それから……
☆―☆―☆
私は一度だけ、少年に取材を申し込んだ。気乗りしなかったようだが、阿部阪敬俊同席の下、明水神社で組織について、訊くことが出来た。結論的には、彼も詳細は知らなかった。ただ、ある一部のことを別にして……。
そう、無力になった少年、伊豆海陽は組織を離脱。養父母酒巻との里子関係も解消し、姉の光さんと共に、縁のない福岡で暮らすことになった。
全ては、阿部阪敬俊の守護の下、事は進んだようだ。『二人には手を出さない』と約束もさせたようだが、その酒巻は一週間後、病死。タイミング的に、NSにより処分、されたのだろう。
NSの存在を知っている、姉弟。記憶を消す案もあったみたいだが、本人たちの希望により、そのままに。西日本統括責任者に要請、福岡の建毘師に見守るよう、指示を出した、ということだった。
噂では、弟は地元公立高校へ転入後、興味のあった生物学、化学、そして心理学などを重点に勉強しているらしい。目標などはまだ見つかっていないとか……。姉は、金銭的援助がなくなったため、通信制大学へ編入後、日中は勤労者となった。
2人のこれからの幸せを強く望んでいた、女祓毘師、湊耶都希とは、直接話ししたことがない。
明水神社に住む女子高生からの情報では、彼女も組織とは断絶した、ということだ。それに、長年住んでいた淡路島からも転居すると決めたらしい。ただ、行き先は教えてくれなかった、ようだ。
もう一つ、彼女は少女にカミングアウトしていた。私は知らなかったが、修学旅行中に少女は闇嘔を受けて苦しんだ。闇嘔したのが、彼女だと言うのだ。変装していたらしく、阿部阪氏たちは、それまで犯行者が不明だった。
彼女の勤務先を知っていた私は、魚市場へ電話。突然の退職で、把握していないようだ。
電話番号も変わっている、らしい。つまり、音信不通状態。
……なのだが、さすがは阿部阪一族。転居先は個人情報である故、教えてくれなかったが、毎月新月前、進毘師のいる新潟へ足を運び、体内の闇を処理してもらっている、とのこと。
被害者遺族と交渉しながら奪命を避け、病気や苦痛のみを与える復讐を提案。復讐を望まない遺族の闇喰は、継続。出来る限り闇を吸引し、遺族の苦悩を減らしたい想いがあったから、だということだ。
少女命毘師、端上レイは……学校生活は相変わらず、のようだ。組織もあれ以降、少女に接触するような動きはない、と言う。
大きな変化と言えば、少女の能力だ。少年直毘師に転命を行なった三日後、見えなかったものが見え始めたらしい。それは、浮遊する幽禍。初めは、錯覚だと思っていたようだ。だが、教室内にもグランド上にも、大きさや黒さ具合は様々だが数多く浮遊しているのを見て、阿部阪の息子に相談。そこで、初めて知った。
命毘師に本来見えるはずもない、闇儡による体内の闇や、浮遊する幽禍が、少女命毘師に見える理由は、敬俊氏によれば、己が闇儡を受け、そして直毘師と転命でつながったこと、だろうとした。稀にあることであり、心配することはない、とも。
それ以降も、彼女は能力を高めっていったようだ。
それから、私は引き続き、組織を追った。
犬島騒動では被害者が出なかったため、記事にはしていない。ただ、カメラに収めた酒巻と一緒にいた30歳代の人物について、調査。その正体が、最高検察庁公安部のエリート幹部であることが、判明した。さらにこの男が、別件で追っている人物と頻繁に会っていることを、偶然にも知った。NSの仲間であれば当然かもしれないが、微妙なニュアンスを感じていた。
騒動後も、『加害者連続死亡事件』は続いている。
“復讐代行”を行う祓毘師や直毘師は、国内に散らばっている、からだ。そして、伊豆海陽や湊耶都希が抜けたNSにも、属している奉術師らは複数いる、という事実だ。
