第99話 遠隔転命を行う少女
「奴ら、有明に陽くんを放置していったでしょ。そこ、気にはなっていたんだけどね。……蘇生を防ぎたいなら、連れて行って警察の監視下に置いていたほうがいいでしょっ。でもそうしなかった。……つまり、48時間以内に俺たちが光さんと接触することも想定し……いや、接触させたかったのかも……。
陽くんと姉さんの存在、それに俺たちは奴らにとって邪魔になるはず……ってことで、ここで一斉に処分しちゃえってことかなぁ。陽くんをここへ連れて来てないと気づいてるなら、向こうも今頃包囲されてるかも、ね。
もしかして、この建物に爆弾が仕掛けられている可能性も……逃げられないと思った犯人たち自ら、ドッカーンというシナリオ。片付いた後は、警察が適当に発表すれば、事件解決。
でも、これでハッキリした。光さんの足枷には、殺るための液体が入ってる可能性が高い、ってこと! 」
絶句するレイ。次第に、両拳に力を入れ、身体を震わせ始める。
「ゆるさない……絶対、許さない! 何が警察よ。何が官僚よ。何が国のためよ。……ただの人殺しじゃない! 」
怒りを増幅させる少女の肩に、ポンと手を置く大男。
「レイさん、その怒りは私も同じだ。でも今は陽くんを甦らせることに集中しよう。既に向こうも奴らに囲まれているなら、時間がない」
刻々と時間は過ぎていく。この建物を脱出することは、困難。さらに蘇生対象者をここへ連れてくるリーダーの案も、実行が難しい状況となった。
思い出したかのように、呟く少女命毘師。
「遠隔、転命!? 」
目を向けると、力強く首肯する大男進毘師が、目を細め、優しく一言。
「やってみようか」
「……はい! 」
先ほどの怒りの表情から、命毘師の大人びいた顔に変わった。2人の会話を聞き、早々に電話をかけ始めた。
「……耶都希さん、伊武騎です。私たちは囲まれました。そちらは如何ですか? ……そうですかぁ……お姉さんに仕掛けがあって脱出に手間取ります。今から、レイさんと須佐野さんで遠隔転命を行ないます。阿部阪さんに万全を期すよう、お伝えください」
電話を切るや否や
「やはり向こうも周囲の不穏な動きを感じてるみたい。部下が状況をおばあちゃんに報告しているので、手を打ってると思うけど……でも、急いだ方がいいね」
2人共に首肯。須佐野が、動き出す。
両足を肩幅に広げ、仁王立ちのまま目を閉じ、集中し始めた。彼の体全体を覆うように、靄が浮き上がり始める。次に、左腕を地に平行に上げ、手の平を上にし呟き始める。
手の平の上にグリーン色の靄が生じ、渦を巻きながら球体化。ソフトボール大ほどの大きさになると、目を開け、その球体を掴み、握手するように手を傾ける。すると、前方に伸び出し、部屋の窓を突っ切り、スピードを上げ、暗い空へ延々と伸びていく。
これが進毘師が創り上げられた自然界生命エネルギーの伝達経路である。姉の光や外にいる警官隊には見えないが、奉術師たちには明確に見える代物。何十本、何百本のグリーン色の輝く筋が束になったロープのような、光線が。
暫くして、独り言のように呟く仁王立ちの大男進毘師。
「捉えた! 」
ロープのようなグリーン色の光線を、離れた施設にいる耶都希と嵩旡も、見ることになる。それは、陽の身体を五、六周巻き付け、先端が右手の平に吸着した。
「OK! ではレイさん、転命開始」
彼の指示に従い、命毘師としての行動を開始するレイ。姉の光に対面し、落ち着きながら声をかけた。
「お姉さん、これからお姉さんの一年分ほどの命を頂きます」
彼女の両手を静かに取り、両手で軽く握る。目を閉じ、命上者の命を確認、充分であることを理解した。目を開け、続ける。
「お姉さんの命を、そのまま陽くんに渡します。ただ、掟に従い甦っても最低一年です。それ以上は私にも分かりません。それに陽くんは、再び転命を受けることは出来ません。そして、これまでの能力は無になります。普通の男の子になる、ということです。
大切な時間を姉弟で幸せに過ごしてください。これは陽くんの願いでもあり、私たちの願いです」
右目から涙を零し優しく頷く、陽の姉がいた。
エネルギーの伝達経路を持つ左手を差し出した、進毘師。その上に姉の片手をのせ、それをレイが握るように、指示した。準備が整うと、アイコンタクトで転命を促す。
閉眼し、集中する命毘師の少女。両肩から背中、上腕から両手に暖かさを感じ、脳に白光が見えた瞬間、囁いた。
「陽くん、生きて。お姉さんと一緒に」
同時に姉も小声で、懇願。
「陽、戻ってきて! お願い! 今度こそ、陽を守るから」
大男の左手に置いた姉とレイの手から、鮮麗された輝きが眩しすぎるほどに、発光。瞬間、伝達経路の中を光速で、命が走る。寸刻、先端でつながる者に何の疑いもなく、伝えられた。そのことを少女命毘師は感取することが、出来た。
同時に、眠る陽の身体から発光するのを目撃する耶都希と嵩旡は、転命が行なわれたことを察することが、出来たのである。
転命を終え、いつものように身体の暖かみが薄れるレイだったが、これまでとは違う感覚に触れる。伝達経路と接している手から逆行するような温もりが、全身に伝わってきたのだ。鼓動が一度だけ大きく打ち、一瞬女性の幻影が脳を過る。
「ぇっ!? 」
驚き、目を開けた。手を静かに下ろす。
大男の左手から伸びていた光線は次第に細くなり、失光。
「どうかしたのかい? 」
遠隔転命終了後に茫然としている少女を見て、声をかけた須佐野。
「あ……いいえ、何でもありません」
だが、彼女に一瞬見えた幻影に、見覚えがあった。いつもと違う感覚、そして母の幻影。何かの暗示なのか、不安を抱いた瞬間である。
しかし、このことがある軌跡であることを彼女が知るのは、それほど遠い話しでは、なかった。
陽の変化について耶都希の連絡を待つことになる、メンバー。
これで当初の目的を果たすことが出来た、奉術師たち。だが、もう一つの難題が目前にある。警察に包囲されている厳しい現状は、変わっていない。
遠隔転命を実行している間、直毘師の碧は黙って見物していたわけではない。所持していた鮮血を制御、建物に沿って直径1メートルほど、建物と同程度の高さの塵旋風を四つ起こし、時間稼ぎと威嚇を行なっていたのだ。
その光景を初めて目にした警察隊は、動くことが出来ない。ただ、「抵抗は止めなさい! 」と叫んでいる、だけである。
建毘師一派の3人は、救出すべき女子の足に取り付けられたモノの主装置や、爆発物などを探していた。が、まだ見つからない。
膠着状態が続いた。




