
『……ハゲ筋肉人間。
この魔王の中で、お主は気高き戦士として記憶しておいた。
せめて安らかに眠るが良い……』
とか自分で言っちゃってたね~……。
ステラとジャスティナは気絶していたと思ってたけど、ステラだけ起きてたとか……。
「な、なぜだ? ステラ、お前は魔物を──魔王を嫌っていたはずだ。
なぜ我を慕い、今まで一緒にいたのだ?」
「嫌いです……魔王はとても嫌いです……」
ステラは珍しく──泣いていた。
そして無様に叫んだ。
「ですが、オウマ殿の事はとても! とても! とても──!
好き、なんだから……。好きなんだから、仕方が無いじゃありませんか……」
その言葉に力を使い果たしたかのように、くたっと崩れ落ちてしまうステラ。
激情と儚さを兼ね備えた、愛の言霊。
我は、それに遙か遠く、懐かしき面影を見た。
既に亡くなってしまった、唯一愛した存在と同じ何かを感じた。
自然と魔王らしくない笑みがこぼれてしまう。
「そうか……。では、深淵の暗黒王が命じる。
勇者よ──」
「はい、なんなりと」
「……もう無茶なことはしてくれるな。我を好いていてくれる者が居なくなるのは辛いのだ、ステラ」
「──ッ!」
返事のように飛びついてきた華奢な少女を、優しく抱き留め、その小麦畑のようにあざやかな金髪を撫でてやった。
ドレスは見るも無惨に破れていて、身体中がアザだらけ。
だが、彼女は美しい。
倒れて気絶しているキザイルも美しい。
我は──人間の認識を何度変えさせられるのだろう。
「男女の愛、というものなのじゃな。妾にですらわかるのじゃ」
こちらを無言で見ていたはずの竜魔将軍ドゥルシアは、うらやましそうに微笑んでいた。
「い、いや、我たち、そういうのじゃないからね……。家族愛的なモノだからね!?」
「よい、よい。どちらも尊きことではありませぬか。それに免じて、魔王様が存在している限りは、その家族想いのステラには手出ししないことを約束するのじゃ」
ドゥルシアの性格からして、この約束は守られるはずだ。
我としては“時間稼ぎ”がしやすいので助かる。
だが、その言葉を聞いたバギエルはそうでもなかったらしい。
「ま、待て竜魔将軍! その子供たちを人質として使えば簡単に──」
「この痴れ者めッ! 大司教バギエル……いくら命より大切なものを貴様に握られていようと、この妾の矜持まで支配できるとは思わぬ事だ!」
「ヒィッ!?」
お前程度、一瞬で殺せるという強大すぎる龍神の敵意。
バギエルは心臓をえぐられる錯覚に陥り、思わず悲鳴をあげてガタガタと震え上がってしまう。
実際に殺さなかったのは、ドゥルシアが弱みを握られているので我慢したためだろう。
つまり、それさえどうにかできれば──。
「ようは目の前にいる魔王様を、この龍神が討滅すればよいだけのこと」
「そ、それェならいい……。す、すべてはみどもの気分次第ということを忘れるなよォ……」
カサカサと虫のように柱の陰に隠れるバギエル。
まぁ、我々から見れば、まだ虫の方が高尚だろう。
「では、久しぶりに妾の本気を出すとしようかのぅ、魔王よ。──と言いたいところなのじゃが……」
「我らクラスが戦うと王都どころか、星が滅んじゃうのであるな~……」
微妙な空気が漂う2人の間。
人間にはわからない感覚だろうが、強すぎるというのも困りもの。
一応、解決策はある……あるのだが……癪なのだ。
「はぁ……仕方ないのじゃ。機械仕掛けの神にでも頼むとするかのう……」
溜め息を吐くドゥルシア。
龍神という立場から、他の神々に頼るというのは気が乗らないのだ。
たとえそれが、自由意思無きシステムのような存在としても。
その神は、別名──世界樹と呼ばれている。
うちの魔将軍にも一体、関係者がいる。
「我は龍神ドゥルシア! 世界樹に呼びかける──」
世界樹というのは神の中でも特殊な一柱で、すべての異世界に見えない根を張る存在だ。
そこに個としての意思はなく中立。見えないが常に居る古き存在。
星や宇宙を滅ぼすレベルの戦いのとき、世界の防衛機構として決闘の場を用意してくれたりする。
