妄想探偵事務所 『ひと気のない新築の家』
遺跡発掘業も長くやっていると、それなりに、事件にでくわす。口にすれば火の粉がわが身にかかりそうなこともあるので、まあ、そういうのは長編小説で、フィクションとして、さりげなく織り込むとしておこう。
私はいま、木更津に近い高台の遺跡で調査をしている。縄文時代と古墳時代の集落で、難易度が低い、ありきたりの遺跡だ。住宅地の一角で、そこだけ、すぽん、と空白地になっており、作業が始まる前までは畑になっていた。近隣住人は穏やかで、こういう調査では一二度は必ずあるクレームというものが一度もない。
二千五百平方メートルの長方形をした遺跡で、隣り合った南北が建売の軒を並べた新興住宅だ。どこも瀟洒な洋風二階建てになっている。遺跡は、パワーショベルで表土から一メートルほど掘削している。北側にある住宅街との擁壁は、さらに一メートルの高さがあって階段状をなし、ベランダのようにみえる。
真夏の昼近く、陽炎がたつほどに暑くなっていたので、作業員さんをテントで休ませ、残っていた相棒のマスター・キーマンが遺構写真を撮り終えたところだった。
「あそこの家、気にならないかい?」
「どうしましたか?」
「周りの家がどこも、蒲団とか洗濯物を干しているのに、いつも干していない」
話をしていると警備会社のガードマンらしき男たち四人が、南にむいた庭に回ってきたではないか。周囲の家は赤青黄色の屋根で白い壁になっているのだが、そこだけは黒屋根にブラウンの外壁になっている。小さな子供たちや主婦たちがする会話というものから、かの家は取り残され、人のいる気配を感じさせない。第六感が閃く。
「キーマン君、事件かもしれない」
妄想探偵事務所のチャイムを依頼主が鳴らした。
「依頼主は、夫が夜中まで家に戻らない若い主婦。子供はおらず、猫を飼っている。ペルシャ猫だ。彼女は怪しげな影にまとわりつかれ、警備会社に連絡をした」
「で、奄美さん、犯人像は?」
「被害者は美しき人妻で、犯人はたまたま街でみかけ、尾行して家をつきとめた。いわゆるストーカーってやつだ。年齢は三十歳くらい。長身細身。ポロシャツを着ていて、チワワのような仔犬の散歩を装って、家の前をうろついている」
蒲団やら洗濯物が干されていないこと十日。
「もしや殺人事件では? 警備会社ではなく、以前現れた男たちは刑事だったのでは? 美しき人妻はすでに殺されて遺体で発見された。夫は仕事で変わらず家に寄りつかない。いや、待て、こういうのはどうだ? 夫には愛人ができ妻が邪魔になった。ストーカーを装った男を雇い、家の周りで不審行動をさせる。不安に思った妻は警備会社に連絡する。少しして、夫は妻の首をしめる。庭に遺体を埋め行方不明ということにしておく」
「なるほどなるほど」
マスター・キーマンは妄想探偵奄美の推理に呆れ顔だ。
夏の陽射しは朝から容赦がない。われわれが遺跡に到着する九時少し前、その家の主婦が蒲団を取り込んでいるのを目にした。そう、彼女は日中、パートに出ているのだ。家のローン返済のためだろう。それで出勤前に蒲団をとこんでしまう。洗濯物は乾燥機能のついた洗濯機を使用しているのに違いない。
妄想探偵奄美は調書をまとめ終えた。マスターキーマンはペットボトルの冷やした茶を口にして苦笑いした。
了
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ノート20120820




