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ディランの事情 1

(……なんだあれは)


 見張り兵としてコーネリアの散策に同行したデリックは、塔から城館に戻るとまっすぐ領主の執務室に向かう。

 部屋に入り扉を閉めると、帽子を脱ぎ、自身にかけていた変身魔法を音もなく解く――「デリック」の薄金の髪は漆黒に、濃い茶の瞳はアイスブルーに戻った。


「おっ、()()()()。お帰りー」


 山積みの書類を捌く側近のアーサーが顔を上げると、そこにいたのはまごうことなきフォークナーの領主、ディランその人だ。

 外套を脱ぐディランに早速、アーサーが事の次第を尋ねてくる。


「コーネリア嬢、どうだった?」

「どうもこうも」


 興味深そうにこちらを見るアーサーから、ディランは思わず目を逸らす。


「ん? その様子じゃあ、思ったような収穫がなかったってこと? 『尋問する前に確かめたいことがある』って、わざわざ変身魔法まで使ってディラン自ら出向いたのに」

「いや、収穫というか……」


 言葉を濁して返事に詰まるディランに、アーサーはペンを置いて身を乗り出してくる。


「なになに、その言い方。気になるなあ。噂どおりの高慢女だったんだろ?」

「……高慢ではなかった」

「ええ?」


 どうにか答えるディランにアーサーが驚くが、無理もない。

 古くからの宮廷貴族であり、切れ者と名高い現宰相の娘、コーネリア・ウォリス。

 家格と容姿、それに魔力の強さを見込まれて幼いうちに王子妃として内定し、事実つい最近まで王太子の婚約者だった令嬢だ。その自負心の高さには定評がある。


「だって彼女、()()腹黒アラベラ妃のお気に入りだろ? 類は友を呼ぶっていうじゃないか。高慢で傲慢で決まりだろう」

「そのはずだが……まあ、婚約を破棄されるくらいだから、見限られたのかもしれないな」

「なるほどー?」


 アーサーの気のない返事は、ディランの言葉を信じていない証拠だ。


(俺だって信じられるか)


 ――自国、エクセイアの現王には、かつて妃が二人いた。

 正妃メアリーから第一王子マクシミリアンが、側妃アラベラから第二王子ルーカスが生まれたが、正妃が病で亡くなった。

 側妃が繰り上がり正妃になると同時に第二王子が王太子に決まり、母を亡くし王位継承の争いにも敗れた第一王子マクシミリアンは、離宮に追いやられた。


 ウォリス侯爵家はもともと第一王子派の中心である。

 にもかかわらず、娘のコーネリアが第二王子ルーカスの婚約者になったのは、派閥間の権力バランスを取るためと、いささか考えの足りない第二王子に代わり権謀術数にたける優秀さを見込まれたからだ。

 そんな彼女が、まさか次期王妃の座を失い、このフォークナー辺境領に嫁がされるとは誰も思っていなかっただろう。


(しかもいきなりの王命だ。思惑がないわけがない)


 フォークナー辺境領は……というか、ディラン自身が王都の貴族から警戒されている。

 コーネリアの父であるウォリス侯爵もまた、味方の足すら掬うと称されるほど狡猾な人物で、親子そろって油断できない相手だ。

 宮廷政治にどっぷり浸かったコーネリアがフォークナーに来たならば、必ず内偵や謀殺を企てる。

 だから、道中に受けた襲撃が故意でも事故でも警戒を緩める気はなく、塔に閉じ込めた。

 だが――。


「昨日、反論がなかったのは目覚めたばかりで調子が悪いのかと思ったんだが、今日はますます妙だった」

「ディラン。もうちょっと詳しく」

「そうだな……」


 ディランのほかに、目を覚ましたコーネリアに会ったのは、専属メイドにしたティナと魔術団のカイルのみ。まだ本人と言葉を交わしていないアーサーにどこから話すか少し迷って口を開く。


「……今日、外に行くときに階段を踏み外しそうになったんだが」

「あー、魔力枯渇状態までいったのなら病み上がりと同じだからな、コーネリア嬢でもフラつくか。それで?」

「支えたら礼を言われた」

「は? まさかぁ!」


 アーサーは目と口を丸く開いて驚く。

 というのも、コーネリアは誰かに礼を言うような人間ではないのだ。

 かつて、身を挺して刺客を撃退した護衛に対して、礼を言うどころか『その程度で近衛騎士が勤まるなんて、程度が知れる』と言い捨てたのは有名な話である。

 利き腕の腱を損なってまで助けてくれた相手にすらその態度なのに、転びそうになったところを支えただけで感謝などするわけがない。

 むしろ、なぜ事前に手を貸さないのかと怒るほうが自然だ。


 一兵士を装ったディランの雑な言葉や態度を気にする様子もないし、ティナなどは部屋に行く度に命令ではなく普通に話しかけてくるそうで、それも不可解だ。


(高位の貴族令嬢にふさわしくない待遇に不満を言うどころか、掃除用の雑巾を欲しがったとか)


 ティナは「あたしの掃除がお気に召さないって、遠回しに嫌味を言ってるんでしょう!」と怒っていたが、気にするべきはそこではない。雑巾などという単語が罵倒以外でコーネリアの口から出ること自体がおかしいのだ。

 疲れた様子でどさりとソファーに腰を下ろしながらのディランの説明に、アーサーも首をかしげる。


「それはたしかに、聞いていた話と違うな」

「いっそ身代わりを送り込んだというのなら、納得できるんだが」

「コーネリア嬢本人だろ?」

「ああ。カイルも魔力を確認しているし、俺の記憶とも顔は一致する。本人で間違いない」


 魔力は身体と切り離せず、波長や強さも人によって違う。

 他人の魔力を一時的に纏って別人のフリをすることはできるが、常に体内で生み出される本来の自分の魔力とすぐに置き換わるため、継続して偽ることは不可能だ。

 フォークナーの魔術団長であり、ディランの幼なじみの一人でもあるカイルは魔力の同定が得意だ。彼の目に間違いはない。


 それに、かつて王都に行った際に、ディランもコーネリアを見ている。

 直接話してはいないが、金の髪に薄紫の瞳を持つ者は多くないし、顔立ちも同じだ。


(しかし……)


 ディランには、もうひとつ違和感があった。



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