「魔王との決闘のため、“疑似空間”の展開を要求する!」
「魔王ブラック・オブ・カオス、これに同意するのである」
本当に中立なため、我も意思表示しなければならない。
まぁ、これがなかったら封印魔法みたいに使えちゃうからね。
【了解、疑似空間展開】
言葉ではなく、言語を超えた機械的な意思が一方的に送り込まれてくる。
短い意思疎通ならこれでも平気だが、複雑な意思疎通をしようとすると意味がわからなくなるコミュ障神だ。
そしてまばたき一つする瞬間、世界の雰囲気が変わった。
「疑似空間にくるのも久しぶりであるな」
「うむ、でもここなら、いくら壊しても平気なのじゃ」
視界に映る大聖堂などの“物”は何も変わっていない。
だが、“者”──つまり生物は消え去っていた。
ステラも、キザイルも、バギエルも──果ては王都中から、世界にいたる魂ある存在すべてが存在しない──疑似の世界。
詳しい輩は世界魔法とか、エインヘリヤル・シミュレーターとか言っていたな。
とにかく、ここは宇宙すべてをコピーしたニセモノの世界。
一瞬にしてそこへ次元転移させられたのだ。
この疑似空間にいるのは我と、ドゥルシアの2人だけ。
いくら壊しても、現実の世界には影響がない。
ただ戦うだけで準備が大変すぎね? と思う者もいるかもしれないが、我々にはしょうがないことなのだ。
「では──ゆくぞ魔王!」
「応ッ!」
ドゥルシアが、ただのパンチを繰り出してきた。
我もただのパンチをぶつける。
ただ、それだけだった。
ただ──王都が滅びた。
いつものように周囲の影響を打ち消しながらの戦いでは無く、周囲に気を遣わない初撃。
核爆発以上のエネルギーが放出され、衝撃波が大地をめくり、上に乗っていたちっぽけな大聖堂、地区、王都が、投げ出されたおもちゃ箱のように星の上に飛び散った。
ワンパンで王都消滅、現実だったらとっても大変なのである。
「次なのじゃッ!!」
ドゥルシアが大ぶりな蹴りを放つ。
我はそれを避けたため、遙か彼方の背後にある海が衝撃波で吹き飛んだ。
海が窪地になり、一部は宇宙まで四散してキラキラと光っている。
そのあとにザァッと遠くで大雨になっていることだろう。
「まだまだッ!」
そのクラスの災害が、我々の通常攻撃なのだ。
グゴリオンやイフィゲニアも魔将軍なのだが、戦闘特化のドゥルシアとは天と地の差がある。
普段はこの飛び散ってしまうエネルギーを打ち消したりしてるのだが、手を抜けない相手同士となると、うっかりで星を滅ぼしてしまう。
そのための“疑似空間”なのだ。
ちなみに不安定な我と違って、恐ろしいことにドゥルシアは安定してこの力を発揮できる。
そのため魔将軍の中でも最大級の戦闘能力といえる。
「ええい、なぜ反撃してこぬのじゃ!?」
受け身ばかりの我に対して、ドゥルシアが苛立つように叫ぶ。
「もしかして、妾のことをあわれんでいるというのか……!?」
「かもしれぬな」
バギエルに弱みを握られている元部下。
我としては、そのような相手に本気を出す事ができない。
ドゥルシアの攻撃にはギリギリ耐えているが、このままでは危ういだろう。
龍神には超強力なブレスと、あの“神器”がある。
「だが──妾はそれすらも利用させてもらう! たとえそれが汚くとも、惨めな妾に対して本気を出せない魔王様を葬るまで!」
「よほど大切なモノをバギエルに握られているらしいな」
「妾の命程度だったのなら、潔く自決でもしようぞ……。だが、ツガイとなった妾には、命より大切なモノが、愛が宿ってしまったのじゃ!」
問答の最中にも、星の表面が砂場遊びのように削られていく。
落ち葉のように森一帯が飛び散り、小石のように山脈が転がる。
巨大なクレーターは地層を岩盤ごとぶち抜く。
このペースだと数分後に大陸が傾いても驚かない。
「我が協力しても何とかならぬのか?」
「ならぬ! ならぬのじゃ! たとえバギエルを殺そうと、我の夫が人間の場で生活できなくなるように、複雑に仕掛けを張り巡らせておる……!」
