幕間「魔竜洞穴」
門津郁郎という少年がいる。
<横笛>が二十以上の派閥に分かれていた頃から、その一つを率いて抗争を戦い抜いて来た実力者であり、ついには六派の第三席に位置するまでとなった。
性は慎重、敵たるものの力を量り、勝つ算段をつけてから仕掛ける。地位は単純な力量もさることながら、それ以上に立ち回りが見事だった。
そのはずの少年が今、呆気にとられていた。
目の前に広がっているのは広大な洞穴、のようなものだった。ただし人間だった頃に通っていた学校の校庭ほどもある広さと、それに見合う高さがある。
上部には何とも知れぬ明かりが灯っており、薄暗さは否定できないもののものを見るのに不便はあるまい。
「これは……何なんだ……?」
漏れたのは問いではなく独り言だったが、回答はあった。
「ジェナシァルから貰って来た。向こうだけが拠点を持っているのは詰まらんだろう」
今や<魔竜>の主となった竜泉辰鬼である。
中肉中背、ぼんやりとした印象すら与える面構えだというのに、声音に含まれた覇気が他を圧倒する。
「奥には居住空間もある。ビジネスホテル程度の質なら期待していい」
当然、魔神の所業である。ジェナシァルの名も郁郎は知っていた。最高位の七柱に次ぐ位階の魔神の一柱であり、<竜王>と渾名される。
「まあ、ありがたい話ではある。常に隠れ続けているのも神経を擦り減らすからな」
納得したことで生来の冷静さを取り戻した郁郎はため息を吐く。
安全な拠点を得られたというだけでも鏡俊介を追い出して改革を行った甲斐はあるというものだ。ばらばらであったものがこの竜泉辰鬼によって力で一つに統一され、以前よりも個々人が自由にできなくなったという側面はあるが、確実に強くもなっただろう。
しかし状況そのものは悪い。
「それで、これからどうするんだ?」
かなり大掛かりな仕掛けでもって引き起こした<竪琴>財団派の混乱が収まってしまった。今から改めて何かを起こすにも力が足りないとしか思えない。
そもそも前回の段取りは魔法としか思えぬ鮮やかさと複雑さで<無価値>が行ったのだ。あの男も今は不在である。
「さすがにしばらくは態勢を整えておくべきじゃないかと思うが……」
当然の慎重さで辰鬼の顔色を伺う。
答えたのは、今度は少女だった。<栗鼠>と渾名される娘である。夏あたりに二月ほど騎士派に潜入していた。自分だけにこっそり教えてくれたところによると、名前は長門実琴というらしい。
「それじゃダメなの、郁郎さん」
少し甘えるような響きがくすぐったい。
「力を溜める早さはあっちが上なの。よそはみんな怯えちゃってるから、あたしらが動かないときっと誰も何もしないの。何か変なのが現れたっていう話も聞くけど、まさか当てにするわけにもいかないし」
「だからといって何ができるっていうんだ? 噂じゃ<赤旋風>すら死んだそうじゃないか」
一息大きく吸ってから、視線をやるのは辰鬼の方へだ。
「お前だって追い出すだけで勝てなかったあいつさえやられたんだぞ?」
「それは否定せんが――――」
辰鬼は笑った。途端、郁郎は悪寒に全身を縮こまらせた。
笑っただけだ。威圧などしていない。放課後の教室で馬鹿話に軽く噴き出した程度の、悪意も敵意も隔意もなく、ただ笑っただけだというのに。
「あれはもう一月も前のことだ。今日の俺はあのときよりも強い。一月後の俺は今日の俺よりも強いだろう」
言わんとすることは理解できる。郁郎にも思い当たる節がある。
竜泉辰鬼はあり得ない早さで力を強大化させている。初めて会った時は自分よりも弱いとしか思えなかった。その三日後には自分と遜色なくなっていた。一月前の時点ではもうどう足掻いても敵うはずのない領域にいた。
経験によって一皮剥けたなどという生易しいものではない。積み上げているというより、本来有していた力を急速に取り戻しているかのような印象があった。
これは、鏡俊介とは別種の化物なのだ。
「なら、どうする? あんたはその強さでどうするんだ?」
「先輩方に倣ってみるさ」
空気が重くなる。辰鬼は楽しそうなのに、楽しそうだから、郁郎の額に脂汗が滲んでならない。
「<剣王>は単独で島ごと<魔人>の群れを焼き尽くした。<呑み込むもの>は独りで<帝国>を皆殺しにした。ならば俺は――――」
そして化物は宣言した。
「――――この身で鳥船派を壊滅させよう」




