代償と契約
「魔獣の……指輪?」
直球な名前に、レクスは眉を顰めた。
名前もだが、カルティアが言ったその効果にレクスは引っかかったのだ。
一生の契約。
それはとてつもなく重いものだと、レクスは感じ取っていた。
一方、キューは何を言われたのかさっぱりわかっていないように、きょとんと目を点にして浮かんでいた。
怪訝に眦を下に向けるレクスに、カルティアはこくんと肯く。
「ええ。「魔獣の指輪」。魔獣との契約に使われる指輪ですわね。わたくしも詳しいことは存じ上げていませんわ。でも、効果は先程言った通り、「魔獣と一生をかけた使役契約を行うもの」と聞いていますわね。」
「使役契約……? 奴隷の首輪みたいなもんか?」
レクスの声に、カルティアは首を横に振った。
「奴隷の首輪とは少々……いえ、かなり趣が異なりますわね。奴隷の首輪は、精神も含めて完璧に隷属させるもの、として扱うものですわ。一方の魔獣の指輪は、「あくまで魔獣にお願いをして手伝ってもらう」というものですわね。」
「そうだね。カルティアちゃんの言うように、ビッくんが近いかな。わたしもビッくんを操れる訳じゃないからね。あくまでビッくんがわたしを助けてくれるだけだし。ね、ビッくん?」
カルティアに続いて、にこにこと笑みを浮かべるマリエナが肯くと、ひょいとビッくんの丸い身体を抱え上げる。
どうやらずっと足元にいたらしい。
黒く丸いフォルムのビッくんはマリエナに抱え上げられるとレクスを見てふりふりとちっこい手を振っていた。
無邪気なビッくんの表情にレクスは少しだけ、笑みがこぼれた。
カルティアもくすりと一瞬微笑む。
「マリエナさんの使役されるビッくんは、「ダークネスサーヴァント」によって呼び出された魔獣になりますわね。ですが、「ダークネスサーヴァント」ともその指輪は少し異なるものになりますわ。」
「同じじゃ……ねぇのか?」
「ダークネスサーヴァントは、呼び出した人の魔力を産まれた直後のまっさらな核に宿すの。だから、ある意味その人の忠実な使い魔になるんだよ。自我はあるけど、基本的には従ってくれるの。だから、自分の魔力を分け与えることも出来るんだ。」
「マリエナさんの仰る通りですわね。その「魔獣の指輪」は、契約者の魔力を分け与えて使役するものになるのですけれど、分け与えるのは既存のものですわ。既に持っている核に魔力を分け与えるものですから、絶対服従には程遠いですわね。意思疎通が困難な魔獣や凶暴な魔獣と契約してしまうと、大変なことになってしまいますもの。」
「そりゃ……そうだよなぁ。町中で暴れられたらかなわねぇしよ。」
カルティアの言葉に、レクスは契約した魔獣が王都に入るとどうなるかを想像する。
小鬼や犬人ですら厄介だが、阿楽祢や番犬などと契約してしまえば、大騒ぎで済めばいい方だろう。
そう思うと、宝物庫に収蔵しておくのがぴったりな品物のように思えた。
呆れたように溜息を零すレクスに、カルティアは腕を組んで声を続ける。
たゆん、とした立派な双丘が腕に乗っていた。
「それもありますけれど、厄介なのは利益以上に不利益が多いことですわね。」
「不利益?」
「そうですわ。その指輪ははめたら最後、一生外せないものになってしまいますの。ですから、一回契約した魔獣とは、契約の解除が出来ませんわね。一応、出来ないことはありませんけれど……。更に厄介なのは、はめて居なくとも契約は出来る、ということですわ。契約してしまえば、次に誰かが触れた途端、指輪が勝手に契約者にはまってしまう、と聞き及んでいますわね。」
「まじ……かよ。それじゃ……。」
「え? ぼくとレッくん、ずっとこのままなの?」
目を見開いたレクスとキューの声に、カルティアは真面目な表情で大きく肯いた。
「そう、なってしまいますわね。契約の解除は、どちらかが死んだ場合のみとされていますわ。ただし、契約者と契約魔獣は双方、相手を殺すことは出来ないそうですけれど。」
