第91話 リリス
黒霧の森攻略から一日後。
忘れられた洞窟は久しぶりに静かだった。
戦後処理。
素材整理。
負傷者確認。
軍団再編。
やることは山ほどある。
それでも全員の表情は明るかった。
実ダンジョン戦勝利。
順位は942位から934位へ上昇。
成果は十分だった。
「黒影樹はどうなりました?」
リリスが聞く。
管理室の隅。
そこには昨日回収した黒影樹が植えられていた。
正確には移植用の魔法陣に固定されている。
黒い幹。
夜属性魔力。
独特な存在感。
「定着中だ」
アルベルトが答える。
情報解析。
表示。
⸻
黒影樹
定着率
87%
⸻
「高いですね」
「ああ」
このまま行けば忘れられた洞窟で育つ。
かなり大きい成果だった。
夜宝守も満足そうである。
黒影樹の周囲を何度も巡回していた。
もはや自分の畑らしい。
「グル!」
「分かった分かった」
リリスが適当に返事をする。
夜宝守は満足した。
単純だった。
その横ではナイトレイブンウルフが眠っている。
黒影果を食べ過ぎたせいか、昨日からずっと寝ていた。
進化条件達成率は六十三%。
順調すぎる。
「この子も大概ですよね」
「そうだな」
今後の切り札候補。
伝説級候補。
将来が楽しみだった。
その時。
新しい通知が現れた。
⸻
実ダンジョン戦報酬配布
⸻
「あ」
リリスが声を漏らす。
忘れていた。
まだ報酬が残っている。
一覧が開く。
黒霧狼王の牙。
夜属性結晶。
黒影果。
シャドウファング素材。
ブラッドファング素材。
大量だった。
さらに。
登録一覧も増えている。
「増えましたね」
「ああ」
アルベルトの目が輝く。
リリスは嫌な予感しかしない。
案の定だった。
次に開かれたのは配合画面。
「やっぱりですか」
「当然だろう」
当然らしい。
全く反省していなかった。
新素材。
新魔物。
新候補。
配合士が興味を持たない方がおかしい。
アルベルトは真顔だった。
配合候補一覧が展開される。
一気に増えていた。
八十件。
九十件。
百件。
次々と表示される。
「多いですね」
「多いな」
その時だった。
リリスの身体が光った。
沈黙。
管理室全員が固まる。
「……え?」
本人が一番驚いていた。
光はどんどん強くなる。
淡い金色。
暖かい光。
アルベルトも立ち上がる。
「リリス」
「わ、私です!」
完全に混乱している。
珍しい。
いつも冷静なリリスが慌てていた。
そして。
通知が現れる。
⸻
補佐妖精
進化条件達成
⸻
進化開始
⸻
管理室が静まり返る。
数秒。
誰も喋らない。
夜宝守ですら見ている。
「え?」
リリスはまだ理解できていなかった。
今までずっとサポート役だった。
アルベルトの補佐。
解説役。
管理担当。
その自分が進化する。
想像していなかった。
「条件満たしていたのか」
アルベルトが呟く。
通知が続く。
⸻
実ダンジョン戦勝利
条件達成
⸻
軍団規模到達
条件達成
⸻
特殊ダンジョン補佐実績
条件達成
⸻
リリスが固まる。
積み重ねだった。
一つではない。
今までの全部。
忘れられた洞窟で過ごした時間。
支えてきた実績。
それらが進化条件だった。
光がさらに強くなる。
リリスの羽が大きくなる。
髪が伸びる。
魔力が増えていく。
そして。
最後の通知。
⸻
補佐妖精
↓
記録妖精
⸻
進化完了
⸻
光が消えた。
静寂。
リリスがゆっくり目を開く。
「……え?」
第一声は変わらなかった。
アルベルトが情報解析を発動する。
⸻
記録妖精
能力
歴代記録閲覧
管理補助
育成補助
知識継承
⸻
追加能力
記録解放
⸻
「新能力ですね」
リリス自身が驚いていた。
記録解放。
聞いたことがない。
その瞬間。
頭の中へ映像が流れ込んだ。
知らない景色。
知らない人物。
知らない声。
古い研究室。
大量の資料。
配合陣。
そして。
一人の男。
白衣を着た男が笑っていた。
『やはり成功したか』
そこで映像が途切れる。
リリスは息を飲んだ。
「今の……」
「何か見えたのか?」
アルベルトが聞く。
リリスはゆっくり頷く。
「分かりません」
本当に分からなかった。
だが。
一つだけ確信できる。
忘れられた洞窟。
三十年以上前。
その時代の誰かだった。
「記録です」
リリスが呟く。
「記録?」
「はい」
胸が高鳴る。
進化した。
強くなった。
それも嬉しい。
だが。
それ以上に。
忘れられた洞窟の秘密へ一歩近付いた気がした。
アルベルトも静かに頷く。
「面白いな」
「その感想になりますよね」
リリスは思わず笑った。
変わらない。
本当に変わらない。
だが。
それで良いのかもしれない。
忘れられた洞窟はまた成長した。
軍団だけではない。
幹部だけでもない。
リリス自身も。
確実に次の段階へ進んでいた。




