約束の宣誓
そうして魔獣に警戒しながら進むレクスたちが暫く歩みを進めた頃だろうか。
「……レクスさぁーん。」
不意に洞窟に木霊した声は、ネリーのもの。
咄嗟にレクスが振り向くと、ネリーは真っ青な顔を浮かべて、ハンナに支えられていた。
身体は、がくがくと抑えきれないように震えている。
そんなネリーを、他の女性たちが心配するように取り囲んでいた。
そんなネリーを目にしたレクスは、ただ事ではない、と。
一目散にネリーへと駆け出す。
ネリーに近づき覗き込むと、その顔は顔面蒼白で歯をガチガチと鳴らして震えている。
「どうしたんだ!? ネリー!? 体調でも崩したか!?」
「わ、わかりません。ネリーが急に……。ネリー! 大丈夫!?」
ハンナの声に、ネリーはぎゅっと目を強く閉じたままだ。
切迫した様子で問いかけるレクスに、ネリーは首を横に小さく振るう。
「……あの、ねぇー。こ、怖い、のぉ。」
「怖い……? 何が……。」
そういいかけたレクスは、ネリーの表情にハッと気が付く。
(これは……ネリーの「スキル」か? )
ネリーのスキルは、「危険視」。
先の危険を直感で感じ取るようなものではなかったか、と。
レクスはその可能性に思い当たった。
(このまま進めば……やべぇって事か。……全員逃がしきれるのか……?)
どんな危険なのか、レクスにはわからない。
だがネリーの怯えようは先程とは段違いだ。
得体のしれない一抹の不安が、レクスの脳裏を掠める。
灼熱の熱気が漂う中で、レクスは七人全員を真っ直ぐ見据えた。
「……ネリーがこの調子だ。こっから先は危険かもしれねぇ。でも、戻る訳にもいかねぇ。戻った所で、出られやしねぇからよ。……ついてきて、くれるか? 」
神妙な表情で語るレクスに、一同は若干困惑したようだが、すぐに揃って首肯を返した。
怯えきったネリーも、弱々しいがこくりと肯く。
澄み切った月色の瞳は、真っ直ぐレクスへ向いていた。
「私は行きますよ。このままでは出られないってわかってますから。」
口にだしたのは、アキナだ。
「そうねぇ。ここにいたってどうしようもないもの。行くっきゃないっしょ。」
「真っ直ぐ進むだけなら、危険があろうと進むだけでござんしょ?」
「行かなきゃいけないなら進むだけ、じゃんね。」
「レクス殿がいなければ、ここに来る事も出来て居ません。進むのみでございます。」
エルシィ、フェミル、クラヴィス、ユリスの四人も、アキナに合わせて答える。
各々、レクスを信じていると言わんばかりの瞳だ。
「……ねぇー。レクスさぁーん。……絶対にぃ、地上へ、戻してぇ、くれる? 」
震えて、怯えきったのネリーの声。
そんなネリーに、レクスは安心させるように、優しく眦を下げて微笑みを返した。
「……言ったろ? 絶対に地上へ帰れるとこかリュウジの所まで連れて行くってよ。何があろうと、生きて地上へ戻れる所まで行く。それに、約束したじゃねぇか、ネリーと。」
「……えぇ? 何をぉ? 」
「さっき、また話してぇって言ってたじゃねぇか。そのためには、ここを出ねぇといけねぇだろ? 」
レクスの言葉に、ネリーは目を見開く。
何気ない会話ではあったが、それはレクスにとっては「約束」である事に変わりないのだ。
「……信じて、いいのぉー? ……嘘、つかないぃ? 」
「当たり前だろ。ネリーから言ってきたんじゃねぇか。」
「わかったよぉ。……わたしとのぉ、約束、だからねぇ。」
身体は未だ震えたままだが、ネリーの声は元のおっとりとした声に戻っていた。
「ネリーが信じるなら……わたしもレクスさんに懸けてみようと思います。……大丈夫、ですよね? 」
「……ああ。死なせや、しねぇよ。……必ずな。」
「……破ったら、承知しませんよ。」
ハンナの視線は、厳しくレクスに向いていた。
想いを汲み取るように、レクスは声を上げた。
「……破らねぇよ。絶対だ。」
ダンジョンに「絶対」は存在しない。
だが、これはレクス自身の責務であり、戒めとしての言葉だ。
レクスは正面に向き直ると、視線の先に延びる洞窟に沿って視線を飛ばす。
