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魔力操作指南 2

 なにを言い出すのかと驚きの声を上げたのは、カイルではなくアーサーだ。


「ディランが? いや、それなら魔力はそれ以上混じらないだろうけど」

「文句があるのか」

「文句っていうか……お前、人に教えられるのか?」

「あ、それは僕も疑問だな」


 二人の側近に揶揄われて渋い顔を向けると、ディランはカイルをどかせてリリーの前に来た。


「……聞いたとおりだ。ほら、手を貸せ」

「ほらって、わっ……あ、あれ?」


 有無を言わせず手を取られると、重なった皮膚を通してすぐに何かが――ディランの魔力が流れ込んでくる。

 だがそれは、先程のカイルからのものとは違っていた。


(……もにょもにょしない)


 自分の意思と関係なく、なにかが強制的に流れ込んでくる感触は変わらないが、先程のような妙な感触はない。もとから混じっている魔力だからなのかもしれないが、これなら助かる。


(よかった、大丈夫そう……それに、温かい)


日だまりの暖かさではない。ゆったりと熾された暖炉の炎のような温かみを感じる。

 不思議に思って視線を上げると、目の前でディランの姿が変わる――見慣れたデリックから、本来の姿である黒髪で青い瞳のディラン・フォークナーに。


「えっ」

「変身魔法を使いながら、細かい魔力制御をするのは厄介だ」

「な、なるほど」


(ううぅ、緊張する……っ)


 驚くリリーにディランはつっけんどんに言う。理由には納得したのだが、髪と瞳の色が変わっただけなのに面差しまでも違って見えて、やはりリリーの身体は強ばってしまう。「デリック」だった時だって、いつも帽子を深く被っていたからそこまで顔が見えていたわけではないのだが。


「違和感や痛みは」

「大丈夫です。けど」


 その代わり、時折パチリと火が爆ぜるような小さな刺激がある。そう伝えると、リリーの体内を巡りだしたその刺激に意識を集中しろと言われた。


(そう言われても……!)


 ほぼ初対面のご領主様が目の前にいて、しかも手を繋がれているのだ。視覚も触覚も大忙しで気が散って仕方ない。どうにか流れ込んでくる魔力に集中しようとリリーは目をぎゅっと閉じた。

 視界が塞がれた分、触れあった肌がよけいに生々しく感じたが、全力で無視をして入り込んでくる魔力にだけ意識を向ける。


「お前の魔力を集めながら巡らせている。分かるか?」

「なんとなく……」


 繋がれた手から腕を通って肩に、首元に。流れ込む魔力はやがて胸を下りていく。

 これまでリリーが多少なりとも魔力を感じたのは、症状として痛みが出ている時ばかりだ。痛みのない状態で、これが自分の魔力といえるものはまだはっきりしない。でも、なにかが体内を動いているのは分かる。


 脇から説明してくれるカイルによると、この「なにか」を集めて体外に出すことが、魔力の発現となるのだそう。

 つまり、リリーの毎晩の痛みは、行き場をなくした魔力が自分の身体を攻撃している状態、ということなのだ。

 だから常に魔力を全身にうまく巡らせて、周囲に影響を出さない程度に少しずつ放出していれば、そもそも痛みを感じることはないらしい。


「知らなかった……」

「コーネリア嬢の魔力は膨大ですからね。かなりしんどかったでしょう」

「ええ、まあ」


 同情が込められた声に薄目を開ける。

これまで魔力に触れたことがなく、比較対象がないリリーは曖昧な返事しかできないが、本職のカイルが言うほどだからやはり相当のようだ。


 初めて知る魔力に関してのあれこれは、全部は理解できないながらも頷くことばかり。

 最初から教えてもらえていたら、と思わずにいられないが、今こうして知れただけでも十分だろう。それに、入れ替わりがばれた今も命を落とすような目には遭っていないのだから、それだけで満足しておかなくては。

 ふむふむと聞いていると、今度はディランも口を開く。


「本来、魔力は身体のどこからでも発することができる。初心者がやりやすいのは、息や声に混ぜて放出するやり方だ」

「へえ、そうなんで――」

「だからもう喋るな。呼吸もなるべく控えめにしておけ」

「んむっ」


 ディランに止められて、素直に口を噤む。ディランが指導することが珍しいらしく興味津々で眺めてくるアーサーやカイルの視線も気にしないでいいように、また目も瞑る。

 改めてそうすると、体内を流れて行く魔力がさっきよりはっきりと感じられた。


(……不思議。怖くない)


「身体の中心に魔力を集める」


 返事の代わりにこくりと頷く。魔力はパチパチと弾けて、お腹あたりに溜まっていく。

 しばらくそうした後に片手を離されて、代わりにロザリオを握らされる。言われるがままロザリオを持ち上げて魔石を口元に寄せた。


「魔力を押し出す。抵抗しないで、そのまま吐ききれ」


(吐く? 吐くって、なにを――っ)


 尋ねる前に、お腹の底からなにかが込み上げる。とはいえ、食べたものを戻すような不快感はなく、ただ押されるという感覚だ。

 喉を震わせて漏れ出た呼気が魔石にかかるが、目を開けても見て分かるような変化はない。


(これで魔力が込められているの?)


 疑問に思ったが、ディランのほうも不本意な結果らしく軽く眉を寄せた。


「……散る分が多いな。なにか……シスターなら聖句か。よし、唱えろ」

「と、唱える?」

「やりにくければ聖歌でもなんでもいい。魔石だけに息と魔力が届くようにするんだ」


(そんな無茶なっ)


 無理だと言いたいし、そもそも指示の意味がよく分からない。けれど断れる雰囲気でもなく、リリーは慣れた聖句をたどたどしく唱え始める。

 息は途切れがちで声は震えるし、発音もままならない。しかしまもなく、透明な魔石の色が白っぽく変わってきた。


「!」

「まだだ、続けろ」


 そのまま一節を唱え終わるころには、一度白く染まった魔石がまた元の透明に戻った。


(つ、疲れた……! コリンたちと追いかけっこするより疲れた!)


 体力がごっそりと奪われた気分である。実際には一歩も動いていないのに、孤児院のパワフルな子どもたちと遊んだ後よりも疲労度が高い。 

 ぐったりとベッドに倒れ込んだリリーの手からするりとロザリオを取り上げて、ディランは光に透かすように持ち上げて眺めた。


「……こんなものか」

「初めてにしては上出来じゃないか。ディランの先生ぶりもね」


 カイルが楽しそうに褒めてくるが、疲労困憊のリリーは小声で礼を言うのが精一杯だった。


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