蒼炎の鉄槌
またも魔獣を射抜かんと降り注ぐ矢の五月雨。
今度は魔術師たちも援護するように射手と共に固まっていた。
向かい合うように、降り注ぐ矢を無視して三ツ首の番犬は跳び上がる。
矢の雨に突貫するように跳び上がった番犬に、魔術師の集団が狙いをつけるように杖先を向けた。
魔術の嵐に巻き込んでしまえば、流石の灼熱の魔獣も消耗していくだろうという目算もあっただろう。
しかしその目算は、次の瞬間に裏切られる事になった。
くるり、と。
ミツ首の番犬が、空中で身を翻した。
背面跳びのように、背中を地面へと向ける。
巨大な黒い影が、射手と魔術師たちの集団を覆い込んだ。
予想外の行動に、一同は呆気に取られたように硬直する。
魔獣の巨軀が、再び青い炎を上げた。
その意味に、ミルラは気が付く。
「全員! すぐに逃げて! 」
血相を変えて、叫びを上げたミルラの声。
反応出来た者は幾人だっただろうか。
教導騎士たちの動きは即座であった。
無茶な依頼で慣れていた、カレンとクオンも飛び込むように影から離れようと動く。
迫る影はまたたく間に大きく拡がっていた。
寸前で気が付いた者もいたが、遅かった。
”ドォン”、と。
轟音と共に大地が、空洞が揺れ動く。
それは、大質量の火球。
超高熱の魔獣の背中が、纏っていた射手と魔術師たちに襲いかった。
燃え盛る炎が轟音と共に広がる。
下敷きになった者は、断末魔すら上げられない。
下敷きにならずとも、逃げ遅れた者は生きたまま灼熱の餌食になった。
一瞬にして、丸焦げ《ロースト》の完成。
瞬時に、十幾人もの命が青き炎と質量によって、儚く灰燼に帰したのだ。
ミルラとリナは、その光景をただただ目を見開いて見つめるだけしか出来なかった。
「そん……な……。う、嘘……。」
「あ、あああ……。……ごめん、なさいね……。」
驚嘆と、絶望、喪失の入り混じった声が二人の口から漏れる。
番犬は念を入れるように背中をごろごろと地面に擦りつけた後、おもむろに立ち上がる。
纏わりついた蚤を払うように、巨軀を振るわせた。
焼け残った残滓が、パラパラと番犬の背中から零れ落ちた。
辺りは既に地獄の惨状だ。
ついさっきまで人だったモノが、消し炭となって転がっている。
「そんな……カレン……。クオン……。」
リナの震えた声が、口から溢れた。
「……見なさい。……どうにか二人は大丈夫そうよ。」
ミルラが沈みきったようにぽつりと呟く。
ミルラの視線の先を、リナはすぐさま辿った。
番犬の攻撃をどうにか逃れた数名の射手と魔術師が固まっていた。
その中に、カレンとクオンの姿があった。
だが彼女たちは怯え竦んだように、目を見開いたまま寝そべって身体を震わせていた。
恐怖で立ち上がれないのだろうか。
大きく目を見開き、その身を震わせている。
リュウジを囲む黄金百合の面々の顔も蒼く、血が引いていた。
無力さを携えたように、ミルラは溜息を溢した。
「……撤収ね。……あんな化物、明らかに無理よ。手に負えないわ。」
「ミルラ……さん……? 」
「……不可能よ。リュウジを回収して、どうにか脱出するのが先決ね。……あの子たちの想いを、無駄にしない為にも。」
ミルラは首を振りながら淡々と言葉を口に出す。
だが、ミルラは出血してしまいそうな程に。
紅く染まった唇を噛み締めていた。
ミツ首の番犬は首を動かし、固まってしまった生き残りの射手と魔術師たちに目を向ける。
狂いきった瞳を向けられたカレンたちは、「ひぃっ」と恐れたような声を出していた。
クオンもカレンにしがみついて、目を閉じて震えている。
マティアやジーニアすらも、味わったことのない恐怖に竦んでいた。
”ガルゥオオオオオオオオオオオオオオオオ!! ”
威嚇するかのような厳つい咆哮がカレンたちに向けられた。
間違い無く、三ツ首の番犬が次に狙うのは彼女たちだ。
このままでは、生き残った命すらも潰えてしまうのは明らかだった。
「……不味いわね。……これ以上は……! 」
「カレン、クオン! 今行く……。」
「駄目よ! 下手に動けないわ。」
駆け出そうとするリナをミルラが窘める。
リナは恨めしそうにミルラへと紅い瞳を向けた。
「どうしてよ! あの二人は……! 」
「あなたの気持ちはわかっているわ! でも、むざむざ行けば巻き添えを喰らうだけよ。……どうにか気を逸らせれば……! 」
ミルラも焦りを滲ませたように番犬を見据える。
ミルラの言う事は間違っていない。
だが、リナにとってあの二人はかけがえのない、苦楽を共に歩んだ幼馴染なのだ。
その逸る気持ちは、リナには抑えきれなかった。
「……ミルラさん。ごめんなさい! 」
「ちょっと! 待ちなさい! 」
ミルラが制止する手を振り払い、リナは二人の元へ駆け出した。
その時。
ふらり、ふらりと。
千鳥足でミツ首の番犬の前に飛び出した何者かに、リナの視線が止まる。
「きひ……きひひひひひひひひ…………。」
不気味な嗤い声を溢しながら、その人物は顔を上げる。
瞬間、リナは立ち止まる。
リナは、その人物を目にした瞬間に戸惑ってしまった。
それは、ミルラとて同じだった。
リナもミルラも、同じく想う人物、その筈なのだ。
しかし、そこにいるのは全く別人のようにも思えてしまうほどに、纏う雰囲気が別物だった。
僅かにパーマがかった茶色の髪に、煤を被ったのかくすんだ赤いマント。
ぶらりと垂れ下がった手許には、白く輝く剣が握られていた。
だが、その様子は何処か可怪しくリナの目に映る。
首が、据わっていない。
不器用な人形師が、不慣れな操り人形をめちゃくちゃに操っているような奇怪さを感じさせた。
その人物は、光を失った黒いオニキスのような瞳で番犬を見上げる。
「けきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!? 」
人が口にしないような嗤い声を上げた、その人物は。
「リュウ…ジ……? 」
神聖剣を操る筈の勇者が、怖気立つような動きをして。
地獄の番犬の前に踊り出ていた。
◆
あまりの怖気に絶句する面々の中。
黄金百合の後ろで、元凶は空になった瓶を振りながら、ニマニマとした笑みを浮かべる。
面白そうに。
可笑しそうに。
不気味に身体を海藻の如くくねらせ、立ち上がる勇者を、透明な二本の空瓶を通して少女は見据える。
「あはっ。多かったのかな? ……ちょっと、効きすぎちゃったね。」
暗く、昏く。
少女は微笑みながら、勇者を見つめていた。
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