断言
『勇者が、ダンジョンから王都へと帰還した』
その報告は王都内を瞬く間に駆け巡り、当然、傭兵ギルドにも届いていた。
報告書を受け取ったヴィオナは、静けさの満ちた執務室で、ぷかりと煙草の煙を上げていた。
ヴィオナが座る後ろの窓からは、いまだに熱い陽の光がこうこうと差し込み、机の上を照らし出ていた。
そんなヴィオナが座る机の前には、一人の男の姿があった。
ヴィオナは灰皿に煙管を立てかけ、ふぅと煙を吐き出す。
煙管の先は、まだ赤く煙草の葉が燃えていた。
「……全く、そんな事だろうとは思っていたよ。火を見るより明らかさね。」
ヴィオナは呆れたようにぽつりと呟く。
報告書から顔を上げ、じろりと目の前の男に目を遣った。
目を向けられた若い男性も、やれやれと溜息を溢す。
しかしその口元は当然だと言わんばかりに上がっていた。
「僕も彼が攻略出来るなんて、毛ほども思っていないよ。でも……撤退の判断は予想外だったね。全滅も辞さずに攻略に挑むものかと僕は思っていたけれど。」
「あの「勇者」とやらが撤退を判別出来るのかねぇ。おそらく、他の冒険者の進言さね。……そんなことが出来そうな奴がそこにいたのかい? エヴィーク。」
ヴィオナに名前を呼ばれ、男性はくすりと笑みを溢す。
勇者のダンジョン攻略失敗を伝える報告書を傭兵ギルドへ持ってきた人物は、エヴィークであった。
エヴィークはくるりと薄く笑みを浮かべ、ヴィオナに向き直る。
「まあ……そうだね。おそらく、Sランク冒険者の女性がそこにいたよ。ミルラ……とか言ってたね。あの女性なら、撤退指示を出せるだろう。他は勇者くんの発言に流されるだろうからね。」
「なるほどねぇ。Sランクの冒険者がいたのかい。その口ぶりでは、まともな奴みたいさね。」
「少なくとも、彼女に悪意は感じなかったけどね。……それにしても、彼がまだ出て来ていないというのは不思議だ。僕としては、彼らと一緒に出てくるものだと思ったけれど。」
「それはアタシも同じさね。何処をほっつき歩いているんだか。」
溜息と同時に吐き出されたヴィオナの言葉に、エヴィークは目を丸くする。
ヴィオナの言葉が予想外だと、そう言っているように。
「おや、彼が死んだとは思っていないんだね。」
「お互い様だろう? お前さんもそう言っているようにアタシゃ聞こえたけどねぇ。」
ヴィオナが得意げに言い返すと、エヴィークもふっと小さく笑った。
「それはそうさ。僕は彼に依頼を受けて貰ったからね。彼が死んだら、依頼料は誰に払えばいいんだい?」
「お前さんの言う通りだよ。お前さんから依頼料を貰ったところで、うちも支払う相手がいないといけないからねぇ。」
クククッとヴィオナも笑う。
エヴィークもヴィオナも、レクスが死んだとは露ほども思っていないのだ。
そんな最中、カンカンと鉄を叩く音がヴィオナの耳に入った。
誰かが、螺旋階段を上がっているらしい。
急いでいる様子で、複数人だとヴィオナは見抜く。
当然、「彼女たち」以外の何者でもないとヴィオナは直感した。
「おやおや、あの子たちかい。情報が早いねぇ。」
ヴィオナの声に、エヴィークも執務室の扉へと目を向ける。
「あの子たち? ああ。レクスくんのガールフレンドか。僕も顔くらいは覚えておこうかな。」
「ほう? どうしてだい?」
「もしもレクスくんが傭兵ギルドを脱退するなら、騎士団に招待しようと思ってるからね。」
エヴィークは、にこやかに笑いながらヴィオナに言い放つ。
戯けたようなエヴィークの眼だが、ヴィオナの眼には嘘には映らなかった。
そんなエヴィークに対し、ヴィオナはふんと鼻で笑う。
「馬鹿も大概にしな、エヴィーク。レクスはうちが面倒を見させて貰うよ。騎士団には勿体ないね。……それに、だ。」
「あはは……。割と本気なんだけどね。それに? 何かあるのかな?」
「レクスの女難は、クロウ譲りかもしれないねぇ。お前さんに御せる奴じゃないよ。」
にししと笑みを浮かべるヴィオナに、エヴィークは意味がわからないと首を傾げる。
とんとんと木の床を軋ませながら進む複数人の足音は、扉の前で静止した。
「お前さんたちがここに来るのはわかっていたよ。入んな。」
ヴィオナが声を上げる。
「……お邪魔、いたしますわね。」
帰ってきた少女の声に、エヴィークは目を点にする。
エヴィークにとっては、ここに居るはずのない少女の声だからだ。
カチャリと扉が開け放たれる。
入ってきたのは四人の見目麗しき華の少女たちだ。
四人は全員、王立学園の制服に身を包んでいた。
先程まで修練の最中だったのか、四人とも僅かではあるものの顔に疲れが見えていた。
真っ先に入ってきた氷青の瞳をした少女……カルティアはヴィオナの横に立っている人物を見て、首を傾げた。
「エヴィーク近衛長?どうしてこのようなところにおられますの?」
「これはこれは……カルティア王女。……なるほど。これがレクスくんの女難、という訳か。確かに彼譲り、かもしれないね。」
うんうんと苦笑しながら、エヴィークは納得したように肯く。
こほんと咳払いをして、座ったままのヴィオナが四人に顔を向けた。
「ところで、アタシに何の用だい? 雁首揃えてくるなんて、聞きたいことがあるんだろう?」
