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SABAKI 第一部 勃焉  作者: 吉幸 晶
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裁きの時


     裁きの時



「さて多治見君、その『葬』の携帯の使い方を教えておこう。まず開いてコードネーム【SABAKI】と言う。」

 多治見は言われた通りにすると電源が入った。

「続いて画面中央のマスに目を近付ける」

 近付けた瞬間、画面に数個のアイコンが起動した。

「声紋と網膜認証で初めて使用可能になる。押しボタンには指紋認証があるので、君以外の者が触れば、発火し中のデータは燃えて無くなる。アドレスは既に入っている。入力されている連絡先以外へは、通話もメールも出来ない。電波も特殊な周波数を使用しているので傍受はされない。警察手帳と同じ、大事に扱ってくれたまえ。」

「私の事は、どの様に仲間へ知らせるのでしょうか?」

「それが立ち上がった時点で、皆へメールが送られている。」

「全員にですか?」

「いいや。『上様』と『五奉行』、そして『目明し組組頭』と『先手組組頭』、後は『仕置き組』の全員。と言っても、今は四名だがね。」

「それで、私は何をすれば宜しいのでしょうか?」

「今は奥さんとお嬢さんの所へ行き、付いていればいい。葬儀後、君には【SABAKI】として皆を統率して貰う。その時期が来れば、君の携帯が鳴る。宜しく頼むよ。」

「承知いたしました。では、自分はこれで失礼をいたします。」

 多治見は敬礼をして、警視総監の前から辞去した。部屋を出ると、ここへ案内してきた男が、ドアを背に立哨していた。その男の案内で、来た時とは違うエレベータに乗り一階へ出た。

「あまり人目に付きたくは無いので、ここで失礼をいたします。」

 そう言うと男は、出口とは逆の方へ歩き出した。多治見は入口の案内係の者に声を掛けられ、警察手帳を見せ、総務に呼ばれて来ていたと告げると、申し送り事項に記述が有り、退庁時間を記入した。

 その際、家族の惨事に対し丁寧な挨拶を受けた。


「今からだと昼には美佐江と奈美に会えるかな」

 外へ出て木枯らしに吹かれた時、多治見は現実に戻った。妻と娘を思い出し涙が堰を切って零れ出た。

「笑顔で迎えてくれると、良いな……。」

 木枯らしは、街路樹に残った葉も巻き込み、空高くへと渦を巻いて登って行った。


「新しい【SABAKI】が決まったみたいですよ。」

 刑場に集合している【JITTE】が携帯のメールを見て言った。

「くだらない。【SABAKI】は、もういない。」

 ストレートの黒髪が腰まで伸びている。白い肌に華奢な体つきの美女が、吐き捨てる様に言った。

「【ZANN】。もう前の事は忘れて、楽になった方が良いわよ。」

「貴方たちサポートには関係ない事。見知らぬ組頭など、不要なのよ。」

「おいおい。『仕置き組』だけで仕置きをしていると思わないで欲しいね。」

「そう言っている訳じゃない。他の組の事に口を挟まないでと言っているだけ」

「【ZANN】よ。【TEGATA】は君の事を思ってだな――。」

「それが余計なのよ。仕置きの邪魔になる感情は不要だわ。」

「仕置き前に仲間割れは縁起悪いから、この話しは今後一切しない。それで良いかしら?」

「勿論よ」

「僕は二人次第ですよ。」

「でも【NAGARE】の仕置きも斬新ね。こんな人通りの多い所を、刑場に選ぶなんて、先手泣かせよ。」

 三人は井の頭線の、渋谷駅の渡り通路にいた。多くの人が行き来するのを眼下に眺めながら【TEGATA】が呟く。

「それでも無事に逃がすんだから、(あね)さんの仕事に痺れちゃうんですよ。」

 ゲーム機を(いじ)りながら、他人を装い【JITTE】が言う。

「姉さんは辞めてくれる。」

「失礼いたしました。」

 その時三人の携帯へ一斉にメールが送信されてきた。

「【NAGARE】からね。」三人は個々に、時間を(ずら)して確認した。


 予定通りに十一時半に、菅谷がプラカードを持って、渋谷駅前のスクランブル交差点を、ハチ公側からセンター街側へ渡る。最終目標は渋谷公会堂。『裁きの時』は【ZANN】に一任。私は渋谷中央署の刑事課に詰めているので、【JITTE】と【TEGATA】に【ZANN】のフォローを頼みます。


「人通りが多い上に、プラカード持って歩かせるなんて無謀だわ。」

「姉さんの気持ち、お察し致します。」

「適当にぶらついて、様子見ながら裁くから。『獲物』だけは回収して。」


【ZANN】はそう言うと、髪の毛をポニーテールに結わき、ハチ公へ向かって歩き出した。

「了解」と【TEGATA】が【ZANN】の背中へ答える。

 三分ほど遅れて【JITTE】も、部下へ指示をメールしてから、近くのエスカレータに乗り、階下へ降りて行った。【TEGATA】はその場から、五件程電話をして指示を出し、その位置から菅谷が来るのを待った。



