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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第伍章 迷宮の弓命・まもりぬくもの編

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夜空に舞う

 レクスが屋上のドアに体当たりを当てる、少し前。


 病院内の廊下を幽霊の如く彷徨う、少女の姿があった。


 ふらりふらりと足元はおぼつかず、よたよたと右往左往しているような動きで、廊下を闊歩する。


 体幹が定まっていないのか、肩を揺らして首も据わっていないように俯いていた。


 纏まっていない濡羽色の髪をだらりと垂らし、髪の間からは濁った翡翠の瞳がちらりと覗く。


「あはははははは、あはははははは……。」


 口から垂れ流される嗤い声は、力なく感情さえ籠っていない。


 通っていない右腕の袖が垂れ、少女の動きに合わせて揺れ動いていた。


 靴は履いていないらしく、ぺたぺたと足を着く音が静寂に満ちた廊下に響く。


 暗闇に染まった廊下を歩く少女は、端から見れば病院内で亡くなった怨霊のようにも見えたことだろう。


 クオンはあの後、看護師と医者に抑え込まれて闇の魔術「ダークネススリーパー」で眠らされていた。


 しかし、その効きが甘かったのか、はたまた浅かったのか。


 夜の闇に誘われるかのように、クオンはぱっちりと目を覚ました。


 もちろん、壊れきったクオンは寝るだけでその心を回復させる事など出来るはずもない。


 それも魔術で寝かされていただけなのだから。


 部屋になぐり書きのような書き置きを遺して、クオンはふらつきながら部屋を後にし、病院内を徘徊し始めたのだ。


 窓から差し込む月光が、クオンの姿を照らし出す。


 白い院内着を羽織り、残った左手を垂らして廊下を歩む姿を妖しく浮き上がらせていた。


 幽霊の如く歩くクオンだが、時折その首をゆっくりと回して何かを探し求めるような仕草を見せていた。


「……あはははははは……あはははははは……。」


 嗤い声を漏らしながら、暫く歩いたクオン。


 そして、クオンは目当てのものを見つけた。


 僅かに顔を上げ、口元を引き上げる。


「……あった……のです……。はやく、いかなきゃ……」


 それは、上階へ上がる為に備えつけられた木の階段。


 薄暗い廊下のなかでも見つけ出せたそれに、クオンはゆらゆらと足を向けて歩いていった。


 手すりに左手を引っ掛け、身体を持ち上げるように上へ、上へと階段に足をつけていく。


 素足に感じる冷たさも、足がひっつくような感覚すらも、気にしないようにただただクオンは上を見上げていた。


「あははははは……。もうすぐ……もうすぐ……なのです。もうちょっとで、わたしは……。」


 濁りきった翡翠の瞳で上を見上げながら、クオンは愉しそうに嗤っていた。


 ゆっくり、ゆっくりと一段一段を踏みしめていく。


 これから自分が何処に行くのか。


 どのみち、行く先など一つしかない。


 誰しもにとって、遅いか早いかだけの違いでしかないのだから。


 そう思いながら、クオンは階段を登りきる。


 目の前には、無骨な灰色の扉があった。


 ところどころ錆びきった扉の冷たい取っ手に触れる。


 鍵は掛かっていない。


 おそらく看護師がかけ忘れたのだろう。


 今のクオンには丁度良かった。


 取っ手を捻り、重い音を鳴らしてドアを開ける。


 生温かい湿気を孕んだ風が、ぬるりとクオンの頬を撫でた。


 病院の屋上は平たくなっており、シーツを干すであろう物干し竿がいくつか並んで立っていた。


 落ちることを防止する為の木製フェンスに囲われた、一区画。


 それは、「病院」という概念を持ち込んだ異世界の住人が由来で設計された屋上空間だった。


 使い勝手を整える為、屋上の一部を平面にする事でスペースを確保していたのだ。


 扉を開けたクオンを招くように、吹き抜ける風がクオンの髪を包み込む。


 ぺた、ぺたと。


 クオンは屋上のスペースへ足を踏み出す。


 若干の湿り気を含んだ風に煽られ、クオンの来ている院内着がバタバタと靡いた。


 ゆっくりと、上空を見上げる。


 上空には雲の一つすらなく、一面に広がる満天の星空が輝いていた。


 僅かな光を放つ星空と輝く月のコントラストを眼中に収めながら、クオンは溜息を飲み込んだ。


「……きれー、なのです。」


 うっとりとしたような声が、クオンの口から溢れた。


 クオンは、星空が好きだった。


 数多に輝く一つ一つの星は小さく儚そうに見えども、その輝きには一つとて同じものはない。


 闇の中を小さくとも照らし出す星の輝きは、刻一刻と僅かづつ変化を重ねる。


 よく、兄に無理を言って小高い丘に連れて行って貰っては、草原に寝転んで星空を見たものだ。


 草原に寝転ぶと、草のクッションが身体を包み込むような感触を楽しんでいたものだ。


 その感触すらも、クオンのお気に入りだった。


 そんな記憶の中で、ある時同じように寝転んだレクスからの声を、クオンは何気なく覚えていた。


