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ディランの事情 3

 正教会から派遣された見届け人の前で、花嫁が意識不明のまま式を終わらせるという前代未聞な婚姻を押し通したのは、いくらかでもディランの不満が伝わればいいと思ったからだ。


(政略による婚姻の利など、フォークナーにはないというのに)


 ここは厳しい自然と、隣国の脅威にさらされている辺境であって、机上でばかり揉めている宮廷政治の場ではない。政治力は軍力で賄える。縁組みによって得られるものは、しがらみだけだ。

 的外れな王命には裏があるはずだからこそ、拒絶感も強かった。

 どうにか呑み込んだのは、フォークナーになにかあると、隣のステットソン伯爵領のほうが先に倒れそうだから。


(それだけは避けたい)


 ディランは無意識のうちにジャケットの上から胸元に触れる。

 指先に少しだけ感じる厚みは、内ポケット深くに入れている守り袋だ。


「今年も会えなくて残念だったな」

「アーサー、話は終わりだ。仕事に戻れ」

「あっ、こっちの書類はディランの決裁待ち」

「……あとで見る」


 差し出された書類の山を一瞥すると、ディランはくるりと背を向ける。


「おい、ディラン!」

「塔の見張りのことをカイルと話してくる」


 引き止める声から逃げるように、ディランは執務室を後にした。






 ディランは廊下を歩きながら、アーサーの言葉を反芻して息を吐く。


『今年も会えなくて残念だったな』


(……まったくだ)


 ディランが()()に出会ったのは、もう十年も前になる。

 コーネリアやディランのように、高い魔力を持って生まれた子供は、自分の魔力で自身の体を損ないやすい。

 そのため幼少期はたいてい病弱で、片手で数えられる歳のうちに亡くなる子供も多い。


 ディランはどうにかその試練を乗り越えたものの、桁違いに多い魔力は確実に自身を蝕んだ。

 さらに、十歳になる前から魔剣士として隣国との戦の先頭に立ってきた。非凡な才能は何度も敵を蹴散らしたが、無傷で済んだわけではない。

 初陣から数年経つ頃には、積み重なった心身の損傷は無視できないほどになっていた。


 そんなとき、隣国イスタフェン軍の一部が珍しくステットソン伯爵領に押し入った。

 援軍を頼まれて参戦し敵を倒したものの重傷を負い、ディランは救護所になっていた近場の保養地に運び込まれた。

 医師も物資も足りていない急ごしらえの救護所では、名ばかりの特別室に隔離された。

 敵軍を退けた功労者とはいえ、怪我のために魔力制御が怪しい状態のディランは周囲に危険を及ぼす可能性が高いと判断されたのだ。


 すでに物騒な二つ名もついているディランには、数人の幼なじみの他は普段から誰も近寄りたがらない。戦場においてはますます孤立し、先陣を切る指揮官としてだけ存在していた。


 腫れ物に触るように遠ざけられる中、ただひとり。

 ディランの手当てをしてくれたのが彼女だった。


 自分より幼いその子は、傷だらけのディランの包帯を替えるのになんの抵抗もないらしかった。

 くるくると立ち働き、多くの敵を屠った魔剣士の穢れに対してではなく、ただ、負った傷を心配して微かに眉をひそめた。


『痛そう』などと言われたのは生まれて初めてで、自分が冷酷な魔剣士として恐れられているディラン・フォークナーだと知らないのだと気がついた。

 普通の怪我人として扱われたあの数日間は、ディランのそれまでの人生にも、その後にもない時間だ。


 戦場においては英雄で、市井に戻れば危険人物。

 そんな自分の立ち位置を理解していたが、納得していたわけではないと自覚したのもその時だ。


 多すぎる魔力と暴虐な領主の実子という、自分と切り離せないそれらがいつもディランの枷になっていた。

 けれど、あの救護所でだけは、そんなことも忘れていられた。


 彼女は簡易なワンピースに身を包み、フードで顔を半分隠していた。名は明かせないと困ったように笑ってごまかして、ディランを始めとする重傷者を助けるだけ助けてさらりと消えた。

 彼女の正体が知れたのは、救護所を去るときに耳に挟んだ噂から。


(……ステットソン伯爵の一人娘だったとは)


 ブリジット・ステットソン伯爵令嬢は体が弱く、館から出ることはまれだというが、自領の緊急時に親の目を盗んで手伝いに来たらしかった。

 ブリジットとの再会は果たせていない。

 今あるのは、領地への支援に対する礼状と、それに同封される守り袋だけの、無いに等しい細い繋がりだけ。


 ディランはブリジットと結婚したいとか、できるとかは思ってはいない。数え切れないほど人も魔物も斬った自分が誰かと結婚をして家庭を持つなど、許されることではない。

 ただ、ほかの女性と結婚する気にはなれないだけだ。

 だというのに――。


「……なんなんだ、あいつは」


 塔の部屋で、雪の原で。まっすぐにディランに向けられた紫の瞳を、何度となく思い出してしまう。

 放置して監視だけしていればよかったはずの相手なのに、どうしてか気に掛かって仕方がない。

 雪が叩きつける廊下の窓から「嘆きの塔」を眺めると、ディランは軽く舌打ちをして魔術団棟へ向かった。

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