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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第伍章 迷宮の弓命・まもりぬくもの編

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書き置き

 部屋の中に、クオンの姿はない。


 その事実にレクスは戸惑いを隠せなかった。


 部屋の中へと足を踏み入れ、隅々まで内部を見渡す。


 だが、クオンが隠れている訳でもないだろう。


 隠れる場所も無ければ、隠れる理由すらないからだ。


 レクスが部屋にくるという事も考えることは出来ないだろう。


 病室の作り自体はレクスの部屋とほぼほぼ変わりがない。


 暗い室内も、窓から射す月の光も。


 全て同じだった。


 特に変わった様子すらもない。


 シャワーを浴びる為に病室の外に出ている……というのも考えられなかった。


 今は消灯時間であり入れる訳も無いだろうからだ。

 不思議に思いつつ、レクスは首を傾げて辺りを見渡した。


「部屋……間違えたか? でも、アオイがここだって言ってたしよ……。アオイの勘違いか? いや、アオイだったら誰かに聞くだろうしよ。嘘なんか吐いても仕方ねぇ筈だ。……どういうこった?」


 独り言を呟きながら、レクスはベッドへと近寄る。


 ほんの僅かにぎぃ、と床の軋む音があるが、それだけだ。


 他には何の音すらもしなかった。


 聞こえるとすれば、夜空に響く鳥の鳴き声位なものだ。


 ベッドの側に目を向けた。


 服が丁寧に折りたたまれて、ベッドサイドの木製テーブルに置かれていた。


 衣類の一番上には、ダンジョン内でつけていたクオンの胸当てが載せられていた。


「……服はあんのか。」


 そう呟きながら、ベッドの上に掌をのせる。


 ベッドの上はくしゃくしゃになるほどシーツに皺が寄っていた。


 ゆっくり載せた掌に、ベッドに籠った熱を感じ取る。


 それは、今しがたまで誰かがベッドの上で寝ていたことを示していた。


「……さっきまで、クオンはここにいたのか。でも、一体何処に行ったんだ? トイレ……とかか? 」


 ベッドに残った熱にレクスは更に眉を顰めた。


 特に部屋が荒れている様子も無い。


 誰かに連れて行かれたという事もないだろう、と。


 レクスの目に映る状況がありありと物語っていた。


 ベッドの上に敷かれたシーツが荒れているのは、クオンが寝ていたからだろう。


 暴行や誘拐という事は考えにくかった。


 そう考えれば、クオンは少し前まではここにいた、という事になる。


 衣服がここにあるということは、少なくとも部屋が間違っていたという事はないだろう。


 レクスはふぅと大きく溜息を零しながら、ベッドから手を離した。


「……杞憂、だったか? でも、なんでクオンは部屋にいねぇんだ……?」


 僅かに部屋を離れているだけ、であればそこまで心配するほどのこともないだろう。


 少しモヤモヤとした感情にレクスは訝しむも、くるりとレクスは踵を返した。


 ぺたぺた、と足の裏がひっつくような床の湿気が、何処となく不快だった。


 ずっとこの部屋にいる訳にもいかない。


 いたらいたで締め詰めを喰らうことは間違いがないのだから。


 そう思いながら、レクスは部屋の引き戸に手をかけた時だった。


 ふと、通り過ぎようとした目の端に何かが映る。


 月光を受けて、暗闇の中にぽつんと木製の丸テーブルが浮かび上がっていた。


 その丸テーブルはレクスの病室にもある、病室に備えつけられた品だった。


 わりと新品に近い丸テーブルなのか、光沢が際立っている。


 レクスの目に留まったものは、丸テーブルの上に置かれていた。


 それは、一枚の白い紙切れ。


 傍にはペンとインクが置かれている。


 これ自体も、レクスの入院している部屋にはあったものだ。


 だが、その紙切れを遠目で見た途端、ざわざわと心臓を撫でられたような、レクスは妙な胸騒ぎを覚えた。


 引き戸から手を離し、少々早足でテーブルに向かう。


 木の板を組み合わせて簡易的に作られたようなテーブルの上には、確かに一枚の紙とインクと黒く染められたペンが載せられているだけで、後は何もない。