 ◆


『……なぁ、クオン。クオンはどうして……星が好きなんだ?』


 草原で寝転ぶレクスが、隣に寝転ぶクオンへと顔を向けた。


 レクスの声に反応して、クオンもレクスと顔を合わせるように首を向ける。


『急に、何なのですか? 兄さん。』


『あー、いや、ちょっと気になっちまってよ。どうしてなんだろうな、ってな。』


『……あまり、気にしたことはないのです。ただ、こうやって兄さんと星を見てると、落ち着くのです。月と星空が、とっても綺麗なのです。』


『そんなもんか?』


 呆けたような兄の答えに、クオンはムッと口の傍を下げて、じっとりと兄へ視線を移した。


『……兄さんは”ろまんす”という言葉がわかっていないようなのです。』


『いや、知らねぇんだけど……誰に聞いたんだ、それ?』


『カレンお姉ちゃんなのです。……まあ、兄さんだからしょうがないのです。……でも。』


『でも? ……なんか、あんのか?』


 溜息混じりに苦笑しながら、レクスのきょとんとした顔に目を向ける。


 何処か可笑しくて、くすりと笑った。


『……輝くお星様は、綺麗なのです。優しく光って、地上のわたしたちを見守ってくれてる、って。そう、思うのです。色とりどりに光って、亡くなった人たちがわたしたちを見つめているって、お母さんに聞いたのです。』


 それは、クオンがシルフィに聞いた、エルフの言い伝えだった。


 クオンの答えに、レクスも満天の星空を見上げる。


『……そっか。じゃあ、あのばあちゃんもあの星のどっかに居るんだろうな。俺の事も、見守ってくれてんのかね。』


 クオンの答えに、レクスはにぃっと笑みを零した。


 クオンは、レクスの心から滲み出るような笑顔が好きだった。


 どきり、と心臓が湧き上がる。


 赤く火照った頬を誤魔化すかのように、クオンは星空を見上げた。


 空に浮かぶ星は、きらきらと色鮮やかに瞬きながらクオンの目に光を映し出していた。


(……わたしの想い、いつか兄さんに届いて欲しいのです。)


 目を閉じて、願いを込めた。


 クオンがそう思いながら夜空に向け、目を開けた。


 瞬間。


「あっ……珍しいな。」


 隣でレクスが声をあげた。


 それは、夜空に一瞬だけ描かれた光の軌跡。


 流れ星だった。


(……もしかして、本当に叶う……のです?)


 そう思い、胸が高鳴った。


 それこそがクオンの頭に残る、星空の記憶だった。


 ◆


 あの時はあのように願ったのに、その願いはついぞ叶うことはなかった。


 叶わなかったのではない。


 自分自身がゴミのように放り捨ててしまったのだから。


「あは……あはははははは……あははははは……。」


 乾いた嗤い声が、その場に虚しく響く。


 目の端には輝く雫を溜め込んで、空を仰いだ。


(……わたしも……、もうすぐあっちにいくのです……。)


 夜空の星を仰ぎ見ながら、クオンはふらついた足取りで木の柵へと進み出した。


 数多の星の光を受けながら、しかし急ぐ様子も無く。


 長い髪を振り乱して、前へと歩いていく。


(……おほしさまになれば……にいさんをみていてもいいのです……。)


 エルフの言い伝えになぞらえ、クオンは死ぬことで星になろうとしていた。


 星になってレクスを見つめるだけならば、誰も文句をいうことも無い。


 誰からも嫌われるなんて事も無い。


 いいように利用されるという事も無いのだ。


 あの空の上こそが自身の居場所なのだ、と。


 破綻し、狂乱したクオンはそこに居場所を求めた。


 肌を撫でる生温かい風も、ベタついた床もクオンにとっては気にする程でもない。


 ただレクスの傍にいる資格がないのなら、せめて遠くから見つめていたかった。


 木製のフェンスに辿り着くと、クオンは左手を掛けてよじ登る。


 上手いこと姿勢を崩さずに、フェンスの上に立ち上がった。


 下から吹き上げる風が、クオンの髪と服を激しく踊らせるように靡かせる。


 このままクオンが前に踏み出せば、翌朝には《《血の海に横たわるクオン》》が発見されるだろう。


 地面にぶつかったら、痛いのだろうか。


 流れる血は、苦しいのだろうか。


 だが、そんなことよりも。


 クオンは自分の居場所がない方が、よっぽど痛くて苦しかった。


(……かきおきは、おいてきたのです。……もう、わたしは……つかれちゃったのです。)


 そのままクオンは、手を広げた。


 バタン、と後ろで音が聞こえた。


 おそらく風が吹いて扉がしまった音だろう、と。


 そんなものに、怯える訳にはいかないのだ。


「……さよなら、なのです。」


 口に含むように、ぽつりと呟く。


 怖くなど、なかった。


 身体の重心を前へ倒す。


 びゅう、と吹きすさぶ風の中。


「クオンッ!」


 誰かの声が聞こえたような気がした。


 しかし、倒れゆくその身体は止めようがない。


 クオンは、その身を投げ出した。


お読みいただき、ありがとうございます。

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