真紅の激昂
”矢の雨が灼熱の炎で灰になった”
笑われるような、されど圧倒的な生物を超えた力を目の当たりにした一行に、焦りの影が差す。
青白く噴き上がる炎を纏ったまま、番犬は狂気を宿した眼で射手たちに目を向けた。
悍ましい殺意に狂った視線を浴び、射手たちは一斉に怯え竦んだ。
”ガルゥァアアアアアアアアアアアアアアア!”
ダン、と後肢を蹴り出して、三ツ首を揺らしながら番犬が跳びあがる。
射手たちは蟻の子を散らすように、その場から離れた。
そんな射手たちの後ろに控えていたのは、ローブを着用した魔術師たちの集団。
カレンやジーニアを筆頭に組まれた魔術師たちの杖の先が、全て番犬に向いていた。
「アクアバースト! 」
「サンダーバレット! 」
「エアリッパー! 」
「シャインバースト! 」
「ダークネスバレット! 」
数多の魔術師たちの声が空洞内に反響し、一斉に響き渡る。
さながら聖歌の合唱のようだ。
杖の先から魔術の弾や刃が次々と放たれ、極彩の弾幕が番犬に襲いかかる。
水が弾け、雷が舞う。
風が牙を剥き、光と闇を濃縮した光球が次々と番犬に着弾していった。
”グギュルゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ!”
複数の魔術が絡み合う天変地異の真っ只中に巻き込まれた番犬は、魔術の嵐にその身をすり潰されていく。
嵐は跳び上がった三ツ首の番犬を押し返し、その巨軀を黒い窯壁に叩き込んだ。
ドシンという衝撃が、洞窟を揺らす。
番犬が黒い地面に叩き込まれ、怯んだように姿勢が崩れた。
そんな三ツ首の番犬へと向かう影が一つ。
透き通った紅玉のような瞳を真っ直ぐ三ツ首の番犬に向けていた。
破片と共に地上に落ちた番犬に止めを刺そうと、赤いサイドテールの少女が大剣に炎を灯し、魔術師たちの間から駆け抜けた。
リナだ。
「はああああああああああああああああああっ! 」
掛け声と共に、リナは番犬へと疾走していく。
大剣の切っ先が時折地面を擦り、一筋の線を描く。
リナの視線の先には、立ち上がろうと藻掻く番犬の姿。
三ツ首の番犬が纏っていた炎は既に消え去っていた。
番犬の首を穿たんと、大剣の炎はリナの心とシンクロするように燃え上がる。
ダン、と。
リナが地面を踏み切った。
空中で身体を翻し、剣の狙いを研ぎ澄ます。
怒りを込めて、思いきり大剣を振りかぶった。
「皆を……! リュウジをよくも傷つけてくれたわね! 覚悟しなさい!」
リナの大剣の切っ先は纏わりついた熱気すら切り裂きながら、番犬の頭へと迫る。
番犬の中央の頭を狙い、リナは大剣を渾身の力で叩きつけた。
バキリ、と骨を破砕した感触がリナの手に伝わる。
瞬間。
魔獣特有の緑の血が、出口を求めるように間欠泉のごとく噴き上がった。
誰もが、やった、と。
そう思ったことだろう。
リナの一閃が、そのまま地面まで振り下ろされた。
その勢いで、リナは地に足をつける。
風圧でスカートが捲れ上がる中、ふぅと息を吐いた。
「どう? リュウジの痛みを思い知った……? 」
リナは得意げに呟きながら、番犬を見上げる。
「……え? 」
リナの顔が、瞬時に青褪めた。
片目を潰された中央の狗頭が、忌々しいと言わんばかりに皺を寄せ、リナを睨みつけていた。
リナの狙いが、僅かにずれ込んでいたのだ。
それはリナの大剣が当たる寸前、番犬が僅かに首を逸らしたことで斬撃の場所を逸らされていた。
緑に染まった血液が、涙のようにだらだらと滴り落ちる。
”ガルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオ! ”
まるで、地震のように。
空間を大きく、地響きとともに揺さぶる三ツ首の咆哮が、空洞一帯を震撼させた。
あまりの大音響に、その場にいた全員は耳を塞ぐ。
咆哮と同時に、番犬は体勢を立て直してゆっくりと立ち上がる。
ゆらゆら、と。
惑うような蜃気楼のように、空気が揺らめく程の熱気を番犬が纏う。
番犬が、筋骨隆々な前肢を大きく振り上げた。
ごう、と。
真紅の炎が掌に燃え盛る。
”ガァウウ! ”
振り下ろされた。
灼熱を帯びた右前肢がリナの眼前に迫る。
「くっ……! 」
当たる寸前、リナはどうにか見切って転がりながら前肢を躱す。
どごぉ、と番犬が前肢を地面に叩きつけた。
瞬間。
大きな火柱が噴き上がる。
リナは目を見開いて、その光景を間近で目撃した。
心臓が、煩い程に鼓動を打ち鳴らす。
恐怖からか、息が荒くなっていた。
(何……? 何よあれ……。)
リナは、始原的な恐怖で僅かに顔が引き攣っていた。
直撃すれば、直火焼きの出来上がりだ。
掠っても火達磨になることなど、リナにとって想像したくもない事実であった。
生き残れる保証など、限りなく零に近いだろう。
今までリナたちが相手にしてきた魔獣と、根本的に何かが違っていた。
カタカタ、と音が鳴っている。
リナの奥歯が、恐怖心で震えていた。
「リナ!」
カレンの声。
ハッと気が付き、番犬を見上げる。
左前肢が、高々と上げられていた。
炎が燃え上がる。
(……嫌………! )
再び転がって避けるには、間に合わない。
リナは避けられないことを悟った。
せめてもの抵抗で、リナは目を閉じる。
「リナーーーーーー!」
「リナお姉ちゃぁぁぁん!」
悲痛なカレンとクオンの声が響く。
瞬間。
リナの身体は、何かに引き寄せられた。
”ドォン”と、再びの轟音。
痛みが訪れないことを不思議に思い、リナが目を開ける。
「……危なかったわね。あなた。」
リナの眼前にいたのは、安堵したような表情のミルラだった。
「……ミルラ、さん。」
ほっとしたように口元を上げるミルラの手許には、黒く、長い革鞭が握られていた。
ミルラの武器は、鞭なのだ。
変幻自在、自由自在な鞭による攻撃を得意とするミルラの活躍はSランクパーティ、「幻影」の中核を成す存在であった。
そんなミルラの鞭がリナの身体に巻き付き、番犬の攻撃の寸前に身体ごと引き寄せていた。
「あ、ありがと……。」
「礼は後。……リナちゃんは回収したわ! 今よ!」
リナを抱えたミルラが大声を上げる。
それが合図とでもいうように、ヒュンヒュンと再び矢が弧を描き、数多の風切り音が鳴った。
射手たちの総攻撃が始まった。
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