きょうはんしゃ
急にカレンから掛けられた声を聞いて、レクスは首を捻った。
質問の意図が、レクスにはわからなかった。
不思議そうに眉を落とし、カレンに答えた。
「舞踏? ……そりゃ、できるかって聞かれちゃ、できるけどよ。さっきも言ったが、俺も舞踏祭のために練習してんだからよ。」
「そう、ですか……。わかりました。……背に、腹は代えられませんね。」
「背に腹は代えられない? 一体何のことだよ?」
苦虫を噛みつぶしたようにしかめた表情を浮かべたカレンだが、レクスを見つめてうんうんと頷く。
伏せた目を開け、レクスをじっと見据えていた。
「……非常に心苦しい気持ちでいっぱいですが、仕方ありません。貴方に、舞踏の練習相手をお願いします。」
「……舞踏の……練習相手? 俺が? カレンのかよ? 」
戸惑って目を丸くしながら、レクスは自身に指を差してカレンに尋ねる。
そんなレクスの態度に、カレンははぁ、と溜息を零しながら首を振った。
「貴方以外、誰がいるというのですか? リュウジ様に付き合ってもらうにはお手数をかけてしまいますし、他の人では私が練習をしていることがばれてしまいます。……同郷の貴方であれば、まだ赤の他人よりは信用できます。ですので……貴方には、私のペアの練習相手になってもらいましょうか。」
「……別に、他人にばれてもいいんじゃねぇか? 俺に練習相手になって欲しいってのは構わねぇけどよ。舞踏祭の為に舞踏を頑張っているなんて普通のことじゃねぇのか?」
「……それでは、駄目なのです!」
「……カレン? お前……。」
荒ぶったカレンの声に、レクスはただただ驚きを隠せなかった。
リナと喧嘩したどころか、ここまで意固地になって話を聞かないカレンを見て、レクスは不思議に思ってしまっていた。
「……リュウジ様の周りには、多くの女性がおられます。私は、リュウジ様の側にいるものとして、完璧でなければなりません。勇者の側に立つ女性として、相応しくあらねばならないのです。……そうでなければ、舐められてしまう一方です。」
カレンの声は少し沈んだように、か細くなっていく。
その姿は、嘘偽りなどがあるようには見えなかった。
(……勇者の側にいる奴が完璧でなければならねぇって……そんな奴いるわけねぇだろ。完璧な奴なんて、いるわけねぇ。……真面目すぎだ、カレン……。)
カレンの言葉の裏にあるのは、やはり先も思っていたように、明確な「焦り」だ。
何がそこまでカレンを焦りに駆り立てているのか、レクスには理解できなかった。
だからこそ、と言うべきだろうか。
その表情が、レクスには危なっかしいとまで思えてしまったのは。
レクスは肩を竦めながら、カレンの前へ歩いていく。
そのままカレンの藍色の瞳をまっすぐ見据えた。
カレンは近づいてくるレクスの顔を目にして、びくっと身体を強張らせた。
「……な、なんでしょうか?」
「分かった。……俺も乗りかかった船だ。カレンの舞踏の練習に付き合う。そういう事で良いか?」
「……ふぅ。……わかりました。これで私と貴方は共犯者、という事になります。……言いふらしたりすれば、ただではおきませんよ。」
「わかってるっての。んなことしねぇし、できねぇよ。約束だ。何時もこのくらいの時間に、ってことでいいのか?」
「……貴方の言う言葉を、この場は信じることにしましょう。……それでは、この時間に一時間だけ。私は毎日、この修練場を借りていますので。」
きっぱりと言い放ったカレンは、目尻を僅かに上げながらレクスを見上げていた。
そんなカレンに対し、レクスはおもむろに右手をカレンの前に差し出した。
レクスの右手を見ながら、カレンはきょとんとしつつその右手を指さした。
「……なんですか? これは?」
「決まってんだろ。握手だ。……俺とカレンは「共犯者」って事なら、「契約」みたいなもんだ。これは、その挨拶みたいなもんだ。」
「……なるほど。一理ありますね。……ですが、どさくさに紛れて、私に変な事をしようものなら……わかっていますね?」
「ああ。するつもりはねぇよ。……約束だ。」
「……ええ。約束、ですね。」
目の前に差し出された右手を、カレンはきゅっと握り込む。
すべすべした、柔らかな掌の久しぶりな感触に、レクスは少しだけ、どきりと心臓が高鳴った。
今は嫌われているとはいえ、レクスの目の前にいるのは「初恋の女の子」なのだから。
そんなレクスの紅に染まった瞳を、カレンは真っ直ぐ見ながら手を離した。
「……それでは、早速初めましょう。私の舞踏は、本の記述と照らし合わせれば、完璧だと自負できます。」
「……いや、そりゃ無理があんだろ。全く違うもんに俺は見えたけどよ。カレンが踊っているのは、なんかの儀式かと思っちまったくれぇだ。」
「は、はぁ!? そんなこと、あるはずがありません! わ、私のステップや指の動きは、完璧だった筈です!」
「自覚、なかったんだな。カレン……。」
そんなカレンに向かって、レクスは苦笑と共に小さく鼻から息を吐いた。
レクスが見たカレンの「舞踏」は、明らかに舞踏ではない「何か」だからだ。
おそらくカルティアたちでも、異様なその「舞踏」を見たら、首を傾げるに違いなかった。
レクスが言い表すなら、「別の国の伝統舞踊」としか思えなかったそれを、カレンは本気で「舞踏」と思っていた事に、レクスは可笑しくて少し笑ってしまった。
「……な、何が可笑しいんですか?」
「悪ぃ悪ぃ。……つい、な。……なら、練習を早速始めっか。」
そのまま、レクスは姿勢を正して膝を着くと、仰ぎ見るようにカレンを見つめる。
天に向かうように再び、手をカレンに向けて伸ばす。
声色を整え、口を開いた。
「……どうか、俺と踊っていただけますか? ……カレンお嬢様?」
カレンを見上げ、にこやかにはにかんだ。
そのレクスの振る舞いは、貴族の子息にすら思える程に整ったもので。
レクスの姿を目にしたカレンは、ぱっと目を見開いたかと思えば、一瞬で頬を染め上げた。
「は……はい。こ、これは練習……これは練習……。な、なんですかこの……感覚は……?」
言い聞かせるように呟くカレンだったが、ゆっくりとレクスの手を取った。
そして、その日を境に。
レクスとカレンによる極秘の舞踏練習がはじまったのだ。
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