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謎の痛みと望まれない再会 2

 修道院なら鐘が鳴るし、動物たちや森の鳥、そして子供たちの声でだいたいの時間が分かるのだが、ここはそういう音が一切しない。


(やけに静か……そうだ、コーネリア様は?)


 自分のことでいっぱいですっかり忘れていたが、コーネリアに怪我はなかっただろうか。

 彼女は貴族で、領主の妻となる人だ。

 平民の自分と同じ病室ではなく、城館の貴賓室で介抱されているに違いないが、聞いたら教えてもらえるだろうか。


(馭者さんのところにも迎えは行ったかな。巻き込まれていないといいけど……)


 ロバのポピーと荷車、それに荷は無事だろうか。あれからどのくらい時間が経っているか分からないが、どうにか冬支度だけはしないといけない。


(雪、降り始めたところだったから、まだそんなに積もってないよね? 動けるようになったら、大急ぎで帰らないと)


 尽きない心配事を思い浮かべていると、ノックもなく木の扉が開いた。

 音がしたほうを見ると、桶や水差しを持ったメイドがいて、起きているリリーに向こうも驚いた顔をする。

 その顔に、見覚えがあった。


(……ティナ?)


 黒いお仕着せにエプロン。白いキャップの下はくるりと巻いた赤毛で、鼻の上には薄いソバカス。

 孤児院出身で、今年の春から辺境領で働き出したティナだ。


「ティ……、けほっ」


 起き上がって呼びかけようとしたが、声が枯れていて噎せてしまったうえに、体に力が入らなくてすぐに寝台に戻ってしまった。

 ティナは七歳の頃に孤児院に預けられた子だ。リリーが妹のように面倒をみて、彼女もリリーを姉と慕ってくれていた。孤児院を出た今も、辺境領に来る度に会っている相手である。


(ティナ! お城の下働きになったはずだけど、診療所のお手伝いもしているのね!)


 それか、怪我をしたリリーを見舞いに来てくれたのかもしれない。

 知っている顔を見てほっとして嬉しくなったリリーだが、そのティナは憎々しげな視線を向けてきた。


(え……?)


「あなたのせいで……っ」


 絞り出すような声でそう言って、ティナは乱暴に荷物を机に置くとすぐに出て行ってしまった。

 バタンと音を立てて閉じた扉を見つめて、呆気にとられてしまう。


(ティナ……?)


 かわいい妹の、あんな怖い顔は初めて見た。

 両親が亡くなり、遠い親戚に捨てられるように孤児院に連れて来られたときだって、ティナはあんなに恨めしそうな目はしていなかった。

 それが自分に向けられたなんて――体調の悪さも忘れるほどのショックを受ける。


(私のせい、って言ったよね)


 知らないうちに、なにかしてしまったのだろうか。

 もしかして、修道院のみんなで作ったパイやらジャムやら蝋燭やらの荷物が全部だめになって、市で売れなくなって怒っているのだろうか。

 それだったら、リリーも悲しい。

 でも、悪いのは襲ってきた暴漢だし、ティナは怒る相手をはき違えて八つ当たりをするような子ではないはず。


(それならやっぱり、私がなにかしたのかな)


 状況が分からないが、あからさまな敵意を向けられたことは確かだ。かなりしょんぼりしてしまう。

 じわりと涙が浮かびそうになった目元を抑えながら、リリーはふらふらと起き上がった。

 カゴのなかには清潔な布や、手鏡、櫛など洗面用具が入っているようだ。せっかくティナが持ってきてくれたのだから、顔を洗おう。


 ギシギシと軋む体をどうにか動かしてベッドから下りる。石の床には厚い敷物があり、足裏がふかりと沈んだ。

 水差しを持ち上げると大きさの割に軽かった。揺すると、ちゃぷんと頼りない音がする。

 お前なんかにやる水はない、と言われているように感じてまた悲しくなる。


(めちゃくちゃ嫌われてる……! ティナ、どうしちゃったの?)


 どうかしたのは自分のほうかもしれない。もう泣きたい。いや、泣く。

 ぐすりと鼻をすすりながら俯くと、はらりと髪が肩から落ちた。鮮やかな金色の美しい髪だ。


「わあ、きれいなブロンド……は? えっ、金色?」


 リリーの髪色はローズベージュで、肩下までのセミロングだ。こんなに長くもない。


「ちょ……ちょっと、待って」


 慌てて水差しを机に置き、髪を鷲づかみにする。

 何度瞬きをしても、毛先まで美しい金色だ。引っ張ると地肌が痛い。

 ハッとして机の上のカゴの中から鏡を取り出す。震える手で持ち上げ、恐る恐る覗き込んだ。


「は?」


 ――見えたのは、ビスクドールのように整った目鼻立ち、宝石のような薄紫の瞳。


「……コーネリア様?」


 そこに映っていたのは、聖ギルベリア修道院の見習い修道女ではなく、市に行く途中で一緒になった侯爵令嬢の顔だった。


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