「そうか。いや、だが……まさか本当に、あの竜魔将軍ドゥルシアが人間の街で生活していたとは。我の秘書時代からは考えられぬな……」
「愛を知ってしまったからこそ、オンナとしての強さを得て。
母としての慈愛をこれから学ぼうとしていたというのに……。
まさかそれが弱点になるとは……人生とは面白き、悲しき因果なのじゃ……」
ドゥルシアはふと立ち止まり──。
「今の愛を知る魔王様なら、理解もしてくれよう……」
大量の龍気を体内に圧縮し始めた。
一般的な魔術師を、全人口分あわせてもこれに敵うかどうか。
「せめて夫と、この腹に宿る娘には人間としての生活をして欲しいのじゃ……」
「……子を身ごもっているのであるか」
少しだけ悲しそうなドゥルシアの声。
我の精神が揺さぶられ、うまく本来の力が出せない。
その直後、ドゥルシアの口から赤い光線が発射された。
「ぬぅ!?」
今までの手加減していた破壊のブレスではなく、龍神本来の力。
決して、地上では使ってはいけない危険な吐息。
我の立つ荒れ地が、深く深くえぐられて古代地層が剥き出しになっていく。
それも超広範囲──大陸の半分程度が被害にあった。
その中心地で腕をクロスさせて、自己の消滅を防ぐ。
「さすが魔王様……では、妾も本気を出さねばなりませぬ」
大陸の半分を覆った赤が消え去っても、我はまだ立っていた。
あまりの熱でドロドロの溶岩になっていたり、ガラス化していたりする死の世界。
既に人類生存可能領域ではないのだが、我は真空の宇宙でも生きられるので平気なのである。
だが、相殺しきれなかった熱のせいで、タキシードの表面がチリチリしてしまっている。
「優しすぎる深淵の暗黒王よ──」
無傷の我を見て、彼女は本気を出す気らしい。
一瞬にして、本来のバスタードラゴンの姿に戻ったドゥルシア。
それは途方も無く巨大。
大地と空の柱、そう例えてもいいくらいだ。
海を一飲みしそうな口、赤を中心に真っ黒の眼、天を突きそびえ立つ角、羽ばたきで台風を引き起こす翼。
深紅の鱗で武装された歩く破壊、それが龍神ドゥルシアだ。
「さぁ、破壊の吐息を褥に逝くがよいぞ!
星よ、アララギの赤光と成れ! 神器──ッ!!」
天空の積乱雲が落ちるが如く、龍の外装──鎧が召喚された。
それは身を包むというより、背負うという表現が適切だろう。
広げた翼の後ろに、レッドメタルの月輪のような神器。
円の周りを赤い稲妻がスパークし、輝き始め、全てを赦す後光のように朱を発散させる。
だが、龍神が赦すというのは──破壊の消滅によってだ。
ただでさえ強力無比だったブレスの龍気が、倍加に倍加を重ね続ける。
「“神龍火砲”──ッ!!」
放たれれば間違いなく大陸レベルでは無く、星自体を覆い尽くして供養塔としてしまう赤光となるだろう。
そして──本来の力を発揮できていない我は消滅間違いなしだ。
『──ちょーっと待ったターイム! ドゥルシア、あなたの夫のお仕事はこれからもダイジョーブですよ?』
「えっ?」
ドゥルシアの口から放たれようとしていた“神龍火砲”は、その間の抜けた声と共にたち消えた。
それを止めたのは──。
『いやぁ、間に合いましたね。本当にこれだから魔将軍脳筋組のドゥルシアは~……』
いつもマイペースな、つかみ所の無い人魔将軍イフィゲニアからの念話だった。
魔将軍用の念話なので、我にも聞こえている。
外部から聞こえてきているということは、世界樹が通信を許可したのだろう。
「ど、どういうことだイフィゲニア!? 妾の夫の仕事──冒険者家業が潰されてしまうとバギエルに脅されていたのを、どうしたというのじゃ!?」
『あ~、はいはい。戦闘でいいとこ無しのイフィー君は、マジメに話しますよ~。つまりバギエル──というか、そのバックの貴族たちをすべて掌握しました』
「な、なんじゃと!?」
「ふぅ、間に合ったのであるか……。物凄くひやひやしたのである」
我が勝てない戦いをしていたのは、あくまで時間稼ぎ。
不安定な精神に左右される我と違って、ドゥルシアは安定してこの強さなのだ。
