沈むもの
傭兵ギルド名簿に名前が増えたその日。
一日が暮れるように沈む夕陽が差し込むとある部屋。
王立学園の学生寮の一角にある勇者寮で、それは行われていた。
ベッドの傍や上で一人の男に潤んだ視線を送るのは、複数の見目麗しい女性たち。
生き残った「黄金百合」の冒険者たちや教導騎士の二人、さらには王立学園の一年生女子の姿まであった。
みな、衣服を纏っていない。
生まれたままの姿になって、一人の男性を囲んでいた。
多人数の熱気で汗ばむようなその室内には、人間の欲望があふれたような濃い臭いが漂っている。
脱ぎ衣捨てられた衣服や下着が、乱雑なゴミのように散らかっていた。
だが、その場にいる全員は気にも留めていないようだった。
一人の男に群がる女性たちの眼は、とろんと愛欲に蕩けている。
まるで、獲物に集団で纏わりついたピラニアのように、その男を求めていた。
「リュウジさまぁ!」
「リュウジぃ………。」
「リュウジくぅん……。」
「勇者さまぁ……。」
甘ったるい媚びた声が部屋を満たす中、男性は壊れきったように笑みを溢していた。
うわ言のように、声が漏れる。
「あは……あはは……皆、僕のものだ……。絶対に……放すものか……あは、あは……。そう、皆、僕を求めればだいじょうぶだから……。怖い目になんてあわせない……。僕が……皆を敵から守ってあげるからさぁ……。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
リュウジは、壊れていた。
黒い瞳は澱み、ただただその場の快楽を貪り食うだけの人間と成り果てていた。
惰眠を貪り、美食を食らい、美女を味わう。
ダンジョンから戻ったリュウジは、丸二日間もそうやって欲を満たすように過ごしていたのだ。
しかし、どれだけ欲を満たそうと、リュウジは満たされなくなっていた。
今際のディアンの顔が、頭から離れないのだ。
欲望を解き放てば薄れはするが、完全に消える事も無い。
時間が経てば消えない染みのように、表面に浮き上がって来るのだ。
ディアンの柔らかい笑顔の意味が、リュウジには全くわからない。
元々身体だけを求めていたリュウジは、そんな顔を向けられたことがなかった。
どれだけ欲を満たせども、ディアンの笑顔の理由をリュウジは理解が出来なかった。
理由を求めようと、ディアンはもうこの世に居ない。
ぽっかりと胸に空いた穴を埋めるように、ただただリュウジは快楽を貪っていた。
薄笑いを浮かべ、戯言を呟くリュウジの肩に、浅黒い肢体がしなだれかかり、纏わりつく。
裸のリュウジの背中に、柔らかいものが当たった。
「ねぇ、リュージ。」
耳元で可愛らしく、されど艷やかな囁き声が響く。
ノアの声だ。
「リュージはいっぱい気持ちよくなろ? 気持ちよくなれば、忘れられるからさ。「英雄は、色を好む」って言うでしょ? 気持ちよくなれば、リュージは強くなって、誰もが認める勇者になれるんだから。すっきりして、リュージは次の戦いに備えなくちゃ……ね?」
「ああ……うん。そうだねノア……。そう……ノアの言う事に間違いは無いんだ……。ノアは僕を、導いてくれる……。ノアの言う通りにすれば……いいんだ……。」
「そうだよ。リュージはみんなの勇者なんだからさ。次の戦いに向けて、英気を養えば良いんだよ。そうすれば、みんながリュウジが必要になる時が必ず来るはずだから……ね。」
「うん……うん。ありがとう……ノア……。やっぱり君は……僕の女神様だ……。」
「そうそう。私は、リュージだけの女神様だよ。リュージは最強の勇者なんだから。……だから、今は気持ちいいことだけ考えていようよ。リュージ。ほら、みんながリュージを求めて、慰めてくれようと集まっているんだからさ……。」
「そうだね……ノア。僕は……幸せだ……。」
蜜のようなノアの言葉に、リュウジの中で貼り付いたディアンの顔も薄れていく。
甘い、蠱惑的なノアの言葉に、リュウジはただただ流されていった。
リュウジの首元にしなだれかかるノアの湿っぽい吐息に、リュウジの心は蕩かされていた。
そんなノアの口元は、闇に浮かぶ三日月のように吊りあがる。
ほくそ笑むように、されど淫靡に。
リュウジの耳元に息をふぅと吹きかける。
リュウジの身体が、びくんと跳ねた。
「じゃあリュージ……しよ?」
甘い吐息と媚びるような声で、ノアは囁く。
抗うことの出来ない魔の誘惑に、リュウジは首を縦に下ろした。
「うん……ノア。ずっと一緒だ……。」
「……そうだね。リュージ。全部、私に委ねて。」
そして、今宵も淫蕩の宴が幕を上げる。
しかし、その場にはリナも、カレンの姿もない。
ましてやアキナたちの姿も無かった。
だが、そんなものは関係ないと言わんばかりに宴は始まる。
淫らで甘い、熱気と汗が混ざり合った部屋の外で一人、痛ましく顔を歪めている人物の姿があった。
部屋の外にまで、ぱんぱんと肌と肌のぶつかり合う音や嬌声が響く。
だが、その女性が部屋に入る事はない。
青いマーメイドドレスの女性は扉に背を預け、拳を握る。
顔を伏せ、響く淫靡な音を聞いているだけだ。
哀しさを押し込めるように、口を曲げる。
「……目を、覚ましなさい。……リュウジ……。」
嘆きの声は、淫れた狂宴の音にかき消された。
窓から差し込む柔らかな月光が、女性の菫色の髪を照らしていた。
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