深入り過ぎたのだろうか……己の死を近づける機会を、作ってしまった。
11月初旬、通り魔事件に遭遇。背後から二回ナイフで刺され、重体。四日ほどの危篤状態から奇跡的に持ち越し、二ヶ月ほどで復帰できた。この時、8人が重軽傷を負ったが、私を狙った犯行だと、考えた。犯行順番と、ナイフの扱い方の違いから、だ。だが犯人は、その場で自害した。真相は闇の中に、消えた。
仕事柄、犯人のことを調べた。不解なのは、犯人は死刑囚で、すでに死刑執行されている人物だった、ということだ。警察は別人だと否定しているが、警察発表の人物こそ、存在していないことに、気づいた。
国政をも牛耳る裏組織NS。そのプロジェクトが、止まることはない。ただ……徐々に、その様相が変わっていくことを、何となく感じていた。
***
2016年――
ッン! ンンゥ〜
意識がゆっくりと脳を、支配していく。開いた左目で見えたのは、高めのシルバーの天上と、一つのスポットライト。
「イッ!」
右目を開けようとすると、頭右側がジジリジジリとした、痛み。瞬間、脳の目醒めが速まる。顔と首にヒリヒリとした痛感が生じ、さらに背中と尾骶骨あたり、腿の外側、臑、踝付近のビリビリする痛みが、ほぼ同時に襲ってきた。
オデコ右を手で触ると、痛みとヌルっとしたものの触感。触れた二本の指を見ると
(血! ったく……)
ベトベト感からして、すでに出血は程よく止まってる様子。何より、意識があり、無事であることを理解。少し安心している。
起き上がろうと試みた時、フラットな床に倒れているわけではないことに、今更気づく。
(おっ! )
壊れた何かの一部のような斜めになった板の上にいるようだ。おまけに、全身の痛みで体を動かすのが、やっと。
「てててててっ」
(ヒビ……折れてる、かもな)
胸骨の骨折を予想した。
痛みの少ない動作を試行錯誤しながら、先ずは上体を起こすことに、なんとか成功。
だが、視野に飛び込んできたのは……薄明るさの中でも分かる嵐が来たような部屋……(部屋という表現より“会場”が適切かもしれない。どちらにしても)嵐の去った室内など当然見たことはないが、私は今体験している。それほどまでに、モノというモノは本来の姿を留めず、あるべき場所になく、一面に散乱している。
(シャンデリア? )
天井中央に残るは、根っこのみ。
窓のないこの室内で、埋め込まれた複数のスポットライトのみが頼りだ。
垂れ幕は裂かれ、威厳もなく弛んでいる。壁のクロスは大小様々の横殴りの傷でデザインされ、所々に何かが刺さっている。
(て、テーブル、の足? )
鳥肌が立った。
(っ! そうだ! )
焦点が合うように、記憶の透明化。
ここが有名ホテル三階の披露宴で使われるような、会場であること。そして、ここに集まっていた、はずのメンバーのこと。
さらに凝視。散乱しているモノたちの中に人物も……あり得ない姿勢で、散乱。それに、誰一人動きもなく、うめき声もない。
(死んで、るのか? )
近場のヒトに声を掛けようとしたが、絶句。ボロボロの衣服で血染めまでは想定していた。ところが、片目の穴から出血、腹部にフォークの柄側が刺さる姿。
バギバリと足音を立てつつ、次のヒトモノに近づくが、右上腕骨から下が、ない。3人目は流石に目を反らす羽目に。鋭利なモノで裂かれた故の、はみ出し臓器。
まさしく戦慄の舞台と言える、そんな場所に、私は立っていた。
ヴィタリストたちの新たな闘いが始まっていることに、疑念はない。
☆―☆―☆
第一部 完
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
少しずつ修正や改造していく予定です。
第二部は、・・・・・・頑張って書きます。少々お時間を。




