第96話 監禁された者の叫び
16時半、出発。
碧は、祖母に言われた通りに女装メイク……だが、皆から批評を受け、眉毛と黒子、そしてワイルドパーマロングのブラウン系鬘のみの変装に、留めた。
岡山空港からヘリで岡南飛行場へ。ヘリを降りた者たちに近づく、黒のパンツスーツを着たスリムな人物がいた。阿部阪茉莉那。急遽、レイの守護に来たのだ。
二台の車で近くにある民間港まで、移動。西日本統括の土御酉月杏に依頼していた、建毘師3人と、そこで合流した。
最終打合せを行ない、伊武騎が準備した無線イヤホンを全員が身に付けた。それぞれで手配したクルーザー二台に乗り込み犬島へ渡海、西と南に分かれ上陸。そこから目的宅まで、徒歩15分ほど。
18時半前には救出対象者がいるだろう建物近くの林中に、到着。恐ろしく順調に来た者たち。
早々、碧と須佐野は別れ各々の配置場所に。建毘師3人も個々の配置につく。レイと茉莉那は、離れた林中で待機した。
配置後、双眼鏡で建物正面を覗いているのは、リーダー碧。今朝ドローンで調査した様相と違うことに、戸惑っている。庭に、誰一人いないのだ。建物内の部屋灯は点いている。ただその中を覗いても、人影がない。二階東側の部屋にいる女性一人を除いては……。
そのことを無線で知らせた。建物後方を建毘師一派に確認してもらうが、同様に人影がない、との返答。
想定外の状況であるが、計画開始の18時半は過ぎている。
建物内に人的反応がないか、連れてきた幽禍を四つほど制御し、探索させ始める。が、感知しない。つまり無抵抗状態である。
覚悟を決め、堂々と正面から入り相手の動きを確認したい、と伝える指揮官。同時に建毘師の1人に、後方二階から侵入、対象者の守護を優先に、お願いした。
合図を出し、動き出した。正面門へ堂々と歩き、胸の高さほどの鉄製の門をよじ上って敷地へ。しゃがみ姿勢で敷地全体を注視するが、人もいないし、セキュリティシステムのような装置も作動する、気配がない。
その周囲の林もゆっくりと見渡してみるものの、怪しい気配がない。不気味さを感じ始める表情だが、躊躇している余裕はないようだ。いつ攻撃されるかも分からない状況下で、戦闘準備を進める。
上着の内ポケットから取り出す円柱の、小さなスプレー。数度噴射した。取り囲むように制御し浮かせているモノは、霧状の鮮血、である。スプレーをポケットに戻した後、両手の平を両腰辺りで広げ、攻撃出来る構えで警戒。整備された庭道をゆっくり、建物玄関口へと、歩き出す。眼球を左右上下に動かしながら、聴覚を澄ませながら、一歩一歩近づく。
玄関口。鮮血の霧を前方で真っ二つに分けた。ドア取っ手に手をかけ、恐る恐る開けた。施錠さえもされていない。何かトラップがあるのではないか、との疑念は増すばかり。
玄関内に顔を入れ、左右上下を全確認し建物内に足を踏み入れた。浮かせている鮮血を周囲に拡げ、靴のまま廊下を渡り、リビング、和室、キッチンなど一階を調べる。が、警戒心が無駄のように、何もない。
無線で報告。同時に、二階の窓から侵入していた建毘師も、東側の部屋以外をチェックしたが、誰もいないとの報告。それにより敷地内へ踏み込んだ、壁外で待機していた須佐野と建毘師2人。キョロキョロと周囲確認しながら。
二階にいる建毘師は、慎重に東側の部屋のドアを開け、救出者の存在を確認。ベッドに寝転んでいる女性が1人。無線で発見を知らせた。
「誰? 」
上体を起こし、問うてきた女性。
「伊豆海光さんですね!? 私はレイさんの仲間で、あなたを助けにきました」
無線をONのままにし、全員に聞こえるようにした。
「そうです、伊豆海光です。陽は、陽はどこにいるんですか? 」
須佐野たちが入ってきたことを確認すると、指揮官は急いで二階へ。建毘師2人には一階で警戒させ、須佐野も彼の後を追って、二階へ。そして、対象者のいる部屋に勢いよく、飛び込んだ。
「陽はどこなの? 」
優しく、そして悲しい声で、再び訊ねる。
「陽くんは今、別のところで匿っています。ただ時間がありません。一緒に行きましょう」
「来ないで! 」
近づこうとした見知らぬ男に警戒し、一声。数歩で立ち止まったのは、変装中の指揮官である。彼女の声と顔つきが変わった。ベッドから立ち上がり、相対している。
「なぜ、初めて会ったあなたがたを、信じられるの? 『一緒に行きましょう』って言われて『はい、行きます』なんて、言えるわけないでしょ!
……今まで色んな大人に騙されてきた。今の養父母にも結局は騙されていたのよ、私たち。……それに……国民を守るはずの警察にまで……。ねぇ、何を信じればいいの? なぜ、あなたたちを信じなければならないの?
……この前、弟から連絡があったわ。最初何を言ってるのか、理解できなかった。でも、こうやって監禁されてよく分かったの。弟も、そして私も大人のいいように使われてきただけ……
なぜ、父は殺されたの? なぜ、弟を危険な目に遭わせるの? ……私たち家族が何をしたっていうのよぉ! 」
叫び、取り乱す救出すべき女性。眼には一杯の涙を溜め、初めて会った男どもに、本棚にあった本や置物を手当たり次第、投げつけ始めた。
男どもは、黙ってその怒りを身体で受止める、しかなかった。




