《ボックス=ビックス商店》
『じゃあ、内緒ついでに教えて欲しいんだけど…なんでミスター・ボックスは勇者の剣のことを知ってるのかな?』
『…惚れた腫れたのもつれなの。醜い嫉妬でキッズが声をかけた剣士との会話を盗聴してたみたいなの』
ブーケは盗聴して勇者の剣の存在を知った。
ではミササギは?
どうやってブーケが勇者の剣を知っていると知った?
当事者に話を聞くのが1番手っ取り早い。しかし、ミササギと別れて随分経った中で疑問に思ってしまったものだから、彼に話を聞くことは叶わない。
というわけで、関係者である、ミスター・ボックスに尋ねた。わざわざ所有しているヘリの点検という名目で商店にまで来たのだ。(なお、どこにいるか分からなかったので人海戦術で大胆に捜索した)
これで疑問は解消されるに違いない。むしろそうでなきゃ困る。じゃなきゃ気になって今夜は眠れない。
「———そいつぁ、おかしいな。オレ、ミササギに勇者の剣のこと言った覚えはないんだがな」
疑問はなくならない。
レディ・ブーケはちょっとイラッとした。
◾️
やはりウルフの足は速い。以前訪れた時にはハイヤー以外にも人が乗っていた上に、人目を気にして最低限の巨大化しかしていなかったので、これほどまでのスピードはだせなかった。
2週間かかる道のりが半日足らずで踏破できる。
しかしもう彼とはお別れだ。彼があまり森から離れるのはよくない。
〈…〉
「…」
別れの言葉は言わせてくれなかった。その代わりに軽く撫でてヴァライと別れた。
「…君と友達で良かった」
幸いにも近くに港のある大国があるので、金に糸目をつけなければ、魔王城へ行くことができる。
(ある程度私物を持っていて良かった)
収納できるペンダント型のマジックアイテムから、この国の地図を取り出した。
(船乗り場で料金を確認してから、銀行で金を下ろしましょう…)
これまた幸い。ハイヤーには趣味という趣味も、休日という休日もない上に、高給取りなため貯金だけはある。高い運賃もなんの心配もなく払うことができる。
ハイヤーは地図を手早く確認し、港へと急ぐ。
最大の問題はどうやって魔王城に着くかだ。
船ではオワリノ帝国まで行くのがせいぜい。そこから先の暗黒渓谷は強力な魔物が多く存在している。ハイヤー1人の戦闘力では通過できない。
と、色々考えているなか、ハイヤーの目には薄紫の少し変わった看板を見かけた。
『ボックス=ビックス商店』———間違いなく大陸任命のミスター・ボックスが運営する商店だ。最近全国に続々と展開されている店と聞く。
(彼とハージマリ家が取引をしたことはありませんが、ミササギ様が言うには氷風のダンジョンにいた人なんでしたっけ)
その奇抜…変わった外見に惹かれたわけではなく、そこで赤いスポーツカーを整備するツナギ姿の男性と、その隣にいた貴族風の女性に目が留まった。
彼女のことは知っている。
「レディ・ブーケ!」
「……!?ハイヤーさん?あれ、氷風のダンジョンにいたはずなの」
ハイヤーが思わず声をかけてしまうと、整備場に置かれた椅子に座る、ブーケは立ち上がった。
彼女が驚くのも無理はない。普通に考えてはるか北方にいた人物が南からやってくるなんてありえないからだ。ユラディカが軽々しく使う移動の魔法も、この世で使える人は限られている。
ハイヤーは声をかけたはいいものの、なんと言っていいか分からず曖昧に笑う。事情が混み合いすぎてて何も話せない。
急いでいるにも関わらず、考えなしに声をかけるとか疲れているのかもしれない。
(……申し訳ないことをした。適当に話を切り上げて———)
2人して戸惑いつつも軽く挨拶をして別れようかと思ったその時。
「こんにちは!お噂はかねがね聞いているとも!オレはミスター・ボックス。アンタは遊び人ハイヤー、だろ?」
ブーケの隣にいたツナギ姿の男が肩を組んできた。油と錆の匂いがハイヤーの鼻腔に入ってくる。
きょりが、ちかい。
ハイヤーは顔を逸らして当たり障りのない挨拶をする。
「初めまして、ミスター。お会いできて光栄です。レディ・ブーケもお忙しい中、お声がけしてしまい、申し訳ありません」
「別にいいの。………ね、ミササギは?」
わざわざボックスを跳ね除けてまで聞きにきた。その距離の取り方を見るに苦手ということがよく伝わる。
「オワリノ帝国かと思われます」
ハイヤーがそう答えると気難しい顔をする。それを見かねてか、ボックスが耳打ちした。
「ところでレディ・ブーケ。点検も試運転も終わったけど、どうする?」
「…ふん、感謝だけしとくの。あんたはどうするの」
「きっぱり別れたつもりだよ。彼女がオレを求めてるとか、天地がひっくり返ってもないしね」
ボックスのウィンクを躱すと、ブーケはハイヤーを手招きして、なんの躊躇いもなく修理場の奥へと入っていく。