ずっと変わることのない、溶岩の湧き出る道だ。
魔獣の影も無ければ、小部屋のような横穴も、分かれ道のような場所もない。
だが、洞窟のずっと先で湾曲していることだけがレクスには見て取れた。
(ネリーの感じた危険は……あの先、か。)
ごくり、とレクスは息を呑む。
ネリーの反応を見た後だからなのか。
溶岩で真っ赤に照らされた黒い洞窟の通路は、地獄の奥へと舗装されているようだ。
それでも、レクスたちは先へと進まねばならない。
七ツの双眸を背負いながら、レクスは真っ直ぐ前を見据えてその足を前に出す。
女性たちも、レクスに合わせて前に進みだした。
もちろん、警戒は怠らない。
硬い玄武岩を踏みしめる音だけが、静かな空間を伝う。
レクスに女性たちの息遣いが聞こえてくるほどに静かで、魔獣の声すらもない。
ただただ不気味に、溶岩の放つ赤い光だけが先へ先へと導いているように流れていた。
レクスは慎重に、一歩一歩を確かめるように歩みを進めていく。
魔獣など居なくとも、罠などが有れば全滅しかねないからだ。
”ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ”
(……ん? なんだ? )
耳を澄ましながら進むレクスの鼓膜に、聞き慣れない音が混じる。
それは、魔獣の咆哮にも似ていた。
(巨大な魔獣がこの先にいるのか……?)
レクスはすぐさま後ろに顔を向け、女性たちに目で訴えかける。
レクスの視線に気がついたのか、一同の顔に緊張の色が増した。
顔を正面に戻し、進んでいく。
進むごとに異なる音も混じった。
爆発するような音や、叫び声にも似たような音。
更に感じるのは、何かが焼けるような、そんな匂い。
(これは……そういう事かよ! )
その正体を察したレクスは、黒嵐を抜いて勢いよく駆け出す。
後ろを歩いていた女性たちも、何事かと目を見開き、レクスを追随した。
湾曲した道の先を走りながら曲がると、レクスの目に飛び込んできたのは通路の出口。
ちらりと、レクスは顔だけを覗かせる。
その光景に、レクスは目を大きく見開いた。
そんなレクスの元へ、アキナの声が響く。
「れ、レクスさん! 急に走らな……。」
息切れで声も絶え絶えなアキナにレクスは振り返る。
七人全員が、息も切れ切れにレクスの傍まで駆け寄って来ていた。
ネリーは恐怖からか、目を強く閉じてハンナに縋りついてしまっていた。
追いついてきた七人に、レクスは淡々と告げる。
「……皆。出来るだけ周りを見ず、光っている結晶へ走れ。」
「え? それはどういう……?」
「……流石に、命の保証が出来ねぇ。……合図をしたら、全員一斉だ。多分、あれが帰還の為の結晶だろうからよ。走り込んで、すぐに触れ。」
レクスの声は、明らかに先程までの声とは異なっていた。
ぎょっとする七人をよそに、レクスは再び出口から顔を覗かせた。
レクスの視線の遥か遠くには、輝く群晶のような結晶体が聳えている。
だが、目の前に拡がっていたのは地獄さながらの光景。
円形に大きく拡がった空間を、溶岩の赤が照らす。
地面に転がっていたのは、幾つもの黒く焦げた、《《人の形をした消し炭》》。
夥しい程の鮮血の跡で空洞内部の岩が染まりきっていた。
饐えたような異臭すら漂う中、砕け散った鎧の破片や焼けた肉片が無数に散らばる。
身体の残滓すらもへばりつくように残る中、巨大な体躯の魔獣と対峙していたのは十人そこらだろうか。
魔獣の視線が向く先。
血に塗れ、白い剣を手に持ったまま動けないのか。
魔獣の前で男が四肢を地面に付け、魔獣を仰ぎ見ながら壊れたように泣き笑っていた。
息も絶え絶えな表情で対峙する彼らを、脅しかけるかのように魔獣の口が開く。
”ぐぎゃああああああああああああああああああ”
逞しい四肢を地につきたてた、歪で巨大な魔獣の悍ましい咆哮が、洞窟内の空気を劈いた。
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