唯一人の恩人
一方、冒険者ギルドでは。
昼下がりということもあり、クエストボードの前では疎らに人が集まっていた。
めぼしい依頼も取られ、ダンジョンも既に攻略されたと発表されたせいなのか、この時間に集まっている冒険者の数は非常に少なかった。
受付ロビーに備えつけられた、年季がはいって色が褪せた待合テーブルに囲んで座るのは男女四人だ。
四人のうち、二人は男性でもう二人は若い女性。
スキンヘッドのいかつい顔をした男性と、ひょろりと背の高い男性は、お互いにどうしたものかと顔を見合わせていた。
傷だらけのメイルを纏い、盾を背負った禿頭の男性は、ガリズ。
動きやすさを重視したチェストプレートに、槍を背負ったひょろりとした男性は、ニックといった。
二人とも困惑したように、視線を合わせている。
「……何が、起こってんだ?」
「……わかんねっす。アニキ。でも、ハンナとネリーが戻りたいって言ってるのは確かっす。」
二人はこそこそと言葉を交わしながら、対面に座る二人のうら若き美少女たちに視線を向けた。
ガリズとニックの正面に座っているのは、二人ともよく知った人物であり、パーティを脱退した少女たちだった。
二人ともに気不味そうに顔を俯かせ、どんよりとした暗い雰囲気を醸し出していた。
少女のうち、一人は銀髪のベリーショートヘアで、木で出来た簡素な弓を背中に背負っている。
服装も小綺麗ではあるが、冒険者としては軽装だ。
もう一人の少女は黒髪のボブカットに透き通るような紫水晶の瞳をした、ダボっとした白いローブの少女だ。
しょんぼりと俯いた背中には、彼女の武器兼魔獣媒体であるスタッフが背負われていた。
二人とも元パーティメンバーではあるのだが、ガリズとニックには目の前の少女たちの真意を測りかねていたのは言うまでもない。
彼女らは、自らの意思で自分たちのパーティを抜け、勇者のパーティへと行ったのだから。
「……い、一体どうしたっすか? ハンナも、ネリーも。」
「……パーティメンバーを抜けたいって言ったのはお前らだろ? 今更何をしにきやがった? 「勇者」に捨てられて、鞍替えか?」
軽く話を聞こうと口を開いたニックだが、ガリズが厳しい声色で口を挟んだ。
渋くどすの効いたガリズの声に、少女二人はびくりと肩を震わせた。
ニックは慌てたように目を拡げてガリズを見た。
「ちょ、ちょっとアニキ!? 二人にも言い分が……。」
「抜かせ。……俺たちはお前らが抜けた事で死にかけたことだってあるんだ。もちろんそれは実力を見誤って依頼を受けた俺たちが悪いのはわかってる。でもそれで、俺たちは十分に分かったぜ。俺たちの実力が。……Cランクもいいとこだぜ。だがよ、抜けた二人がのこのこと話があるって戻ってきた? そりゃ、俺たちの足元を見て帰ってきてると思われても仕方ねえよ。」
腕を組んだガリズの茶けた瞳は、真っ直ぐ二人を見据えていた。
「ごぉ、ごめんなさぁい……。わ、わたしたちぃ、間違ってましたぁ。……勇者様なんてぇ、もう、嫌ぁ……。あの人、きらいぃ……。」
「……ごめんなさい。二人とも。私たちが軽率でした。恥を忍んで御二人にお伺いします。……私たちを、パーティに戻してはくれないでしょうか。お願い、します。」
「お、お願いしまぁす……。」
ネリーとハンナが深々と頭を下げた。
ネリーは泣きべそをかいて、涙で目元を赤く泣き腫らしていた。
ハンナは唇を噛みながら、目元を下げている。
そんな二人を腕を組んで睨みつけるようなガリズだが、バツが悪いように溜息を零した。
「はぁぁ……。普通なら許さねえ……って言って追い返すところなんだろうけどな。どうも、俺も甘くなったらしい。あいつの顔が浮かんできやがる。……何も言わず、何も疑わずに俺たちを助けてくれたお人好しの顔がよ。そう思うと、お前らにも情けをやるべきだ、ってな。そんなことも考えちまう。」