さすがに本気を出せない状況で、無策に突っ込むのは自殺行為である。
『ボクと魔王様で、ギリギリまで貴族たちを合法的に懐柔したり、潰していったりしたのさ。ドゥルシアの夫さんのお仕事も、これでどうにかされることもなくなったよ』
「ほ、本当か……!?」
『ボクはともかく、魔王様はウソをつかないでしょ。つまりそういうこと。
それにしても愛する者のためって、命を握られてるとか思ったら、お仕事を守る程度でどんだけ人間に従っちゃってるの、この元竜魔将軍はさ~……』
「そ、そんなことを言ってもだな……。夫が好きな仕事で充実している姿を見ているとだな……。妻としては何とかしてやりたいとか……その……じゃな……」
いつの間にか人間女性の姿に戻ったドゥルシアは、しどろもどろで弁解モードに入っていた。
さっきまでは魔王である我を消滅させようとしていたというのに……。
だが、こういう可愛いところがあるから、我も本気を出せなかったのだ。
ただの敵だったのなら本気で反撃できて──いとも容易く打ち勝っていただろう。
「ふぅ、勝負は引き分けということでいいのであるな?」
「いいえ、魔王様。妾の完敗に御座います」
世界樹が勝負あったと判断したのか、周囲の風景が元に戻った。
疑似空間──我々が破壊し尽くした死の世界から、本当の世界である大聖堂に。
我々が突然消えて、また突然出てきたのを理解できないステラと、バギエルがポカンとしていた。
「ど、どうしたというのだ……竜魔将軍ドゥルシア。まだオウマ・ブラオカが生きているぞ……? このバギエルとの約束を違えれば、お前の夫の──」
無表情のドゥルシアは、バギエルを一瞥した。
そして口をカパッと開き──。
「ま、まて!? やめろ!? そ、それにみどもを殺しても蘇生の加護でムダ──」
「あ~あ、ドゥルシアを怒らせるとやばいのである」
「ウビャッ!?」
ドゥルシアは赤いブレスを発射して、バギエルを一瞬にして蒸発させた。
転送の光が向かう先を視線で追って、大聖堂の奥にもう一発。
『ぢぐじょー!! グゴリオンにも情報を流して、結果的にみどもが王都の王になるはずだったのにィィィイ!!』
バギエルの断末魔が大聖堂の奥から聞こえてきた。
「エグいのである……」
えーっと、蘇生の加護がかかっているバギエルを一度殺して、復活したところを再度殺したのだろう。
色々とルール違反であるが、正当な手段を行わぬ者は、正当な手段で対応されないというものだ。
お~、こわ……。
先ほどの断末魔から、グゴリオンに人間側の情報を流していたのはバギエルというのはわかった。
だが、グゴリオンがバギエルのことを『あの方』と呼ぶのだろうか?
それぞれに渡されていたアイテムから見ても、何かまだ別の存在がいそうだ。
「ご迷惑をかけました。ええと、まお……ではなく、オウマ様」
やりきったという表情を見せて、我の前にひざまづくドゥルシア。
「あれ? オウマって名前知ってたっけ? あ、さっきステラが呼んでたか……」
「い、いえ……実は、すこし夫から聞いていたりしていて……」
「んん……?」
夫から我のことを聞いていたということは、我の知り合いがドゥルシアの夫なのだろうか?
龍神をめとれるような常識外れの人間なんていたっけ……。
「まぁ、これでパーティーに余裕を持って間に合いそうなのである。ドゥルシア、よかったらお主も──」
一件落着。
そのはずだったのだが──。
「なっ!?」
その赤い目線が高く舞って、グルンと回転していた。
ドゥルシアの首が跳ね飛ばされていたのだ。
一瞬、ほんの一瞬──。刹那の一太刀だった。
「一回目に学んで、二回目に学んで、三回目にしてやっと龍を斬れた」
ゴトリと、力なく横たわるドゥルシアの身体。
その傍らには、赤黒い剣を持った少年が立っていた。
「なにをしている──キザイル!?」
「そう、僕はキザイル……竜殺しの枢機卿キザイルだ」
力を渇望する狂気に染まった瞳。
頬に飛び散った血をぬぐいながら、微かに笑っていた。