カルティアの説明に、レクスとキューは顔を見合わせる。
双方とも、「とんでもないことをしでかしてしまった」と言いたげに眦がひくついていた。
キューの頬は、何処となく赤色に染まっているようにも見えた。
互いに、死なねば離れることが出来ない、と言われているのに等しいからだ。
驚愕の表情を浮かべながらも、レクスはカルティアへと顔を向け直す。
「……他に、不利益ってあんのか?」
「わたくしが知る限りでは、「魔力を吸い続けられる」というものもありますが、これに関しては不利益とも言えませんわね。微々たる量ですもの。人間やエルフであれば寝ることで回復する量の方が圧倒的に多いですわね。」
「そうか……。でも、何で俺はキューと契約しちまったんだ?」
「……そこですわ。わたくしも気になっておりましたの。」
レクスが不思議そうに首を傾げた途端、ピキッとカルティアの額に青筋が浮かぶ。
カルティアは笑顔を浮かべているが、周囲に放たれた怒りの炎が浮かび上がっているようにも見えた。
明らかに怒っている。
そうとしか言えない雰囲気に、レクスは震える。
背筋には鳥肌が立っていた。
それはキューも同じだったようで、アワアワと口元を押さえていた。
「か、カティ?」
「……契約の方法は、契約者の体液が魔獣に触れ、取り込まれること。そして、契約者が魔獣に対して何かを強く望むこと……。キューさんに何をなさったのか。何を、お望みになったのか、お聞かせ願いたいですわね? レ・ク・ス・さ・ん?」
カルティアは、にこにこと笑っている。
だが額の青筋が浮き出ており、目は一切笑っていない。
レクスの背中は既に鳥肌で一杯だった。
更には、カルティアだけではない。
アオイは目元が影で隠れておりその表情を推し量ることは出来なかった。
だが、その湧き上がる威圧感はレクスが今までに出会った魔獣の誰よりも怖かった。
マリエナとレインもじっとりと目を細めていた。
全員の視線に顔を引き攣らせながらも、レクスの答えは既に決まっている。
(……勘違いさせちまったのは、事実だからな。)
頭を只管、下げるしかない。
カルティアたちを不安にさせた上、契約があったことは事実なのだ。
そう思い、実行に移そうとした。
その時だった。
「ご、ごめんなさい! れ、レッくんは悪くなんてないから! ぼくが、悪いんだよぅ……。」
傍で放たれた声に、レクスは目を点にして振り向く。
キューが力なく翅をだらんとたらし、目を伏せていた。
唐突なキューの声を意外だと思ったのは、四人も同じだったらしい。
四人とも顔を上げ、キューに視線が集中していた。
「キュー……?」
「あのね……ぼくがレッくんたちと会って舞い上がっちゃったのが原因なんだよぅ。……レッくんたちと離れちゃうと、ぼく、一人ぼっちになっちゃうから……。だからレッくんに覚えてて貰いたかったんだよぅ……。またあの寂しい空間で一人ぼっちなのは、辛くて……。き、キスすれば覚えて貰えると思ったんだよぉ……。ご、ごめんね、レッくん。そんなつもりじゃ……ごめんなさいぃ……うぇ……ぇぇぇ……。」
堰を切ったように、ぽたぽたとキューの眦から雫が零れ落ちた。
零れ落ちた雫は白いシーツに小さな染みを拡げていく。
拳を握り締め、嗚咽に合わせて肩を揺らしていた。
「キュー……。」
「ごめん、ねぇ……レッくん……ぼくの……せいで……。」
大粒の涙を流すキューの姿に、レクスも胸が痛かった。
さもありなん、と言うべきだろうか。
誰もいないダンジョンのような場所を延々と彷徨う怖さと心細さは、レクスも充分にわかっている。
キューはその中で取り残される恐怖を恐れ、せめてもの想いでレクスの思い出になれればいい、と。
自分を覚えていてくれる人がいれば希望が残る、と縋り付きたかっただけなのかもしれない。
だがレクスにとって、キューは一緒にダンジョンを攻略した仲間であることに変わりないのだ。
