魔力操作指南 1
リリーが知る限りのことを一通り話し終わると、ディランは少し思案して呟いた。
「入れ替わり、か……にわかには信じ難いな」
(それはそう! 私だっていまだに毎朝びっくりするもん!)
「まあでも、僕たちが把握していることとの齟齬はないね」
「うん。魔力が同一ということの説明にもなっている」
眉を寄せるディランの脇では、側近のアーサーとカイルが頷き合っている。彼らのほうが先にリリーの説明を受け入れてくれたようだ。
「あの、自分自身がこうならなければ、私もとても信じられなかったと……でも、嘘は吐いていません」
「リリーと言ったな。お前が俺たちを騙せるとは思っていない。だが、嘘を吐いていなくても、嘘を教えられている可能性はある」
「えっ?」
「コーネリアの言ったことが真実だという証拠はあるのか? たとえば入れ替わりが事実だったとしても、事故ではなく最初から仕組まれていたかもしれないだろう」
「まさか……」
「前例のない話など、どうとでも説明できる」
コーネリアが嘘をついている可能性など、これまで一度も考えもしなかった。
指摘されて返事に詰まったリリーに、それ見たことか、とでもディランは言いたげだ。
「コーネリア・ウォリスは筋金入りの貴族だ。お前のように魔力がないうえ、修道院の知識しかない世間知らずを『事故だった』と言いくるめて使い捨てることくらい朝飯前だ」
「で、でも!」
「疑うだけの政治的背景とこれまでの行状がある。あれは、平民などいくらでも見殺しにできる女だ」
吐き捨てるようなディランの言葉に、リリーはカッとなった。
「っ、そんな方じゃありません!」
「ほら、すっかり騙されている」
「な……っ」
(そっちこそどうして決めつけるの!)
にべもなく断言されて憤る。
確かにリリーはコーネリアのことをよく知らない。
けれど、行きずりの他人を見捨てたり利用したりするような人なら、リリーが矢を受けた時点で逃げるはずだ。
取り繕う余裕もなくリリーの名を呼んだあの声が、守るように抱き締めてきた腕が、芝居だとは思えない。
だが、はなから疑ってかかるディランにどう言えば伝わるのか、リリーには分からない。
「……ぜったいに違います。コーネリア様と話せば、ご領主様だって私と同じに思うはずです!」
「そこまで言うなら確かめるか」
「へ?」
「ロザリオの魔石が繋がっているのだろう。修道院の『コーネリア』を呼び出せ」
まるで最初からこうなることを見越していたかのように、ディランは落ち着き払ってリリーの持つロザリオを見据える。
「魔石に魔力を込めれば、使えるようになるんだろう」
「そう教えてもらいましたけど、私、まだ――」
「カイル」
「はいはーい」
魔力操作ができない、と狼狽えるリリーをスルーして、ディランがカイルになにやら指示を出す。と、カイルはベッドに腰掛けるリリーの前にすとんと膝をついた。
「僕が魔石に魔力を込めることもできるけど、それじゃあ魔力暴走が抑えられないままだから、ついでに魔力操作も覚えてもらおう。手を出して」
「手、ですか?」
言うなり、カイルはリリーの許可を待たずに両手を取る。軽く持ち上げられた手は、指を搦めてしっかりと繋がれた。
(……!?)
シスターとはいえ、孤独に暮らしているわけでもないし、子どもたちと毎日のように手を繋ぐから、他人との接触は特別なことではない。
しかし、相手が成人男性となるとまったく経験不足である。繋がれた手の大きさにも骨っぽい硬さにも馴染みがなく、一気に緊張してしまう。
だが、吹き出す手汗が気になる前に、カイルの手から不思議な感触が流れ込んできた。
「な、なにこれ」
「それが魔力。今、僕の魔力を送り込んでいるんだよ」
「ふえぇ?」
温かいような、冷たいような。触れあっているのは皮膚表面だけなのに、まるで冷たい水が喉を通って胃に落ちるような感覚が手から伝わってくる。
「……なんだか、もにょもにょします。くすぐったいっていうか、痒いっていうか」
痛くはないが、違和感がひどくて鳥肌が立つ。
「よっぽど親和性が高くなければ、他人の魔力に反発するのは普通だから我慢して。魔力操作の基本は魔力を実感するところからなんだ。まずは今、入ってきている僕の魔力を追って――ん?」
言いながらカイルは首を傾げるとリリーの瞳を覗き込み、ああ、と一人で納得してパッと指を解く。
手を離すと同時に送り込んでいる魔力も抜けたのだろう、違和感も消えた。
(はあ……ほ、ほっとした……)
「リリー姉さん」
「うん、大丈夫」
妙な汗をかいた。心配そうに覗きこむティナに笑ってみせるが、まだ落ち着かない。
「どうした、カイル」
「駄目だ。ディランの魔力が残っている」
カイルに言われて、ディランはハッとする。なにか思い当たることがあるようだ。
「さっき塔の外で魔力を暴走させたよね、その時に介助しただろ」
「……そういえば」
カイルが言うには、さきほど魔力暴走を止めてくれたディランの魔力が、リリーの身体の中に残っているのだという。
「ええと、ご領主様の魔力が残っていると、なにか問題なのですか?」
「大問題だよ。身体の中に複数の魔力が同時に入るのはよくない。相性もあるけど、安全なのは本人ともう一人分までって言われている。ディランの魔力が既に混じっているところに僕の魔力まで加わったら、確実に反発し合う」
「反発すると、どうなるんですか?」
「……本当になにも知らないんだねえ」
こてんと首を傾げるリリーの危機感のなさに、ここにいるのはコーネリアではないと、改めて納得したようだった。
カイルが言うには、コーネリアもディランも、高魔力保持者として名高い。もちろん、辺境軍で魔術団長をしている自分の魔力量だって少ないわけがない。
そして、複数の魔力が混ざった際に起こる反応の威力は、元の魔力の強さに因る。つまり。
「体内の魔力が膨張して弾ける。内側から、物理的に」
「ひっ」
「ね、姉さんにそんなことしちゃ駄目です!」
「すぐに押し出せば平気なんだけど、それもできないんだよね?」
無理です、と大きく首を振りながら、風船のように自分がぱあんと割れるところを思い浮かべてベッドの上で後退る。
カイルは、リリーを庇って前に出たティナに向かって安心させるように頷いてみせて、ディランのほうを振り向いた。
「ってことだから、続きはディランの魔力が消えた後にしようか」
「消えるまで、どのくらいだ?」
「んー、普通なら一日あれば十分だけど、ディランとコーネリア嬢だしなあ。万全を期すなら二日ってとこか」
他人の魔力を一時的に取り込んだとしても、時間が経てば本人の魔力に置き換わって消えるのだそう。あれもこれも初めて聞くことばかりで、リリーは真剣に成り行きを見守る。
「二日か……そんなには待てない。俺がやる」