「こっちに来い」

 トイレで警察官二人を倒し、菅谷を拉致した三人は、菅谷の腕を掴み廊下を駆けた。突き当たりに有る自販機を開けると、缶を入れるスペースに、僅かな隙間が作ってある。そこへ菅谷を押し込み、「暫くは何が有っても絶対に口を利くな。守れない時は殺す。」そう告げ自販機の扉を閉めた。

 自販機の入替作業を真似て、菅谷を渋谷中央署から連れ出した。明治通りから並木橋交差点の手前を右に折れて、川を渡り路地へ入り、小さなビルに横付けしてトラックは停まった。

 その後、手際よく自販機を降ろし、ビルの中へ運ぶと菅谷を自販機から出し「これに着替えろ」と黒いビニールの袋を渡した。

「着替えろって?」

「口を利くなと言ったはずだ。二度目は無い。」

 強い威圧を剥き出しに、男は無表情で菅谷へ言った。恐怖から菅谷は素直に従い、袋から中身を出し着替え始めた。暫くすると、今までとは違う男が一人、部屋へ入ってきた。

「都内各所に検問が敷かれている。貴様を逃がす為には、警察を出し抜く必要がある。本日十二時から渋谷公会堂で、ドイツから来ている楽団の演奏会がある。それに紛れてドイツへ渡る手はずを付けた。」

「ドイツ?」

「口を利くなと言われていないか?我々は常に独り言を言っているのだよ。意味が判らないのであればここで始末する。もう一度だけチャンスをやる。少ない脳ミソをフル活用して考え、返事をしろ。」

 菅谷は声を出さずに頷いた。

「十一時半になったら、渋谷駅前でお前を解放する。スクランブル交差点から、センター街を抜け、渋谷公会堂の搬入口へ十一時五十分までに行け。」男は菅谷を険しい目で睨んだ。菅谷は慌てて頷く。

「道順を言う。頭に叩き込め。センター街を突当りまで行き、右に曲がる。井の頭通りの、一つ目の交差点を渡り右へ、勤労福祉会館交差点を左に行け。お前なら渋谷の地の利で、一度で判ったと思うが?」菅谷は首を縦に数回振った。

「搬入口にいる男へ、『MKNU』と告げろ、後は向こうの指示に従え。良いか『MKNU』だぞ。それと歩く時はサンドイッチマンらしく、フラフラと、ジグザグに歩け。決して早足や真っ直ぐ歩かないことだ。分かったか?」

 菅谷は無言で三度頷いた。

「それとこれはお前の持ち物で間違いは無いな?」

 男が携帯とバッグ、財布を菅谷の足元へ出した。

 それを見て菅谷は頷くと、男は財布から金を抜いた。

「これっぽっちか」千円札が三枚と小銭があるだけであった。

「これじゃ取ってもしょうがない。返してやる。」男は菅谷の、着替えのズボンのポケットへ押し込んだ。そして携帯を踏み潰し、バッグは中身を全て出し、「これはゴミだな。後で処理する」と言いながら、丸めてバッグへ戻した。

「では時間が来るまで、そこでゆっくり休め」

 男は部屋から出て行った。一人残った菅谷は、渡された服に着替え、床に腰を降ろし時間が来るのを待った。

(渋谷公会堂へ行くなら、もっと近道があるじゃないか。センター街に入っちまえば、こっちのもんだ。好きにさせてもらうぜ)

 菅谷は悪びれた様相を微塵も出さずに、怯えた振りをして、とにかく生きて逃げる事だけに専念した。

 徹夜と静けさで、うとうととした時だった。ドアが突然開き「時間だ。出るぞ」と無口な男が告げた。寝入りばなにいた菅谷は、驚き飛び上がり、「うわ」と声を上げたが、急いで口に手を当てた。

 男は薄笑いを浮かべ「早く出ろ」とだけ言い、菅谷を先に歩かせ後に続いた。

 外に有った車は、白いワンボックスの軽自動車で、説明役の男が運転席に乗っていた。菅谷は開いている後ろのスライドドアから押し込められた。スライドドアが閉まると、運転席の男が「そこのパネルを持ち言われた通りに歩いて、渋谷公会堂へ行け。合言葉は『MKNU』だぞ。わすれるな。道順も間違えるな。」

 言い終わるとエンジンを掛け車はゆっくりと走り出した。


 軽自動車を見送り無口な男が呟いた。

「『MKNU』真っ赤な嘘か【NAGARE】も子供染みた事をするものだ。」

 既に軽自動車の姿は見えない。男は乗ってきたトラックの運転席に乗り込むとエンジンを掛け、明治通りに出て南下した。



(そろそろ時間だ。皆、頼むよ)

