高鳴る想い
そうして、時は現在に戻る。
レクスとカレンの二人は舞踏の練習を始め、三日程たっていた。
二人で手を繋ぎ合わせ、身体を抱き寄せ顔を突き合わせる。
カレンの胸元は豊満であり、レクスの胸板に触れてしまうのは仕方のないことだった。
カレンは僅かに眉を寄せ、困ったような顔を浮かべて頬を熟れた林檎のように染める。
やはり「勇者」と乱痴気騒ぎを経験していても、異性の身体に触れるというのは恥じらいがあるらしかった。
だが、レクスは真剣な眼差しで、カレンの顔をじっと覗き込むように深紅の瞳を向けていた。
だが、心拍が昂ぶっているのは間違いなかった。
カレンと繋いだ指の脈拍が、早まっていた。
レクスはカルティアやマリエナと舞踏の練習をしていく中で、どうにか触れ合う柔らかさに耐えられるようになっていた、と言えるだろう。
いちいち赤面し、動きがぎこちなくなってしまえば練習にもならないからだ。
ふぅ、と息をつくと、そのままカレンと同時に一歩を踏み出した。
流れる音楽などはなく、そよ風の吹き抜ける音すら鮮明に聞き取れる静寂の中で、二人は舞踏の練習を始めた。
一歩、二歩、三歩。
互いに歩幅を合わせ、ステップを刻んでいく。
二人は顔を見つめながら、呼吸を一体化させるようでもあった。
合わせた呼吸で、転ばないように足を動かしていった。
激しい動きではないが、慢心して気を抜くと、すぐに足を縺れさせて双方転んでしまうのだ。
「いち、にぃ、さん。いち、にぃ、さん……。」
レクスの声に合わせ、カレンはレクスの動きについていく。
まだ練習を始めて三日程しか経っていなのだが、レクスの動きを真似することで、カレンは三日前の動きとは様代わりしていた。
まだ拙く、覚束ない足取りはあるものの、三日前のカレンとは全く別物の動きと言っていいだろう。
レクスもカルティアやマリエナという、幼い頃から指導されて来た面々に舞踏を習っているのだ。
身体に染みつける、というレベルまでとはいかないが、それでも非常に安定して舞踏のステップを踏んでいく。
そんなレクスの目は下心などで垂れ下がったり、おちゃらけたように軽薄な笑みを浮かべたりはしていない。
真っ直ぐカレンの目を見つめ、その心の中を見抜くような眼力を、ありありとカレンは感じていた。
◆
(……不思議、ですね。腹立たしいのに……、見ているだけで苛つくのに……。目が、離せません……。)
レクスの目を見つめ返しながら、カレンはふと心に過る。
レクスの視線から、カレンはどうしても目が離せなかった。
心がざわめき、何処かむず痒いようではっきりしないその感覚が、なぜか嫌ではなかった。
苛立ちや腹立たしいような怒りもあれど、それに勝る不思議な心地よさが、カレンの中に芽生えていたと言っても良かった。
夜の静寂に、砂と靴の擦れ合う音が響きわたる。
だが、誰も聞いている人間などいない。
レクスのステップが、カレンのステップと合わさったことで砂と擦れ合う音がずれることはなかった。
カレンに、レクスが合わせているのだ。
同時に、カレン自身もレクスのステップに合わせることが苦ではなかった。
身体を動かすと、その通りにレクスが合わせる。
レクスの動きに、カレンもついていく。
(……幼馴染、だからでしょうか? ……すごく、自由に動けます。)
幼馴染、という所以か。
二人の身体がまるで一つになったかのような感覚さえ、カレンは感じ取っていた。
そんなレクスと目を合わせると、自分まで心臓の拍動が早まっていくのだ。
「勇者」であるリュウジを見た瞬間に感じた「好意」とは、全く異なるその感覚に、カレンは戸惑うしかなかった。
あちらが超高火力の炎の熱だとすれば、レクスに感じるのは焚き火のような優しい暖かさであった。
ずっとこうしていたい、とすら思えるほどに。
カレンは抗えず、レクスから感じる「親近感」のような何かを受け入れていた。
レクスとカレンのステップは、徐々にその速度を増していく。
誰もいない修練場の中で、二人きりという非日常さがそう思わせているのかもしれない、と。
