第106話 最終研究区画
最終研究区画への扉は、第一育成区画のさらに奥にあった。
巨大だった。
今まで見てきたどの施設よりも大きい。
高さだけでも十メートル近い。
表面には無数の魔法陣。
三十年以上経過しているはずなのに、今なお青白く光っている。
まるで侵入を拒んでいるようだった。
「凄いですね……」
リリスが見上げる。
記録妖精となった今でも、この扉の情報はほとんど読めない。
それほど高位の施設ということだった。
アダプトロードも警戒している。
森護兵将は前へ出て周囲を確認する。
岩牙守護将は盾代わりのように入口を守る。
鋼影狼も静かに待機していた。
全員が緊張していた。
ただ一匹を除いて。
「ぷに!」
元気だった。
非常に元気だった。
扉の前を跳ね回っている。
緊張感がない。
まるで遠足だった。
「少しは警戒してください」
リリスが呆れる。
だがぷには気にしない。
夜宝守も一緒だった。
最近は完全に行動を共にしている。
その時だった。
幻影狼が前へ出る。
零番。
三十年前の研究者が残した管理者補佐個体。
静かに扉へ近付く。
そして。
額を扉へ触れさせた。
次の瞬間。
巨大な通知が現れる。
⸻
研究個体零番確認
⸻
後継者候補確認
⸻
管理権限照合開始
⸻
施設全体が震えた。
第一育成区画。
第二育成区画。
研究棟。
全てが共鳴するように光り始める。
リリスが驚く。
「施設全部が反応しています!」
「連動しているのか」
アルベルトが呟く。
忘れられた洞窟は一つの巨大な研究施設だった。
今さらながら、その規模の大きさを実感する。
通知が更新される。
⸻
後継者適合率
61%
↓
67%
⸻
「上がった?」
リリスが目を見開く。
研究記録。
第一育成区画。
管理者私室。
第三因子研究録。
それらを発見したことで適合率まで変化しているらしい。
幻影狼が振り返る。
そして。
ゆっくり頷くような動きをした。
許可。
そんな意味に見えた。
扉が動く。
ゴゴゴゴゴ……。
長い年月閉ざされていた最終研究区画。
その封印が解かれる。
誰も喋らない。
全員が見守る。
やがて。
扉が完全に開いた。
そして。
アルベルト達は絶句した。
「……なんだこれは」
広かった。
ただ広いだけではない。
異常だった。
最終研究区画は巨大なドーム状の空間になっていた。
中央には湖。
周囲には森。
岩山。
火山地帯。
湿地。
雪原。
様々な環境が存在している。
第一育成区画ですら比較にならない。
まるで一つの世界だった。
「ダンジョンの中ですよね?」
リリスが呆然とする。
「そのはずだ」
アルベルトも驚いていた。
三十年前の研究者は何を作ろうとしていたのか。
想像を遥かに超えている。
その時。
中央の湖が光った。
全員が視線を向ける。
湖の中心。
そこに何かがいた。
巨大な影。
眠っている。
だが存在感だけで分かる。
強い。
圧倒的に強い。
森護兵将が低く唸る。
岩牙守護将も構える。
鋼影狼も警戒している。
本能が危険だと告げていた。
通知が表示される。
⸻
研究個体
識別番号未登録
⸻
状態
休眠
⸻
危険度
測定不能
⸻
沈黙。
危険度測定不能。
そんな表示は初めてだった。
リリスの顔色が変わる。
「これ、起こしちゃ駄目なやつでは?」
「かもしれないな」
アルベルトも否定しない。
だが。
通知は続いていた。
⸻
生命進化研究
最終成果
⸻
保存中
⸻
研究成功
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研究失敗
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両判定成立
⸻
「両方?」
リリスが首を傾げる。
成功なのか失敗なのか。
意味が分からない。
だが。
三十年前の研究者も同じことを言っていた。
成功した。
だから失敗した。
その意味が少しだけ見えてきた。
その時だった。
ぷにが湖へ近付く。
「ぷに!」
嫌な予感しかしなかった。
「止まりなさい!」
リリスが叫ぶ。
遅かった。
ぷには湖へ飛び込んだ。
ぽちゃん。
静寂。
数秒。
何も起きない。
リリスが安堵しかけた。
その瞬間。
湖全体が眩しく光る。
「え?」
全員が固まる。
湖の底。
巨大な影が動いた。
ゆっくり。
本当にゆっくり。
三十年以上眠っていた何かが目を開こうとしている。
幻影狼が前へ出る。
今まで見せたことがない緊張した表情だった。
そして。
研究施設全体へ警告が響く。
⸻
最終研究個体反応確認
⸻
覚醒シーケンス開始
⸻
管理者権限要求
⸻
忘れられた洞窟最大の秘密。
三十年前の研究者が最後に残した存在。
それがついに目覚めようとしていた。