 【NAGARE】は逃走した菅谷の事を、渋谷中央署の刑事達と話している最中であった。それとなく時計を見て心の中で祈った。


 軽自動車を運転しながら、男が後部席にいる菅谷へ聞いた。

刑事(でか)の家族を殺した、本当の理由は何だ?」

「カツアゲを邪魔されたのと、電車賃とバス代を寄越したからだよ」

「ほう。それだけで、殺せるもんかね?」

「俺にとっては、十分な理由だ。」

「わかった。もう口を利くな。」

 軽自動車はJRのガードを潜ると、Uターンをするように、スクランブル交差点を左に折れて、先の信号の前で菅谷を降ろした。

「生きてドイツへ着けるように、言われた通りにやれよ。」

 菅谷は無言で、スライドドアを力任せに閉めて、ハチ公へ向かって歩きだした。


 マンガ喫茶の看板を持った菅谷と思しき男が、時間通りにハチ公前に現れたのを【TEGATA】が目視で確認した。部下へ『裁きの時』と一斉送信をした後、移動を開始した。

 目標の男は、山高帽子と黒縁の丸い眼鏡に付け鼻をして、黒い短めな上着にダブダブなズボンを履いていた。凝視しても菅谷とは誰も分かりはしない様相で、ハチ公前の交番を横切った。

(バレていない。これならいけるぞ!)

 菅谷は安堵して、プラカードを上下に振りながら、フラフラとスクランブル交差点へ足を入れた。


 平日だが昼も近くになると、通行人は増える。スクランブル交差点も一度の信号待ちで、人が歩道から溢れるほどになる。歩道にいる半数は、目当てのランチを先取りするのが目当てなのだろう。長い車輌用信号に少し苛付いているようにも見える。

 車輌用信号が黄色から赤に変わると、歩行者用信号が青に変わる前に、数人が渡り始める。それに釣られて、歩道にいた人が一斉に渡り出した。

 菅谷はその人込みに紛れて、スクランブル交差点を渡り、言われた通りセンター街へ入った。


(まったく暇人の多い事。いつもなら適当に路地へ連れ込んで、小遣いを稼ぐところだが、俺がこんな偏屈な格好をしているところを見られるのも癪だ。何よりも、仲間とは会いたくないしな。)


 暫くフラフラとセンター街を歩いていたが、突き当りまで行かずに、手前の路地へすっと入った。

(何も遠回りするこたぁ無いぜ。誰が見ている訳でも無い。一人の時ぐらい、好きに行かせてもらうぜ)


「あの馬鹿。宇田川交番前を通る気だ。B班はどう?」

 突然の進路変更にも微動だにせず、【TEGATA】は別班の現状を確認した。

「丁度団体を連れて、宇田川交番前にいます。目標へ移動を開始します。」

「助かるわ。【ZANN】聞こえて?」

「了解。路地の途中で仕置きする。」

「路地の手前側には防犯カメラがあるわ。出来れば、中間より出口に近い方が良いわ。」

「了解」


 数年前からセンター街での犯罪が多くなった為、渋谷中央署とセンター街の組合が共同で、数箇所に防犯カメラを設置した。文明の進歩で携帯という便利なツールを手に入れたが、犯罪が急増して防犯カメラの復旧も目まぐるしい。【TEGATA】達、先手組みには、仕事がし辛くなってきたのも事実であった。


 菅谷が路地に入ると、中国系の団体旅行者が、数十人ほど纏まって前方からやってくるのが見えた。

(ちっ。選び間違えたか。今更、戻るのも面倒だ。ゴリ押しするか)

 先頭に旅行会社の旗を持ったガイドが先導しているが、旅行客は賑やかに道路一杯に広がり、大声で話していて近付く事さえ阻まれた。仕方なく対向する者は、両端に避けざるを得なかった。これを見て【ZANN】は動いた。

 菅谷の左手側に【ZANN】が回り込むと、空かさず一組目の男女のペアが、菅谷と【ZANN】の間を通りすぎ、もう一組の老齢の夫婦が【ZANN】の後ろに回った。そして【ZANN】の左手側には、ベビーカーを押した若い夫婦が近付いた。

 路地の中間点を過ぎた所で、【ZANN】がポニーテールを右手で撫ぜた。下ろされたその手には、長さ二十センチ太さ一ミリの長い針の様な物が握られていた。

 【ZANN】は菅谷との距離を段々と詰めた。老齢の夫婦を装った男が、菅谷の足を引っかけると、菅谷は前のめりに体を倒した。その時を見逃さず、追い越し様の刹那の業だった。【ZANN】の右手が菅谷の顎の下辺りへ動いた。

 握られた針は喉元から脳天へ向けられ深く入り込む。手首を細かくクルリと回す。切っ先は脳の中で十字を刻んだ。そして抜くと、その針をベビーカーの女が受け取り、ベビーカーの柄の部分に差し込んだ。

 菅谷はフラフラと中国人の団体の中へ入って行き、数人にぶつかり、路上へ倒れ込んだ。その時には、【ZANN】を含み、若い男女のペアや老齢な夫婦、ベビーカーの若夫婦も交差点へ辿り着き、夫婦やペアは他人となり、ばらばらに散って、何事も無かったかのように歩き去った。

 中国人の団体が通り過ぎると、路地に悲鳴が上がった。その声を聞き、宇田川交番から警察官二名が駆け足でやって来た。「大丈夫ですか?」と声を掛けながら、帽子や変装道具を取り、まじまじとその顔を見る。抱き起こしている警察官が声を漏らした。

「こいつ。菅谷――。逃走している菅谷一樹だ。」


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