額を押さえ、ガリズは俯いた二人を視界に収める。
そんなガリズを見て、ニックはにやにやと笑いを零した。
「……素直じゃないっすね、アニキ。パーティに戻ってきてくれるなら大歓迎って、そう言えばいいじゃないっすか。二人とも、怖がらなくて大丈夫っすよ。アニキはこう見えて、二人が戻って来てくれてうれしがってんすから。」
「余計な口叩くんじゃねぇ、ニック! 俺はただ、受けた恩は他人だろうが返すって決めてるだけだ!」
「おー怖い怖い。……まあ、オラはリーダーであるアニキの言う事に従うだけっす。」
「……都合のいい時だけリーダー押し付けやがって、全く。」
にやにやと笑うニックに、ガリズはキッと鋭い視線を向ける。
ふぅ、と一息吐いたガリズは丸太のような腕を組んで二人に向き直った。
「改めて聞くぞ。……お前ら二人とも、またこのパーティに戻りたいんだな?」
「……パーティに戻っても、いいのぉ?」
ネリーが真赤に泣き腫らした顔を上げた。
ガリズは大きく肯く。
「ああ。……今回は特別だ。二度目はねぇぞ。これでも俺は相当怒ってんだ。……あいつに感謝するんだな。あいつが居なきゃ、俺らも死んでたかもしんねえ。これはあいつへの恩返しみたいなもんだ。」
「そーっすよ。二人とも。……オラたちも誰かに助けられたから今があるっす。だから、二人が困ってたら手を差し伸べなきゃって、そう思っただけっすよ」
少し気恥ずかしいのか不貞腐れたように目を合わせないガリズと、にへらと軽薄そうに笑うニック。
「あり、ありがとうねぇ。ガリズ、ニックぅ……。」
「……ありがとうございます。御二人とも。……また、宜しくお願い致します。」
二人を見ながら、ハンナとネリーは深々と頭を下げ続けていた。
「……それにしても、ネリーもハンナも、何があったっすか?」
ニックがふと気になったように、二人に目を向けて尋ねた。
ハンナとネリーの二人は「勇者のパーティに入る」と意気込んで、ガリズたちのパーティから抜けたのだ。
勇者の元から帰ってくるのには理由があるだろう、とニックはふと思ったのだった。
ニックの声に、ハンナが目線を逸らすように顔を上げる。
「このパーティを脱退してから、私とネリーは勇者と合流しました。……ですが、勇者と話したり共に行動することなんて殆どありませんでした。ほぼ、Sランクのミルラさんや黄金百合の皆様、あとは他のAランクの方やばかりと勇者は行動していたのです。私たちは……相手にされませんでした。」
「え? どうしてっすか? 勇者は一杯女性の冒険者を集めてたっすよね? ハンナもネリーも、勇者と何かあったんじゃないっすか?」
「どうやら勇者は私たち以外にも沢山の方を侍らせていたようで……。私たちにお鉢が回ってこなかったようです。私たちと話したり、私たちの元へ勇者が訪問したことは一度もありませんでした。ですがそれでも勇者の寵愛を受けられる、と。あの勇者の誘いに乗って、ダンジョンへと入ったんです。」
ハンナの呟きに反応して、ニックは目を丸くしながら、鼻息を荒げた。
「だ、ダンジョンに入ったっすか!? そりゃすごいっすね! オラたちも行ってみたかったっす。ダンジョンは冒険者の華っすからね! 確か勇者がダンジョンを攻略して、ダンジョンが倒壊したって話だったっすよね。……でも、だったらなんでハンナとネリーが抜けるって話になるっすか……?」
「……ダンジョンを勇者が攻略した? ありえません。華? いいえ、あれは地獄でした。……本気で最初、燃え盛る犬人の牙を向けられたとき、死を覚悟しました。偶々助かりましたけど、勇者は私たちを放っておいた挙句、私たちのすぐ後に脱出しています。攻略が出来るとは思いません。」
語気強く否定するハンナは首を大きく横に振った。
耳に着いた金色のリングピアスが激しく揺れ動く。
ガリズとニックは、訳がわからず首を傾げた。
