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前途が多難すぎる 2

 高らかにコーネリアの名を呼ばれ、リリーはたじろぐ。


「え? えっと、その、私は――」

「ディラン。彼女はウォリス姓ではなく、コーネリア・フォークナー辺境伯夫人だよ」

「煩い、カイル。書類上はそうかもしれないが、俺は認めない」


 というか、そもそもコーネリアではない。

 自分でもよく分からない事態をどうにか説明しようとするが、魔術団のローブを着た彼が黒髪の男性に入れた茶々で話の腰を折られてしまった。


(いやだから、中身はリリー(わたし)なんだけど! もう、コーネリア様はどこにいるの? 無事? それに、私の体は?)


 頭に疑問符がいくつも浮かんで、目の前で交わされている会話も耳に入らない。

 きょろきょろと落ち着きなく辺りを探すリリーをちらりとだけ見て、黒髪の男性はわざとらしく溜息を吐いた。


「くれぐれも余計な気を起こすな」


 あまりに冷淡な声は、まるで水が凍るときの音のように聞こえて、思わず息を呑む。

 はいともいいえとも答えられないリリーの返事を待たず、黒髪の男性はくるりと踵を返して部屋を出て行った。


(……あの人さっき、ディランって呼ばれてた……よね)


 リリーの知っている「ディラン」はディラン・フォークナー辺境伯しかいない。

 市のおかみさん情報では、領主であるその人は黒髪に薄青色の瞳の美形であるという。その容貌も合致する。


「もしかして今の人、領主様……?」


 しんと静まった部屋に、リリーの呟きが落ちる。


「ええ、そうですよ。コーネリア様が気を失っているうちに婚姻の式もすっかり終わって、お二人は正式なご夫婦と認められました」

「は?」

「あ、申し遅れました。僕は辺境軍魔術団長のカイル・パーセルです。お見知りおきを」


 ディランが出ていった扉から視線を外せないでいるリリーに、カイルと名乗った彼はやれやれといった感じで説明を始める。


「実はコーネリア様が電撃来訪された日から、もう五日も過ぎておりまして」

「い、五日?」


 なんなら今は、襲われた日の夕方だと思っていた。一晩経っていたとしても驚いたろうが、そんなに長くとは。五日も寝込んだことなど生まれて初めてだ。


「ええ。さすがにあなた様が目を覚ますまでは、と思っていましたけれど、これ以上待てないと正教会からの見届け人にせっつかれましたし、いつまでも奴らをここに置いておきたくないとディランも言って。それで、花嫁様は意識不明のままで挙式を済ませました」

「ええっ?」


 カイルの言葉に、リリーは耳を疑う。

 結婚式とは、新郎新婦二人そろって神の御前で誓いの言葉を交わし合うものだと思っていたのだが。


(そんなことできるの? お貴族様の世界ではよくあるの? わっかんない!)


「見届け人と一緒に、ウォリス家の馭者も王都に帰しました。というわけで、今フォークナーにいるのはコーネリア様お一人です」

「あっ、馭者さんは大丈夫だったのね!」


 先程から混乱しっぱなしの中、ようやく自分でも理解できる話題になって、ホッとする。


「ええ、ちょっとばかり風邪は引いたようですが、怪我もなく――変なこと気にするんですね?」

「当たり前じゃない! よかったぁ! それで、コーネリア様は?」

「……なんの冗談ですか」


 嬉しくて笑顔のまま勢い込んで尋ねたら、妙なものを見るような目で眺められてしまった。


「だって、私は――」

「お静かに」


 自分はコーネリア本人ではなく、ギルベリア修道院のリリーなのだと再度言おうとするが、面倒そうに手で払う仕草をされて口を閉じさせられてしまった。

 魔術団のフードと眼鏡の下で、濃い緑色の瞳が不思議な光り方をする。


「な、なに……?」 

「……まだ魔力が安定していないようですね。一度枯渇すると、しばらく不調が続くのはご存じでしょう。せいぜい安静にしつつ、調整に励んでください」

「調整? ねえ、待って――」

「ああ、この塔には魔力攻撃を無効化する結界をかけました。無駄なことはなさらないように。部屋を勝手に出ることは控えていただきますし、外部との接触も、このティナを通してに限定させていただきます。もちろん、見張り……いえ、護衛の兵士も扉前に配置しますし、手紙などの中身は検めますので」

「ど、どういうことなの?」


 攻撃の無効化とか、見張りとか。

 聞き慣れない物騒な単語に思わず怯む。


「そのままの意味ですよ、コーネリア様。どうぞ、くれぐれも大人しくこちらにいらしてください」


 しかしカイルは、そんなリリーにお構いなしに言うだけ言って、では失礼、と部屋を出て行ってしまった。


(ええー、行っちゃった……)


 いろいろ聞かされたが、リリーの知りたいことは聞けずじまいだし、言いたいことも言えていない。

 茫然としたまま見送っていると、残されたティナがぽつりと呟く。


「……シスターのことは訊きもしないんですね。リリー姉さんは、あなたのせいで大怪我をしたのに」

「ティナ?」


(リリー姉さんって、私だよね?)


 大怪我というのは背中に矢を受けたことだろう。

 ティナは、怪我をしたリリー(自分)を気にしてくれていた。そう思ったら、ぱっと心が明るくなった。

 よく見ると、ティナのグレーの目の下には濃い隈があり、頬もこけている。泣いて擦ったようで目の縁が赤くなっており、痛そうだ。


(もしかして、泣くほど心配してくれたの……? ティナは肌が弱いから、袖で拭っちゃダメって何度も言ってるのに)


 肌荒れによく効くシスター・マライアのお手製軟膏も荷物に入っていたはずだ。

 そういえば、修道院から持ってきた荷物や荷車はどこだろう。ロバのポピーはこの五日間、ちゃんと餌をもらえているだろうか。


(ポピーはおっとりさんだから、知らない場所でも大丈夫だろうけど。荷車はなー、おんぼろだけど、あれ一台しかないから無いと困る……って、でもその前に!)


 確認したいことは山ほどあるが、まずは説明しようとティナへ一歩近づいた。


「あの、あのね、ティナ」

「気軽に呼ばないで! 領主様に言われたから侍女として付きますけれど、私になにか命令できるなんて思わないでください!」


 自分は大丈夫なのだ、ここにいると打ち明けようとしたリリーを遮り、ティナは泣き叫ぶように言葉を叩きつけ、くるりと背を向けて出て行ってしまった。


 ――誰も、話をするどころか、口もきいてもらえない。


 拒絶されているのは外側のコーネリアなのかもしれないが、中身のリリーも地味に傷つく。


「……これって、どうしたらいいの……」


 前途多難さに目眩がして机に手をつく。はらりと肩から落ちた髪は、やはり金色のままだった。



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