 しかし、紙を見たレクスは目を見開いて絶句するほかなかった。


 すぐに身体を翻すと、病室の引き戸をそのままに、病棟の廊下に飛び出た。


 足音が鳴るのも厭わないとばかりに、駆け出す。

 目を吊り上げ、唇を噛み締めて。


 レクスは腿を伸ばして、床を蹴りこむ。


「……駄目だ、クオン。……それだけは、するんじゃねぇ!」


 レクスは焦りながら、クオンに届かぬ声を呟く。


 ぞわり、とレクスの背筋が恐怖で震えた。


 最悪の事態だけは、回避せねばならない、と。


 今すぐに、レクスはクオンを探し出さなければならなくなっていた。


 ベッドにはまだ温もりがあったことから、遠くには行っていないだろう。


 まだ、病棟からは出ていない筈だ、と。


 そう信じて、レクスは風のように廊下を駆け抜ける。


 急がねばならなかった。


 何故なら、病室に遺されていた紙切れに二言しか書かれていなかったのだから。


 書かれていた言葉は、たった二言。


 かなり字体が崩れており、幼児の落書きのようにも見えた。


「ごめんなさい」。


 そして。


「さよなら」。


 その二言だけだった。


 これらの文字列を見て楽観するほど、レクスは呆けてはいない。


 むしろその二言の意味を考えれば、先程レクスの背筋を駆け抜けた鳥肌の正体など、自ずと分かりきっている。


(……くそっ! 本当にそれだけは……それだけは駄目だ! クオンは一体、何処に行った……!?)


 この時間の病院内で、あまり派手に駆け回る事など出来ない。


 素足に冷たい床が触れ、夏の夜の湿気がレクスの足を止めるようにベタついていた。


 幸いなことに、レクスは靴を履いていない。


 どたどたと床に音が響かず、レクスが廊下を駆け抜けている事など入院中の患者は誰も気が付かないだろう。


 少しでも手がかりを掴む為、走りながらもつぶさに目を配った。


 しかし、クオンの手がかりになりそうなものは見つからない。


(……何処だ!? クオン! 早く、見つけねぇと……。手遅れになっちまう!)


 そんなことを思いつつ、レクスはちらりと視線を横へと向けた。


 特にクオンの手がかりになりそうなものは、廊下の何処にも落ちていない。


 だが、レクスの視界の端に映った、あるものにレクスは目を留めた。


(これ、は…。)


 ピタリ、と足を止めた。


 レクスの瞳に映ったのは、階段だった。


 上階に上がる為のごく普通の階段だ。


 上を見上げる。


 踊り場にクオンの姿は見られなかったが、ふと。


 レクスはクオンの好きなものを思い出した。


(……そういや……クオンは星が好きだったな……。ってことは……屋上か!)


 それは、半ば直感に近かった。


 レクスはポケットの中に手を突き込み、ポケットの中のものを確認する。


 指先に、乾いた木の感触が触れた。


 忘れてはならない。


 それは、クオンが持つべきものだからだ。


 レクスはそのまま方向を変えて、木で出来た階段を駆け足で駆け上がっていく。


(……頼む……! 居てくれっ! 俺が行くまで……死ぬんじゃねぇ!)


 冷え切った木造の階段を、裸足のレクスは鬼気迫る形相で踏みつけて屋上へ向かう。


 上がる息など、ものともしない。


「頼む……頼む……頼む!!」


 無意識の内に、レクスの口から言葉が漏れた。


 それは何処か、天に願うように。


 祈るように呟きながら、手すりを掴んで上へ上へと駆けていった。


 そうして幾段も昇った先に、鋼鉄製の古びたドアがその姿を現す。


 僅かに開き、隙間が出来ていた。


 迷っている暇など、何処にもなかった。


 体当たりを扉にぶつけるように、身体を扉へとぶち当てる。


 がん、という金属の音が響くと、涼しい夜風がレクスの顔全体を包む。


 そして、扉の先に出たレクスの視線の先で。


 バサバサと音を立て、濡羽色の長い髪が舞い、白い薄手の服は何も通していない右側の袖が靡く少女が一人。


 飛び立つ寸前の天使がそこに立っているようにも見えた。


 レクスに背を向け、建物に設置された華奢な木のフェンスの縁の上に、その少女は真っ直ぐ立っていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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