ぐすぐすと泣いているキューに声をかけようとした時、「ふぅ……」と諦めたような重なった溜息の音が、レクスの耳に入った。
「……まあ、レクスさんですものね。」
「…レクスはレクス。…仕方がない。」
「あはは……レクスくんだもんね。」
「あちしたちのレクス様は、そういうお方です。」
「うぇぇ……」と泣きじゃくるキューを目にして、四人とも一斉に溜息をついていた。
「皆……どういう、こった?」
怪訝な目を見せるレクスをよそに、キューにカルティアが歩み寄る。
キューの視線の高さまでかがみ込むと、眦を下げて優しく微笑んだ。
カルティアの顔を見て、キューは赤く腫れた目を上げる。
「怖がらせてしまって、申し訳ありませんわ。……わたくし、カルティア・フォン・グランドと申します。……カルティアで結構ですわ、キューさん。わたくしは、レクスさんの婚約者の一人になりますわね」
「え……うん……?」
「キューさんがレクスさんにキスをしたことはアオイさんたちから聞き及んでいますわ。貴方を責めるつもりはありません。怖がらせてしまった非礼はお詫びいたしますわね。ですので……。」
カルティアは微笑みながら、キューの前に右手を差し出す。
キューはカルティアの態度に驚いたのか、涙を引っ込めてカルティアの冷氷の瞳をじっと見つめていた。
「これから、よろしくお願いいたしますわね、キューさん。」
差し出されたカルティアの手を、キューはどうすれば良いのか分からないようにおろおろと首を動かした。
だが、覚悟を決めたように。
おそるおそる、その指を握り返した。
「よ、よろしく? カルティアちゃん……?」
「……うふふ。よろしくお願いいたしますわ、キューさん。……やっぱり、貴女もそうですのね。本当、罪な方ですわね。」
「え? 何が……?」
「貴女が、とてもレクスさんを想っていらっしゃる、ということですわ。……仲良く、致しましょうね。キューさん。」
「う、うん……よろしく……?」
カルティアの言葉にどうもピンと来ていないのか、キューは不思議そうに首を傾げていた。
そんなキューの顔を見て、レクスはほっと胸を撫で下ろした。
一先ず、レクスの嫌疑は張れたということに安堵していたのだ。
そして、もう一つ。
(……カティ、心配しすぎだろ……とは、言えねぇよな。)
そう思い、レクスは小さく苦笑いを浮かべた。
カルティアの「スキル」は「読心」。
相手の気持ちや思考を読めてしまうスキルだ。
カルティアがキューに握手を求めたというのは、レクスに害意がないか確認する為ということも若干含まれているだろう。
カルティアのスキルは、ある意味レクスの防波堤なのだ。
そんなカルティアを見ながらも、レクスは周囲をきょろきょろと見回す。
カルティアたち以外に人はいなかった。
「…レクス、どうしたの?」
きょろきょろと辺りを見ているレクスが気にならたのか、アオイがじっとレクスを見た。
アオイに視線を合わせ、口を開く。
「いや、ふと気になったんだけど……今、どのくらいの時間なんだって思ってよ。」
「…丁度、夕刻位。…レクスが倒れて、一日は経っていない。」
「そう、なのか……。そういえば俺が倒れた時、傍でクオンも居ただろ? クオンは、どうしてんだ?」
レクスがクオンの名を言った瞬間。
アオイは少し気不味そうに、視線を逸らした。
どうやら他の皆も同じようで、視線を落として俯いていた。
キューは知らないようで、訳もわかっていないようにきょとんと全員を見渡す。
「ど、どうしたんだ? クオンに何か……。」
「……クオンちゃんに、何かあったの?」
「…クオンも入院中。…だけど。」
アオイが言いづらいように、重ためな口を開いた。
次の言葉に、レクスは目を見開いた。
息を、呑んだ。
呑まざるを得なかった。
「…面会謝絶。…突然「気が狂った」らしい。」
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