「……勇者がダンジョンから帰ってきたとお伺いしましたわ。レクスさんは……。」
眦を下げて不安げにカルティアは口に出す。
それは、他の三人も同じだった。
「レクスなら、帰ってないよ。」
淡々としたヴィオナの声に、乙女たちは目を大きく見開いた。
「信じ……られませんわ……。」
「嘘……レクス……くん……。」
「そんな……レクス様……。」
「…それじゃ……レクス……は……。」
「早合点は止めな。レクスがそう簡単にくたばるかい。レクスは死んでやしないさね。」
青褪めた顔で涙すら浮かべる四人だが、ヴィオナの声ははっきりとしていた。
まるで、確信があるようだった。
「…なんで、わかるの?」
じっと見つめるアオイの視線に、ヴィオナは含み笑いを浮かべた。
「レクスはうちのギルドメンバーだよ。そう簡単に死ぬような鍛え方はしてないつもりさね。それに……エヴィーク。話してやんな。」
「……全く、ヴィオナさんは変わらず人使いが荒いね。」
エヴィークは苦笑いを溢した。
王国最強の近衛兵長であるエヴィークを顎で使うものなど、ヴィオナくらいなものだからだ。
「脱出した面々から、「魔導拳銃を使うレクスという少年に助けられた」という報告が誰からも上がっているんだ。そして、脱出の直前まで一緒にいたという報告まで上がっている。彼はほぼ無傷だったらしいからね。帰って来ていないということは、死んだというよりも、別の要因が強いんじゃないか……と、僕は見立てているよ。」
「別の要因……それは一体どういうことですか?」
マリエナの声に、エヴィークは少し考え込むような素振りをした。
「考えられることとしてはもう一人、脱出の直前まで一緒にいたのに、帰って来ていない人物がいるんだ。おそらくはその子に何かがあったとみて間違いがないだろうね。彼は、その子を助けに行った。そう考えるのが妥当だ。……まあ、何も知らない人物なら、「レクスくんが功を焦った」とも映るかもしれないけれど。」
「…その子って、誰?」
「勇者パーティの一人で「弓聖」だよ。……確か、名前は「クオン」って言ったかな?」
エヴィークの一声に、カルティアたち四人の顔が強張る。
クオンはレクスの義妹であるという事実を、四人は知っているのだから。
同時に、納得もしていた。
クオンの危機ならば、レクスが立ち上がらない訳がないのだ。
「…そう、わかった。」
くるりと、アオイが踵を返す。
扉へ向かって、歩き始めていた。
慌てたように、カルティアたちもアオイへと振り向く。
ヴィオナがおもむろに口を開いた。
「何処へ、行くつもりだい?」
ヴィオナの声に、アオイは立ち止まった。
「…決まってる。…レクスを助けに行く。…それに、クオンは私の同室。…帰って来て貰わないと、困る。…今度は止めないで。…うちは、行くから。」
振り向かず、答えた。
僅かに震えるアオイの声に、ヴィオナはふぅと溜息を溢した。
「……どうやって行くつもりだい? まだ勇者の辞意が出ていないから、冒険者のステータスカードじゃ入れやしないよ。」
それは、事実だった。
勇者パーティのミルラが王宮や冒険者ギルドと結んだ協定によって、勇者が攻略放棄の意思を出すまで他の冒険者は入れないようになっている。
未だ勇者であるリュウジは、放棄の意思を見せず寮に閉じこもってしまっていたのだ。
つまり、現状冒険者たちはダンジョン攻略に挑むことすら出来なくなっていた。
「…うちなら、隠れて侵入出来る。警備を掻い潜れば、容易い。」
「そんなことをしてみな。お前さんがお尋ね者になっちまうよ。それは、レクスも望んじゃいないと思うけどね。」
「…じゃあ、どうすればいいの! …うちは……!」
ぷるぷると震え、遣り場のない思いをアオイが吐露する。
アオイは口の端をつむり、衝動に耐えているようだった。
そんなアオイの言葉に、ヴィオナは小さく笑う。
「……簡単だよ。四人とも、こっちを向きな。」
ヴィオナの言葉に、カルティアたちは向き直った。
アオイも、堪えたような表情をヴィオナに向ける。
「ステータスカードなんざ、捨てちまえば良いさね。うちは、ランクなんざ、採用してないからねぇ。王宮とも約束なんて結んじゃいない。どうかい?」
ヴィオナが机の上に差し出したのは、二枚の紙。
その紙を目にした瞬間、エヴィークは可笑しそうに口元を上げた。
「なるほど。それなら合理的だ。……ただし、十字架は背負うことになるかもしれないけれど。」
カルティアたちは机に近寄った。
息を、呑んだ。
紙には二人の名前が既に書かれており、後は署名するだけの状態になっている。
「アタシが見初めたんだ。その覚悟は、あるかい?」
口を上げた悪い笑みを浮かべ、ヴィオナが二人を見据える。
こくん、と。
名前が書かれていた二人は頷いた。
「なら、実技試験と洒落込もうさね。見せとくれよ、その想いの丈をねぇ。」
ヴィオナが二人に、ペンを差し出す。
ペンを受け取った二人は、無言で紙にサインを記した。
その日。
傭兵ギルドの名簿に、新たに二名の名前が記された。
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