「方向的に港に行きたかったんでしょう?ハイヤーさんも乗ればいいの」
ハイヤーもなんのことか分からなかったが、ボックスも促すので開けた駐車場までついて行った。普通の駐車場と違うのは中央に『H』と書かれているところだろうか。
「何にでしょうか…?」
「ブーケのヘリに。そっちの方が早く着くの」
その発言に呆気に取られていると、ジババババ、という羽の音が空から聞こえてくる。
「ブーケも使う予定だったから、ついでに乗せてってあげるの」
転生者が多く呼び出されるこの時代、異世界の道具も普及し始めている———それでも、ヘリコプターに乗るのは初めてだが。
◾️
ハイヤーにミササギの疑問を聞いてみた。ダメ元だ。
「そうですか…正直に申し上げると、自分には分かりかねます」
自信がなさそうにヘリの外を眺めていたが、これは何か考えがある人がする表情だ。ブーケには分かる。
「…にしては心当たりのありそうな顔なの」
「…自分の感覚でしか語れない上に、証拠がないのです。口にするほどではありません」
ブーケの睨め付けるような目にハイヤーは負けて喋り出す。最初に、推測ですが、と置いて。
「もしかしたら…ミササギ様のスキル、【顧客探し】の反動かもしれません」
それは、世界でも2人といないであろう、41個のスキルを持つハイヤーだからこそ、可能性として提示できることだった。
「欲しいものがある人の元に移動できる……これでやっているのは恐らく脳波の読み取りです。スキルを短時間に何度も使うことで、“バグ”が起きたのではないでしょうか」
その論文もデータの少なさから、社会には認められず、雑誌に載った一度切りでその説も研究者も姿を消したはずだ。眉唾も眉唾。一般の知識人なら可能性として提示しない。なんなら鼻で笑うだろう。
「バグ———どこかの論文で見た気がするの。意図せぬ不具合とか言われた気がするの」
意外かもしれないが、ブーケはそういったスキル系の論文には一通り目を通している。なぜなら実家がスキルの研究施設だから。商人のブーケと同じく忙しい職であろう、執事のハイヤーが見ている方が驚きだ。
「バグの影響で、勝手に読み取りが行われる可能性はあります。無意識でしょうし、商人の勘で済ませられる範疇だと思いますが」
また窓の外に目線を戻し、喋りすぎたと思ったのか、最初と同じように注意した。
「…ただの一般人の推測です」
それにしては目の見張るものがある。
様子を見る限り、考えることが嫌いではなさそうだし、何よりボックスのように自信満々に主張しないのが良いと思った。
聞けば、パーティーメンバーとは仲違いのようなことをしているそう。本人は合流したいようだが、部外者のブーケからすればハイヤーはこのまま執事の職から離れた方がいいと思っている。
(初対面の時に、ブーケのスキルで見た彼のスキル数…ずっとスカウトしたいと思っていたけど、こんなチャンスが巡ってくるなんて、思ってなかったの)
こんな人材を放っておくだなんて、むしろバチが当たる。
だからブーケは投げかけた。彼の才能を生かす道を。
「研究職とか興味ないの?向いていると思うの。ブーケのお家はスキルの研究をしてるから、あなたのことを推薦できるの」
それはウィンドルも望むことだった。彼女は自分が魔王になっても、ハイヤーが仕え続けてしまうことを知っている。
まだ国には一度死んだことを連絡していない。今ならまだ間に合う。魔王となった勇者から逃げてきた、であれば名誉も綺麗なまま。
「申し訳ありませんが、お断りします」
———ただ本人が望まないというだけで。
「…到着まで時間がかかるの。ハイヤーさんの才能を、将来を、じっくり考えて欲しいの」
———しかし商人は引き下がらない。
『レディ・ブーケ、それ以上の勧誘は、些か下品じゃないかな』
———そして盗聴する者がいる。
ブーケはすぐさま自身のトランクに付いた機械を見つけ、窓から投げ捨てようとするも、ハイヤーとヘリの運転手に止められた。
「ミスター・ボックス?あんたこそ下品なの」
『アンタだってオレにつけてたじゃないか。自分は良くてオレはダメってか?狂人じゃないか』
そうして始まる口論。愉快な移動になりそうだ。
◾️
オワリノ帝国への到着はどうやっても日を跨ぐ。ブーケの提案に惑う必要もなく、ハイヤーの心はもうすでに決まっているので、あとは会って伝えるだけだ。
幸運なことに、ハイヤーは恋慕うひとへ仕える喜びを知っていた。だからこの道を迷わず進められる。
それに、
“呪い無効の王冠”があるから魔王化しないということをウィンドル様は知らない。
決意してその道を選んだというのに、自分とユラディカはそれを阻んだ。きっとそれが分かれば酷く傷付くはずだ。
だから加害者はその場に居合わせなければならない。
責任を取らなければならない。




