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奄美のリアル事件簿 『遺跡から他殺体がでちゃった』

 前に勤めていた会社は破産している。そこの上司であった高木部長から訊いた話だ。調査が決まった遺跡調査範囲が台地・尾根となっている。現状では雑木林になっていた。そこをチェーンソウで切り開いてから、重機で、遺跡の上を覆っている表土を剥ぐ予定になっていた。鬱蒼とした木々を分け入ってゆき、篠竹を払う。すると突然、視界が開けた。かっ、と双眼を開く。すえた臭い。蠅。太い枝からロープが吊り下げられていて、ぷらんぷらん、と白目をむいた男性遺体が揺れていたのであった。

.

 阪神大震災が起きた年だ。私は、古びた二階モルタル建築のビジネスホテル・昭和館に半年ほど滞在していた。夕方になるとコウモリが飛んでくる。悪戯心で、飛んできたところを狙って、ひょい、とノートをあげると、昏倒しかけたコウモリが、よろよろ、階段下に消えていった。やらかした後で悪いことをしたと後悔する。

 ホテルには、情緒不安定の家出してきた人が部屋に押し掛けてきて、世話をしたことがある。そのためか、宿の人たちに頼りにされ、そういうタイプの人が来たら、「話を訊いてやってくださいよ」という役回りにされてしたまった。

 ある日、霊能者の美少女が隣室に宿泊した。彼女は夕食時に仲居さんに、「部屋というか、このホテルのどこかしこに、幽霊がいるんです」と漏らしたとのことだ。小母さんが、「別嬪さんに、何かあったら、隣部屋の奄美さんの部屋のドアを叩くんだよ」といった。夜中遅くまで隣室でそわそわとした音がしていた。朝、目が覚め、食堂に朝食をとりにゆくと、仲居さんは、「朝五時前にチェックアウトしていったわ。あの娘さん、みえちゃうなんて、可哀想にねえ」

 私が、昭和館に滞在していたのは、そこから数キロ離れた、群馬県秋名山麓にある秋名村秋名遺跡調査のためで、高木部長が別件の調査をするため、後任として引き継いだのだ。彼が使っていた部屋が私の宿舎部屋になった。

「やあ、奄美君、この部屋いいだろ。ベッドもクッションが効いていてリラックスできる。よく俺、一人エッチをしたんだ。なは、なは、なは」

 着任の日、引き継ぎをしにきた部長が、荷物を運びこんだ私の部屋を訪れた。二階六畳部屋バス・トイレ付。ブラインド窓から商店街が望める。通りの向かい側は中古CDショップだ。

 部長は窓際にある棚に並べ置いたいくつかの本をみやった。推理系の自作小説を書くために買った元検死官が著した『死体は語る』を手に取る。彼は椅子に座り、本文よりも、死体写真を嬉しそうに眺めだした。

「俺さあ、小学生のとき、線路で自殺を計り、列車の車輪で太腿が輪切りになった若い女の人がいるって話を訊いて、みにいったことがあるんだ。さすがに晩飯が食えなくなって、親から、『莫迦だね、この子は……』ってたしなめられたんだ。人の痛みとかわかんねええ、莫迦なガキだったよな。なは、なは、なは」

 高木部長は小柄で小太りしている。甲高い声が耳障りだ。本人は親切のつもりらしいが、噂好きのお節介焼きで、彼の指導を受けて仕事をすると必ず失敗した。破産する直前は、彼が起こした火事の火消しをすることが多くなった。あまり仕事はできないのだが社長に気に入られて部長にまでなったのだ。困ったチャンである。

「奄美君、そういえばさあ。秋名村教委の担当者の神田さん。調査担当者なんだけど、変な奴だから気を付けろよ」

 変人の高木部長が変人というのだから、担当者の神田氏はよほどの変人なのだろう。高木部長は困惑する私の表情を見遣って、嬉しそうに言葉を続けた。

「神田さんの直属部下で、村教委主査の考古専攻生に末永君っていう新人さんがいるんだ。住居跡の一角を指さして上司の神田さんに訊いたら、知ったかぶりしてるんじゃねえって、怒鳴ったんだ。何かと末永君を目の仇にしていて、正座までさせたんだぜ。さすがに、村の上役連中も困って、小中学校給食センターに異動させたってわけさ。ところがだ、やっこさん、適任者がいないってことで、強引に遺跡に割り込んできて、そこからの出向ってことにしたんだ。凄えだろ」

 高木部長がさらにテンションを上げた。

「いや、奄美君。神田氏・奇行極めつけは、遺跡での変死体発見のときだった。遺跡に関わる穴かと思って掘ってみたら黒いビニール袋にくるまれた死体がでてきたんだ。遺体は白骨化していて、運転免許証まででてきた」

「遺跡調査を中断して警察の捜査が入りましたか?」

「そこが神田氏の変人たる由縁だ。貯水槽建設で急ぎ現場なんだとかで、調査が中断させられては困る、といって坊さんを呼んで無縁墓地に埋葬してもらったんだそうだ。もちろん警察をいれていない」

 教委の神田氏は、高木部長の背丈を伸ばしたような体型だった。眼鏡をしている。甲高く笑うのだが、目は笑わせていない。激情型でときどき切れる。隣接調査区でこちらの領分を侵した工事側関係者一同を呼びつけ整列させ土下座同然に詫びを入れさせる。そういうタイプの人だった。

 まだ若かった私は、担当者の神田氏に、どやされもしたが、なんとか、調査を終わらせ、逃げるように昭和館を後にした。

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 読者の皆さん、ここまで読まれて腑に落ちないと思われただろう。私もそうだ。不思議と事情を知る人々は神田氏が変人だからで収めていた。多少の奇行はあっても考古学的な情熱からの行動と好意的にとらえていうのだ。彼の強引な気性は広大な調査対象範囲をスームースに進行かつ終了させることに成功。勲功たらしめた。

 しかし、しかしだ。あれから二十年経った現在、私の疑念は次第に整理され、やがて、確信に変わっていった。

 調査担当者の神田氏は明らかに他殺体と判っていて警察を入れなかった。警察に届けずに、勝手に埋葬した時点で、死体遺棄あたりの罪に問われよう。この事件に関する現場検証なんてせいぜい数日。仮に調査が急ぎだとしても、捜査があったのでと関係者に申し開きをすれば工期延長の正当な理由となろう。給食センターに回されたにもかかわらず、強引に調査担当者として割り込んでくるというところも不自然だ。

 ――神田さん、あのとき、あなたがとった行動は、とても不自然なんだよ!

 私が勤務するにあたり、根掘り葉掘り、神田氏本人にも周囲にも訊かなかった。おかげで昭和館の幽霊の一人にならずに済んだような気がする。この人は、市町村統合により、現在、竜巻市教育委員会課長ポストに就いているとのことだ。

 噂好きな高木部長は、前に勤めていた会社が破産した後、転々と会社を渡り歩き、東日本大震災で壊滅した町で発掘調査をしていると風の便りに訊いた。

 そうそう、その昭和館だが、東日本大震災の翌年、群馬県を訪れたとき、取り壊されて、駐車場になっていた。郷愁ではなく安堵感を憶えた。同じ年である前回の考古学協会総会で、昔の会社同僚と再会した折り、ひなびたビジネスホテルは、破産した病院を改装したところだったと訊かされた。

     了

ノート20130403 

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