炎渦の猛獣
それは、少しだけ時間を遡る。
リュウジたち一行は、灼熱の空気にその身を灼かれながら、一歩一歩を確かめるように洞窟の中で歩みを進めていた。
異様な臭気も鼻を掠める。
こぽ、こぽと沸き立つ溶岩から放たれているようだった。
歩けど歩けど、続く一本道の景色は少しも変わることが無かった。
黒い窯壁のような岩肌から灼熱の溶岩がちろちろと流れ落ち、空洞の側面を伝って一行の後ろへと流れて行く。
溶岩から沸き立つ気泡の弾ける音や一行の足音が延々と響き渡り、一本道の出口すら見えなかった。
その間、静まり返ったかのように魔獣の襲撃は無かった。
襲撃を待っている訳ではないが、警戒を解くわけにもいかず精神力は削られる一方。
予断を許さないような雰囲気は増していくだけであった。
手持ち無沙汰なリュウジも、何か面白いものでもないかと周囲をつぶさに見回していた。
そんなリュウジの視線の先で、リュウジは違和感を覚え、目を細くした。
「……ん? 何かなあれは……。」
前方を見ていたリュウジが、眼に映った輝く何かを捉えた。
リュウジの声に導かれるように、リュウジの視線の先へ一行は視線を移す。
ピリピリとした緊張感が張り詰めるなかで、「それ」が遠くにあることを、一行は目の当たりにした。
「それ」は、キラキラとした輝きを放つ透明な結晶。
一本ではなく、クラスター状に生えた眩く輝く結晶は、リュウジたちの遥か前方に見えていた。
赤と黒で覆われた洞穴の中に浮き立つが如くあるその結晶は、妙に場違いのようでもあった。
結晶の形を確認しながら、ディアンが口を開いた。
「あれは……帰還結晶ですね。ダンジョンには必ずあるものと聞いたことがあります。あれに触れると、ダンジョンから地上へ離脱できるそうです。」
「……なぁんだ。お宝じゃないんだね。」
ディアンの言葉を聞いたリュウジは、残念がるように口を溢す。
リュウジにとっては未だお宝も手に入れている訳でも無ければ、大物を討伐した訳でもないのだ。
しかし、ようやく見えた先の標にリュウジ以外は少し胸を撫で下ろすような安堵感を覚えていたのは間違いではなかっただろう。
「……リュウジ様。如何しましょう。」
ディアンの問いかけに、リュウジは少し悩むような素振りを見せた。
だが、その心のうちはとうに決まっている。
勿体ぶったように、口を開いた。
「んー、ま、ずっと何も無いところを進むよりは良いんじゃないかな? 取り敢えず行ってみればさ。特に進むところも無いんだし。」
「承知しました。では、参りましょう。」
ディアンは小さく肯き、前方を見据える。
ディアンと足並みを揃えてリュウジが歩き出すと同時に、一同も揃ってリュウジに付き従うようにその歩みを進めていった。
歩みを進めていくうちに、リュウジの鼻腔を何処となく香ばしいような匂いが擽る。
それは、肉の焼けるような匂い。
涎が出てきそうな程に香ばしいその匂いの元は、先に進むごとに強くなっていく。
リュウジの腹が、ぐぅと小さく鳴った。
「何だ? 誰か肉でも焼いてるのかな? 」
「そんな筈は無いと思いますが……? 」
如何にも能天気なリュウジの答えに、ディアンも首を傾げながらも結晶の元へと歩みを急ぐ。
一団の足は、無意識に速くなっていた。
それは、空腹もあったのかもしれない。
ここに来てからというもの、一行は食料品を口にしていないからだ。
食料を携行していない訳ではないが、当初五十人という大人数で速攻的な攻略を考えていたリュウジ。
あまり多くの食料を持ち込んで居ないという部分もあった。
そのままの勢いで一行は洞窟の道を抜ける。
洞窟の先は、再び広い円形の空洞になっていた。
そんな広い空洞の先には、またもや洞穴の道が見えている。
天井もかなり高い。
結晶は、そんなホールの最奥に輝きながら聳え立っていた。
「……え? 」
しかし、リュウジは大空洞の真ん中にいた、あるものを目にして絶句する。
リュウジ以外の一行も、自分たちの目を疑った。
