第101話 未知のモノを見た者たち
その頃……
警官隊に包囲され賑やかだった犬島の舞台は、暗闇と化した。
建物だけでなく、その周辺一帯には一つの灯りも存在していない。消灯する前に前触れもなく、二機のヘリは姿を消した。ヘリ操縦士に無線で事前警告が伝わり、その場を去るしかなかったのだ。地上の警官隊には知らされぬまま……。その後、電気というエネルギーは一斉に不可動となる。
「何してる。早くライトを点けろ! 」
「ダメです。発電機が作動しません! 」
「懐中電灯も点きません! 」
暗中、騒いでいる包囲する者たち。
ライトだけではない。拡声機も無線機も使えない。これは警官隊だけのことではない。林中にいる柳刃とカメラマンも、撮影が不可能になっている。さらに建物内にいるレイたちの、携帯電話の電源さえも落ちていた。
「携帯の電源も入らない。何で? 」
「俺のも入らん! 」
真っ暗な部屋で身動きが取れない。
「敬俊! 」
茉莉那の一声。
「えっ? 阿部阪さんの仕業ですか? 」
訊ねるレイ。
「そう。建毘師の技、光換命奉」
「こうかん、みょうほう? 」
光換命奉は、電気エネルギーを制御する術。停止または別エネルギーに転換することが出来る。つまり電気エネルギーで可動するモノは不可動となり、機能を果たさない。この時、敬俊によって電気エネルギーは全停止させられていた。
寸刻、月明り程度の明るさが見え始める。ただ、奉術師には見えているが通常者は見えない。気づいた者だけが窓の外に視線を向けた。円盤のようなものの上に立つ人影を、目視。スーッと地面へ舞い降り、その薄明るい円盤は消えた。
突如、その人影の頭上からの、スポットライト。
警官たちが一斉に、ざわめく。
「誰だ? 」
「何者だ? 」
庭に立つ男に大声で叫ぶ、警察リーダーたち。
建物内にいる者たちは各々自身の目で確認するために、窓際に集まりだした。敷地の庭に、堂々と立っている長身の者がいた。後ろ姿ではあるが、彼女らはすぐに理解した。阿部阪敬俊である。
スポットライトの光源が気になり、その部屋のベランダに出て、見上げるメンバー。正体を確認しようとしている。暗くてハッキリとはしないが、点滅している複数の赤灯から、大きさは把握出来る。ヘリとは比較にならないほどの大きさ、それどころか、ココの敷地にも収まりきれないほどの巨大なもの。周囲に三つの丸いモノがあり、その中央の円内に紡錘形のようなモノがある、未知の物体。真上にあるが、音はそれほど大きくない。
そこから照射されているスポットライトが、庭に立つ男を、浮かび上がらせていた。
「うちの特装航空機SEA77だよ」
正体を教えてくれたのは、碧だった。
「すっげぇー」
感嘆の須佐野。警官隊に囲まれていることさえも忘れ、空飛ぶ物体を眺めている。
伊武騎グループのSEA77は、三組の回転翼で飛び、三つの輪が可動式で方向転換、旋回可能なモノである。垂直離着陸や空中停止なども可能。大型消防車二台程度も輸送出来る。被災地などで活用するために開発されたのだ。
特徴的なことは燃料を必要とせず、ナチュレ・ヴィタールが燃料代わりとなる代物。つまり、建毘師や進毘師が搭乗することで稼動する、航空機なのだ。
その物体よりも、レイの興味は庭にいる建毘師の男だ。視線を落とすと、動き始めていた。指先を伸ばした右腕を一直線に上げる彼から、少しずつ広がり始める、シールドが見える。本来通常者には見えないが、今そこにいる警官隊には見えているようだ。
「何だ、何だ!? 」
「おーーぉ! 」
見えるように可視光に、したのだ。あちこちで発声し、驚きを個々に表現している。
「お前、何をしてるんだ? 」
「やめなさい、大人しくしなさい! 」
リーダーだろうか、門付近で叫んでいる。
敬俊のそれは、建毘師のジンによって張られていたシールドも吸収し、全体を覆う勢い。そして警官たちの目前で、膨張を止めた。
見たこともない怪しいシャボン玉の輝きを見せる未知のモノに、恐怖心を抱いた一人の警官が手を震わせながら、引き金を引いてしまう。
ズギューーーン!
島に鳴り響く轟音。その音で林の中にいた多くの鳥たちが羽ばたき、逃げた。
「だっ、誰だ、撃ったのはぁ? 」
射撃した警官と近くの者たちは、銃声で驚いただけではない。発射されたはずの銃弾に、瞬きを忘れる程、凝視していた。肉眼で見えるはずもないスピードの銃弾が、スローモーション映像のように動いている、のだから。目前のシールドの中で、である。
すぐに、金属弾が蒸発するように、見えなくなった。最小の分子、原子に分解されたのだが、消えたように見えただけである。
建毘師の最高術の一つ、解原命奉。
化学により人間が作り出した世の物体は、全て自然にある分子や原子によるものだ。ナチュレ・ヴィタールにより元に戻すことの出来る、術である。つまり銃弾は、構成している分子や原子に分離されたのだ。
許可がなければ建毘師でも使用してはならない、危険な術である。その理由は、建毘師の力量と意思によって、人間が作り上げた大きな高層ビルであっても、分離・分解させることが出来る、からである。
この許可権限を持つ者は、建毘師共連に属する3人のみ。その一人が、総裁である阿部阪敬俊、なのだ。
「……ぅ、う、うわぁあーーー」
目撃した数人の警官らが、絶叫しながら逃げていく。射撃した警官は、腰を抜かし動けなくなっていた。
「こ、こらぁ〜! お前ら戻ってこんかぁー! 」
上司の命令など、この状況では二の次、三の次。包囲している他の警官らも一歩一歩、後ずさりし始めている。