「そうだったのか? 勇者のおかげでダンジョンに誰も他の冒険者は入れなかったんだ。それに冒険者ギルド側も「勇者が攻略した」って報告をしてたんだぜ? そりゃ、俺たちも勇者が攻略してたって思ってたけどよ。……違うのか?」
「アニキの言う通りっす。勇者がダンジョンを踏破したんじゃないっすか……?」
「違うよぉ。勇者様はぁ、最初にパニックに陥っちゃってぇ……総崩れだったのぉ。だからぁ、私たちも置いていかれちゃってぇ……。すごく、怖かったぁ……。死んじゃうかと思ってぇ……。その時にぃ、今まで見てた勇者の顔がぁ、気持ち悪くなっちゃてぇ……。」
「勇者が気持ち悪い? なんだそりゃ? それに、勇者が総崩れした? 確か勇者と一緒にダンジョンに入ったのって……。」
「五十人……くらいって言ってた気がするっすよ。それが一気に総崩れっすか!? いやはや……初耳っす。それに途中でダンジョンから勇者が脱出してたって……じゃあ、攻略したのは一体誰っすか……?」
ガリズとニックは目を丸くし、互いに顔を見合わせた。
事実として、朝一番に冒険者ギルドは「勇者がダンジョンを踏破したと発表していたのだ。
それに加え、未だに冒険者ギルドからは死者数が公的に発表されていない。
ダンジョンでの死者がはぐらかされていたのだ。
そんな事も知らされないからこそ、冒険者たちの間では「勇者」がダンジョンを攻略したと祭り上げられている状況だ。
勇者の醜態を耳にして、ガリズとニックは揃って不思議そうに首を傾げた。
「おいてかれた……って、じゃあ、二人ともどうやって出てきたんだ? ダンジョンにある転移結晶ってのを自分で探し出したのか? 大したもんだぜ……。」
「ううん、違うのぉ。……わたしたちぃ、その中である人に助けて貰ってぇ、出てこれたのぉ。……かっこ、よかったなぁ……。」
僅かに頬を染め、ネリーがうっとりしたように最後、呟いた。
二人にとって、ネリーがここまで夢心地に浸っている様子は初めての光景だった。
唖然とする二人に対し、コホン、と咳払いを挟んでハンナが続ける。
「偶々私たちと一緒に入っていた男の方が居て、その人に転移結晶まで誘導してもらったんです。最後は囮にまでなって、私たちを逃がしてくれました。」
「……そいつは、すげえな。度胸のある奴じゃねえか。囮なんて早々出来ねえぞ……。」
「すごいっすね。オラにはとても無理っす……。アニキなら出来たっすか?」
「はぁ!? 馬鹿かニック。そんな命知らずなこと、俺が出来る訳ねえよ。……ただでさえお前が危なっかしいんだ。俺の気にもなってみろ、ニック。」
ガリズが側のニックをぺしん、と軽く叩く。
但し本気ではなかったようで、ニックも戯けたように笑う。
よく見慣れたやりとりだったのか、ハンナとネリーもくすりと笑いを零していた。
「はははっ、ごめんっす。……じゃあ、その男の人が二人の恩人って訳っすか。でも、勇者じゃないのによくダンジョンに入れたっすね。その人。勇者かそのパーティじゃないと入れないって話だったっすよ。」
「なんかぁ、特別な依頼って言ってたよぉ。……確かぁ、傭兵さん、だって言ってたぁ。」
「傭……。」
「兵っすか……。」
ネリーの言葉に、ガリズとニックはぴくりと眉を動かした。
それもそうだろう。
彼らは、「傭兵」に助けられたのだから。
そんなガリズたちの様子に気がつく事もなく、「うん」とネリーが首を縦に振った。
間延びした声で、そのまま続ける。
「レクスさぁん、ってぇ、言うんだってぇ……。すっごくぅ、かっこよかったのぉ……。」
レクス。
その名前をネリーから聞いた瞬間だった。
「「あっははははははははははははははははっ」」
ガリズとニック、二人の甲高い笑い声がロビーを揺らすかの如く、周囲に響きわたった。
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