ばり、ばりと骨を砕く音が空洞に響く。
空洞の中央で、とても大きな獣が何かを貪り食らっていた。
「ひっ……!? 」
誰かが、恐れたような悲鳴を漏らす。
喰われているのは、人。
黒いローブが鮮血に染まり、その眼は絶望を浮かべて昏く事切れている。
遺体の状態も凄惨なもの。
腕も、脚も。
千切られ、喰われている。
血に塗れた肉片が、至るところに散らばっていた。
それも、明らかに人一人分では足りない量だ。
血糊のべったりと付いた中、《《それ》》は赤い毛を逆立たせ、食事をしていた。
ぼりぼりと骨を砕き肉を貪るのは、炎のように紅い毛を生やした巨大な猛獣。
鋭い爪の見える、紅い毛で覆われた筋肉質な肢。
前肢と後肢の四つ足で、雄大に灼熱の地面を踏みしめている。
特徴的に見えるのは、その頭部と尾部だ。
それは、耳を立てた大型犬のような顔つきをしていた。
全てを憎むように、貪り食らう贄を真っ赤な瞳が睨みつけている。
大きな牙を持ち、その口からは真っ赤な血液が滴り落ちていた。
尾部も紅い毛を立たせた犬のようで、大きく左右に振るわせている。
そんな頭部と尾部が、三つ。
我先にと競うように、三つの頭が肉片を喰らっていた。
悍ましい食事をする魔獣の姿をありありと目撃したリュウジの頭の中には、あるモンスターの名前が浮かんでいた。
「ケルベロス」
三つの頭部を持つ、超大型の狗。
リュウジが以前いた世界でゲームや小説の中では、割とポピュラーなモンスターだ。
「地獄の番犬」とも称されるそれが今、リュウジの目の前で人を貪り食らっている。
現実離れした光景に、リュウジは面食らっていた。
「……嘘、まさか……レン……!? 」
再び、別の誰かが言葉を溢す。
レン。
それはリュウジが集めた、パーティメンバーのうちの1人ではなかったか。
遺骸の胴を魔獣の真ん中の頭が口に咥え、バリバリと音を立てながら砕いていく。
中央の頭がごくん、と喉を鳴らした。
食べ残した残滓を、魔獣は前脚で振り払う。
肉体の破片が、空洞の回りを流れる溶岩へと落ちた。
じゅっと、音を立てて残滓が焼ける。
肉を焼く匂いが、辺りに漂った。
リュウジたちが先程まで感じていた香りはこれなのだ、と。
その光景を目にしたものは直感する。
「うっ……。」とリナが口を押さえた。
それは、当たり前の反応と言えるだろう。
十代半ばの彼女にとって、その光景があまりにもグロテスクであり、ショッキングに映るのは至極当然の話なのだ。
リナの他にも数名、同じように口を押さえていた。
そんなリュウジたちの姿に気がついたのだろう。
超大型の魔獣がおもむろにリュウジたち一行へと目を向ける。
三つの双眸は、リュウジたちを次の得物だと言わんばかりに見据えていた。
未だに紅い鮮血が、ぽたりぽたりと魔獣の口から洞窟の地面に滴り落ちる。
その場にいた全員が、身を震わせながら己が得物に手をかけ始めていた。
全員の中に、逃げ出すという選択肢はない。
逃げ出そうにも、地上へと脱出する為の結晶は目の前。
魔獣の番犬を避けて通ることなど出来ないのだから。
戻れば地獄、行くも地獄。
のっし、のっしと。
大地を踏みしめ、巨軀の三頭狗がリュウジたちに近づいていく。
圧倒的な威圧感に、一行は呑まれそうになっていた。
リュウジだけではない。
リナも、カレンも、はたまたクオンも。
ミルラも、「黄金百合」も、教導騎士たちでさえも。
身体を震わせ、狂いきった三つの双眸に対峙するしかないのだ。
巨狗の黒い鼻がひくひくと動き、息をすいこむ。
”ガルゥァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!”
「う、うわああああああああああああああああ!?」
咆哮と、勇者の絶叫が重なる。
絶望の火種が、切って落とされた。
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