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入れ替わり生活開始 2

 頑張ろうと声に出して言ってみると気持ちも切り替わり、今度は別のことが気になった。

 部屋で大人しくしていろと言われたものの、少しくらい情報を集めたい。


(だって、ここがどこなのかもよく分からないんだもの)


 フォークナーの領主館は広い城塞で、リリーは遠くから眺めたことしかない。その中のどのあたりにいるのか、せめて修道院の方向くらいは知りたい。

 そもそも修道院では、唯一の若手として早朝から晩遅くまで働きまくっていたリリーである。体調が悪かろうと、部屋に閉じ籠もっているのは性に合わない。


(外に出られなくても、とりあえず今度こそ着替えよう)


 どんなに豪華な布地でも、いつまでもネグリジェでいるなんてますます病人っぽくて気が滅入る。

 ベッドを降りると、おざなりなノックがしてティナが入ってきた。慌てて首から下げたロザリオを服の下に隠した。なんとなくだが、これも見つからないほうがいい気がする。


「おはよう、ティナ」

「……おはようございます」


 知った顔に嬉しくなってにこりと笑みかければ、不満そうにしながらもきっちり挨拶を返してくる。嫌っている相手にも偉いではないか。


(はー、ティナはやっぱりいい子ね! ……でも、ティナにも言えないよね)


 入れ替わっていること、自分(リリー)は無事だということを話したいが、どこで誰が聞いているか分からない。

 いきなり矢を射ってくるような者が相手なのだ。うかつに秘密を教えて、ティナが危ない目に遭ったらいけない。


(ごめんね、ティナ)


 真実は話せないが、嫌われたままでいるのも辛い。関係改善の努力はさせてもらいたい。

 ティナがコーネリアを憎むのは、リリーの怪我がコーネリアのせいだと思っているからのようだが、事実はリリーが勝手にコーネリアを庇ったのだ。せめてその誤解は解きたい。


「あのね、ティナ。私の……ええと、リリーのことだけど」

「あなたとその話はしたくありません」


 取り付く島もなく拒絶されてしまった。悲しい。

 ティナはツカツカと机に進むと、新しい水差しと布を置く。くるりと振り返り、腰に腕を当ててキッとリリーを睨んだ。


「起きていらっしゃるのなら今日から食事を運びますけれど、一日に二回、朝と晩です。ここは辺境ですから、豪華な料理なんて期待しないでください。お茶やお酒は出せません。着替えは、そこの箱からご自身で。入浴施設はこの塔にありませんので、二日に一回、清拭用のお湯を用意します」

「分かったわ。十分よ」

「……強がっても無駄ですから」

「強がってはいないのだけど。今、塔って言ったかしら?」

「ええ、フォークナーでは有名な塔です。王都のお貴族様はご存じないでしょうが」

「まさか【嘆きの塔】? ここがそうなの?」

「あら、知ってたんですね」


 かつて隣国との戦のときには敵の捕虜を大勢繋いだとか、歴代の領主が気に入らない人物を監禁したとか処刑したとかの、血生臭い歴史ばかりの塔だ。

 怪談話の定番スポットでもあり、リリーもよく知っている。

 そんなところに入れられているとは、ディランのコーネリアに対するスタンスがよく分かるというもの。


(これは本当に、バレたら危なそう!)


 改めて入れ替わりを隠すことを誓う。心は神の花嫁である修道女でも、身まではまだ赴きたくない。


「じゃあ、話が早いです。あなたのことはディラン様の奥様だなんて認めないし、むしろ監視が必要な人物として扱われているっていうことをご承知おきください」


(えっ、「ご承知おき」! あの小さかったティナが「ご承知おき」だなんて難しい言葉を! 立派になって……!)


 孤児院を出て働くようになっても、リリーに会うとティナはいつも妹の顔で甘えてきた。そんな妹分の成長した姿に、うっかり姉心が刺激される。

 思わずニヤけそうになってしまい、うつむき加減に顔を両手で隠すと、それこそ嘆いているように見えたのだろう。少し溜飲を下げたようなティナの声が耳に入る。


「勝手な外出は認められませんが、一日に一度、半時だけ塔の周りを歩くことはできます」

「いいの?」

「武術と魔術が得意な兵が付き添います。少しでも不審な行動をしたら――」

「そんなことしないわ! よかった、外に出たかったの。ありがとう! 今日はいつ頃行けるのかしら?」

「吹雪いてますよ。視界はゼロです」

「関係ないわね!」


 今すぐ行きたいと訴えるように近寄ると、思いっきり引かれてしまった。


「あなたって……」


 変な人、とティナの口が声を出さずに動く。

 まずい。見張り付きで吹雪の外歩きを喜ぶなんて、王都育ちのご令嬢っぽくなかったかもしれない。こほんと咳払いをしてごまかした。


「え、ええと、外出できるときは迎えに来てくれるのよね。それまではこの部屋にいるわ。そうね、雑巾はある?」

「雑巾?」

「掃除でもして大人しく待っているわ!」

「……変な人」


 ――ティナだけでなく、コーネリアの呆れた声も重なった気がした。

 ご令嬢の真似は、難しい。



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