最終話 人と神の、ちょうどいい距離 後日談
久しぶりに、天界の空気が少し賑やかだった。
円卓の間――ではなく、その手前の回廊。
筋トレ器具が無造作に置かれた一角で、統括はいつも通りダンベルを上げ下げしていた。
「……あ、ここにいた」
声をかけられて振り向く。
立っていたのは、ヘラクレスだった。
相変わらず背は高く、体つきもいいが、鎧は着ていない。旅装のような軽装だ。
「お、珍しいな。展開(天界)に来るなんて」
「たまたまです。視察というか、報告というか……」
「真面目だなぁ」
統括が笑った、その時だった。
回廊の向こうから、ぱちり、と小さな音。
空気が一瞬、帯電する。
「……あ」
通りかかったのは、雷の神――ゼウスだった。
書類を抱え、完全に仕事帰りの顔をしている。
ヘラクレスが一瞬きょとんとしてから、素直に頭を下げた。
「お久しぶりです、ゼウスおじさん」
「ああ、ヘラクレスか。久しぶりだね」
ゼウスは穏やかに笑う。
「忙しそうだけど、大丈夫?」
「はい。やりがいがあって、楽しいですよ」
「それは何より」
ヘラクレスは少し照れたように続けた。
「……たまにはお爺ちゃんに顔を見せろって、母さんが」
「はは。ヘルメースも、すっかり肝っ玉母ちゃんだね」
「はい。強いです」
そのやり取りを聞きながら、統括はダンベルを置く。
「……なあ」
「はい?」
「母さんに言われたから来た、ってのは本音か?」
「半分くらいです」
「残りは?」
「……顔、見たくなったので」
統括は一瞬だけ黙り、それから鼻で笑った。
「ったく。優等生が」
「祖父譲りですね」
「それ、褒めてねえぞ」
三人の間に、妙に穏やかな沈黙が落ちる。
神と半神と、人の代表。
立場は違うが、上下はない。
ゼウスがふと、空を見上げた。
「この星、面白いですよね」
「どこがだ?」
「神を信じてるのに、頼らない」
「祈るけど、任せない」
「……で、結果的にうまくやってる」
ヘラクレスも頷く。
「困ったら話し合いますし」
「ダメなら、やり直しますし」
「最終的に、責任取るのは自分たちです」
統括は腕を組んだ。
「だから、俺は出ていかない」
「分かってます」
「分かってるから、こうして来るんだろ」
「はい」
ゼウスが小さく笑う。
「いい距離ですね」
「だろ?」
「ええ」
それからしばらくして。
ヘラクレスは下界へ戻り、
ゼウスは仕事に戻り、
統括はまた筋トレを再開した。
星は今日も回っている。
神が前に出すぎることもなく、
人が背伸びしすぎることもなく。
そして――
この星は、やがて他の星々から
こんなふうに呼ばれるようになる。
「筋肉星」。
理由は単純だった。
なぜか異様にタンクトップの着用率が高い。
老若男女問わず。
職種問わず。
正式な式典でも、なぜかインナーがタンクトップ。
「動きやすいから」
「鍛えやすいから」
「なんとなく」
理由は曖昧だが、誰も疑問に思わない。
雷で動く機械と、
魔法で動く道具と、
筋肉で解決する人々。
そのすべてが混ざり合い、
この星は今日も、やけに健康的だった。
神は笑い、
人は進み、
誰もが空を見上げてこう思う。
――まあ、今くらいがちょうどいい。
そうしてこの物語は、
大円団で幕を下ろす。
人と神の、ちょうどいい距離。
それは、
誰かが決めた答えではなく、
皆で作った“空気”だった。
そして今日も、
どこかでタンクトップが揺れている。
――完。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
消防士豊田正義の神様人生は、無事に完結を迎えました。初めての小説で右も左もわからず、頭の悪さもあって文法もわからず、ChatGPTに頼ったりとお世話になりました。もう既に投稿が終わってるものもありますが、この作品で学んだことで、次からは自分で書いて行きたいと思います。
応援してくださった読者の皆様、本当にありがとうございました!




