最終話 世界で一番温かいプロポーズ
その夜、アシュフォードの城は、温かい湯気と人々の穏やかな笑顔に包まれた。
私が提案したのは、堅苦しい祝勝の晩餐会ではなく、誰もが気兼ねなく楽しめる大皿料理の宴だった。
テーブルには、大鍋で煮込んだ熱々のビーフシチュー、山と積まれた焼きたてのパン、こんがりと焼かれた骨付き肉やソーセージが並ぶ。
騎士たちは鎧を脱ぎ、傷の手当てを済ませると、思い思いに好きなものを皿に取り、仲間たちと肩を組んで勝利の美酒を酌み交わしていた。
「女神様! このシチュー、最高です!」
「エリアーナ殿のおかげで生きて帰ってこれた!」
私は食堂と厨房を行き来しながら、皆に声をかけ、空になった大皿に次々と料理を補充していく。その顔には、心地よい疲労感と心の底からの充実感が浮かんでいるだろう。
宴の喧騒から少し離れたテラスでヴィンセント様が一人、静かに夜空を見上げているのを見つけ、私は彼のために特別に取っておいたスープを持って、その隣に立った。
「ヴィンセント様」
「……ああ」
彼は、私の姿を認めると穏やかに微笑んだ。
二人きりの静かな時間。
彼は、私が差し出したスープを一口、また一口と味わうようにゆっくりと飲んでいく。
戦いの興奮と緊張がその温かさの中に溶けていくようだった。
「……捕虜にした傭兵たちだが」
彼はぽつりと戦後処理について話し始めた。
私をただ守るべき存在としてではなく、共に未来を考えるパートナーとして信頼してくれているのが伝わってくる。
「王太子に雇われた、ただの捨て駒だ。尋問の後、改心の見込みがある者は、開拓民として領地で働かせることにした。……この領地の飯の美味さを知れば二度と敵に回る気も起きんだろう」
その彼らしい采配に、私は思わずくすりと笑ってしまった。
スープを飲み干した彼はカップを置くと、私の手をそっと取った。
「エリアーナ。お前がいなければ、勝てなかった。城も、俺の心も、お前が守ってくれた」
彼の真剣な眼差しに、私の胸が高鳴る。
「以前、言いかけたことがあるのを覚えているか。『冬が明けたら』と……」
「……はい」
「訂正する。冬が明けるまでなど待てない」
次の瞬間、彼は、その場にすっと片膝をついた。
私が息を呑む前で、彼は、私の冷えた手を両手で優しく包み込む。
「エリアナ・ハワード。俺だけの料理番でいると誓ってくれたな。ならば、その誓いを生涯のものとしてほしい」
見上げた彼の深い青の瞳には、夜空の星々が映り込み、きらきらと輝いている。
「俺と結婚してくれ」
それは飾り気のない世界で一番誠実で温かいプロポーズだった。婚約を破棄され、全てを失ったと思っていた、あの夜が嘘のようだ。
私の瞳から大粒の涙が溢れ出してくる。
「はい……っ」
私は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、それでも最高の笑顔で力強く頷いた。
「喜んで……! あなただけの料理番として、一生、あなたのそばで、ご飯を作らせてください……!」
彼が立ち上がり、その腕の中に私を抱き寄せた、その時だった。
「「「ヒューヒュー! おめでとうございますっ!!」」」
物陰からダリウス団長やギルバート執事、料理長にメイドたちまで城の仲間たちがわっと姿を現したのだ。
皆、にやにやと最高の笑顔で私たちを見ている。
「み、見てたんですか!?」
「当たり前だろう! 我らが女神の晴れ舞台だからな!」
真っ赤になってうろたえる私とバツが悪そうに眉間を揉むヴィンセント様。その姿を見て皆がどっと温かい笑い声を上げた。
遠くの森から、まるで祝福するかのようにフェンリルの高く美しい遠吠えが響き渡る。
こうして私の新しい人生は、最高の幸せと共に本当の意味で始まった。
たくさんの愛する仲間に囲まれて、そして世界で一番愛しい人のために、明日もとびきり美味しいお弁当を作るのだ。
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