紅く染まった頬と熱を帯びた眼差しを、カレンはそう誤魔化していた。
カレンは心の中にあるつっかえが、これ以上気づいてはならない、と言っているような気がしていたからだ。
眼前に迫る、レクスの整った顔立ち。
頬に触れる暖かい息遣いに、カレンは一瞬、どきりと心臓が跳ねた。
(……ちがい、ます。リュウジ様、とは……。すごく優しくて、熱い眼差し……。私を見てくれる、真っ赤な瞳……。)
そう思った瞬間。
レクスを見ていた不注意もあったのだろう。
ずるり、と。
カレンの足が、砂にとられた。
「あっ……!?」
はっと気が付いても、それは後の祭りだ。
身体が傾いていく感覚に、カレンは抗う術を持ち合わせていなかった。
足が地面から浮かび上がる感覚。
そのままであれば、背中から地面に叩きつけられてしまうだろう。
そのままであれば、の話だが。
「カレン!」
レクスの叫ぶ声。
繋いだ手がカレンを引き寄せ、腰に反対の手を回したレクスに、その身を抱き寄せられた。
引き寄せられた途端に感じる、互いの体温。
その感覚が、カレンを現実に引き戻した。
「ふぅ。びびったぁ……。大丈夫か? カレン。」
レクスは抱きとめたカレンに安堵したのか、溜息を一つ溢した。
心配したように、眦を下げてカレンの顔を覗き込む。
「ひゃ……ひゃい!?」
「ひゃい?」
カレンの顔は、沸騰したように染まり上がっていた。
レクスに驚き、かっと目を見開いてレクスを見つめ返している。
当然だ。
レクスの腕や掌、身体から感じる熱に、カレンは浮かされていたのだから。
どくん、どくんと跳ね上がる心の鐘は鳴り止まなかった。
「だ、大丈夫です。……すみません、ぼうっとしてしまいました。」
「そっか。……いきなり倒れこむかと思って、吃驚しちまった。……とりあえず少し、休むか。続けっぱなしなのもいけねぇしよ。」
「は、はい……。」
くしゃりとした活発で優しい笑顔を浮かべるレクスに、カレンは真っ赤なままで頷く。
レクスがカレンの身体から手を離しても、カレンの心拍は収まる様子もなかった。
(……一体、なんででしょうか? あの男はただの村の幼馴染で、私の身体だけを厭らしい目で見ていた無能の……筈……。私もあの男に惚れていたのは間違いだった……のに……。)
カレンはその場に立ち尽くし、レクスの顔に目を向ける。
レクスはカレンを気遣うように、朗らかな笑顔をカレンに返していた。
「……ん? どうした? カレン。……疲れてんのか?」
「……いいえ。何でも……ありません。」
高ぶる鼓動を抑え込むように、カレンは俯く。
頬に孕んだ熱は冷めやらない。
何故か、レクスを直視できなかった。
(……何ですか、この感情は……!? 私の運命の人は、リュウジ様のはずです。……なのに、何で……?)
幾ら心の中で問いかけても、答えなど出てこなかった。
リュウジから掛けられる声を嬉しいと思う自分がいるのは間違いない。
だが、目の前のレクスと踊っているときの胸の高鳴りなど、リュウジからは感じた事などなかったのだ。
(……一体、これは何なのでしょうか……?)
答えの出ない問いに悶々としながら、カレンは自問を続けるしかなかった。
考え続けるカレンに、眉を下げたレクスが歩み寄る。
「本当、どうしたんだ? ぼうっとしてるなんて、やっぱし疲れてんだろ? ……今日はもう、休んだがいいんじゃ……。」
「い、いいえ! 続けます! 折角の貸切時間が勿体ないですから!」
「お、おう……!? そこまで言うなら……。あんま無理して欲しくはねぇけどよ。」
「む、無理なんてしてません! まだ続けられます!」
カレンの剣幕に、レクスは戸惑いつつ肯いた。
何故か二人きりで踊るこの時間を、カレン自身が失いたくなかったのだから。
(……本当に、何なのでしょうか。この、気持ちは……?)
だが、その日はカレンがいくら考えても。
頭のつっかえが、その答えを出すことを許さなかった。
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