入れ替わり生活開始 1
翌朝。毛布を抱き込んで寝台に丸くなって眠っていたリリーは、ぼんやりと瞼を持ち上げる。
冬の朝らしい薄明かりが差し込んでいるが、今日も景色は見えない。あとで窓を拭こう。
(昨晩、コーネリア様と話したんだよね)
夢だったようにも感じるが、首からはしっかりとロザリオが下がったままだし、ごそごそと起き上がって手鏡を覗くと、そこに映るのは今日も『リリー』ではなく『コーネリア』だ。
「お、おはようございます……って、私かぁ……」
自分とは思えず、つい挨拶をしてしまうがもちろん返事などなく、ぽかんと口を開けて不安そうな顔をしたコーネリアが映っているだけだ。
顔色は悪く、目の下に隈もある。にもかかわらず、眩しい美人である。
(うう、慣れない)
大きく息を吐いて、夜中の会話を改めて思い出す。
――入れ替わってしまったことを知られないこと。そして、魔力操作を覚えること。
どちらも怠ると命に関わると念を押された。
信じたくないが事実だと感じる。
その証拠に、コーネリアと話せた高揚感が消えると、また体の痛みが戻ってきてしまったのだ。
今は落ち着いているが、明け方まで続いた痛みのせいで疲労感が酷く、手足に力が入らない。
(でも、なんとなく魔力っていうものが分かったような……)
訳も分からず苦しんでいたいつかの晩、誰かがリリーの中の熱を吸い取ってくれた。そうすると、体が楽になった。
それを思い出して、同じように体の中でどんどん増えていく熱の塊を意識して散らすようにしたら、幾分症状が軽くなったのだ。
(きっとあの熱が魔力に関係しているんだろうな)
魔力操作の前に、まずは魔力の暴走を抑える必要があるから、その方向でやってみようと思う。でも――。
「……誰にも相談できないのは辛いなあ」
コーネリアと話すには、このロザリオの魔石に魔力を込める必要がある。しかし、魔力操作ができなければ石に魔力は入れられない。
本末転倒というか、八方塞がりというか。すべては繋がっており、誰にもなにも告げられない。
命に関わることだというのに、正解が分からない中を手探りで進むのは不安しかない。
(昨日のカイル氏は魔術団の人だから詳しいだろうけど、相談したら入れ替わっていることが発覚しちゃいそうだし)
そうしたらディランにも筒抜けだ。
「バレたら殺さ……こ、怖っ!」
昨日、少しだけ会ったディランの冬空のような冷たい瞳が蘇り、思わず腕をさする。
初対面の令嬢――しかも奥様相手に、あんなに分かりやすく殺気を向けなくてもいいと思う。
「いいご領主様だと思ったんだけどな……」
市のおかみさんも、診療所のおじいちゃん先生も、みんなディランの領主就任と領地運営を喜んでいた。
これで安心して暮らせると、そう言っていたのに。
(いくら疑っているからって、あの態度はどうなんだろう)
だがコーネリアは、そうするだけの理由があるような口ぶりだった。
しがない見習い修道女のリリーが知らないだけで、警戒や猜疑が必要な暮らしなのだろう。
「なんかなあー」
華やかな印象だった貴族の世界は、かなり殺伐としていた。
経済的に余裕はなくても、対人関係は気を抜きまくって生きてきた自分がこんなにハラハラする目に遭うなんて予想外がすぎる。
(命の危機なんて、キノコ狩りに精を出しすぎて、崖下に転落したときくらいしか感じたことがなかったのに)
その時だって、幸運にも足を挫いただけで済んだ。
救助を待つ間、平らな岩に並べて呑気に干しキノコを作っていたのがバレて、あの優しい院長に叱られた。
(でも、あの干しキノコで作ったスープはおいしかったもん)
転んでもただでは起きないのは頼もしいとシスター・マライアは褒めてくれたが、そういうことではないと二人まとめて嘆かれたのもいい思い出だ。
それはさておき、リリーがヘマをするとコーネリアも無事では済まない。うかつに相談など、危なそうなことは避けるに越したことはない。
(それに、コーネリア様のふりをしなきゃいけないのよね。しかも、春まで……で、できるかなあ)
できなくてもやるのだと言う声が聞こえた気がして、リリーの背筋が伸びる。
コーネリアを狙う刺客が辺境領に潜り込んでいる可能性があり、ディランたちにも入れ替わりがバレてはいけない。
ということは、一日中コーネリアを演じる必要がある。
(コーネリア様とブリジット様の言葉遣いを思い出して、それとシスター・マライアから教わった最低限の礼儀作法もフル動員すれば、なんとかなる……かな)
ステットソン伯爵家のブリジットはなぜかリリーのことを毛嫌いしており、口を開けば厭味ばかりだが、態度や仕草はしっかり貴族令嬢だ。参考にできるだろう。
違和感を持たれたとしても、襲われて動揺したからということでしばらくは押し切れる、と思いたい。
「まあ、やるしかないか!」
院長に以前「あなたの前向きさは、たまに無謀にも見えますよ」と愛を込めた溜め息で窘められたことは都合よく忘れることにして、リリーは両手をぐっと握りこんだ。




