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 いつもの朝。

 いつものベッド。

 いつもの自分の部屋。

 目を覚ますといつも通りだった。

 そのいつも通りに違和感を感じる。その正体を突き止められそうにはないけれど。


「おはようございます。お母様、お父様、お兄様」


 大テーブルのある部屋に入り、朝の挨拶をする。

 これもまた日常。

 それなのに景色が浮いて見えるなんて、体調でも悪いのかな。


「おはよう。今朝はリーナの好きなリンゴパンよ」

「あぁ、おはよう」

「寝癖ついてるぞ。おはよう」


 お兄様の隣に座る。

 いつも通り、だよね。


「「「こうして大地の恵みを教授できることに感謝いたします。いただきます」」」


 食前の祈りをしパンを口に運ぶ。

 公爵領で採れる、糖度が高いと評判のリンゴが練り込まれており、とても美味しい。

 

「そういえばリーナ」

「なんでしょう、お父様」

「お前に婚約の申し込みがあった」

「誰なのですか?」

「この国の王族が一人、ルゼストリア・ロイスタル殿下だ。殿下は第一王子でいらっしゃる」

「……マジ、ですか?」

「マジだ」


 これは本当のようだ。

 よく嘘か本当か分からない冗談を言うけれど、疑って否定しないことはないからだ。

 にしても、王族が婚約を申し込んだ?

 私に?なんでとしか。

 王族にすら会ったことはない。

 先日の夜会ですら、第一王子は婚約を避けて来なかったのだから。

 ん?第一王子?

 私が、婚約を申し込まれたのも第一王子だったわよね。

 ますます頭が混乱してきた。


「へー。こりゃまた大物ですね」

「お父様、それは「そういえば……」で始めるような議題ではありません。何かのついでのような話し方であっていいはずがありませんわ。朝から心臓に悪すぎます」

「すまないが断ることはできない」

「ええ、それは承知しております」


 一貴族に過ぎない公爵家が王族の婚約を断られることなんてできない。婚約の申し込みは王命に等しい。

 断る理由もない。

 今、この領地は貧困状態にある。

 王族に嫁げば支援金が貰える。

 政略結婚……まだ婚約しかしてないから政略婚約か。

 貴族令嬢に生まれたからにはどうせいつか誰かと政略婚約する運命だ。誰に嫁ごうと大した違いがあるものか。

 ならもうこう言うしかないのだ。


「その婚約、お請けいたします」


 




 翌日。

 さっそく王宮に招かれた。

 公爵家の侍女にメイクの厚塗りをされ重たいドレスを着てここに来た。

 もはや、これ顔変わってるレベルだよ。

 比喩じゃなくて顔の皮が厚くなってるよ。

 そんなことはどうでもよく……ないけどひとまず置いておく。

 私は、来賓室の扉を勢いよく開けて戦場の敵に戦いを挑むかのように叫んだ。昨日と全く同じ言葉を。


「その婚約、お請けいたします」

「やあ、初めまして。えらく勇ましいね」


 初めまして?

 うん、初めましてだよね。

 なんだろう。なんだか、違和感を感じたような。デジャブみたいな、既視感みたいな。

 気のせい、よね。

 それにしても美しい男性だ。

 月光を集めたかのような髪が目を惹く。


「戦場ですから」


 しまった。考えてたことがそのまま出たわ。


「戦場ね。それはまたどうしてだい」

「男性が剣をとるように、ドレスを着るのは女性の武装といいますか……。うわぁ、余計なこと口走ったわね。その、要するにこれは愛のない政略婚約じゃないですか。ですから気を張っていないとならないのです」

「その割に思考をそのまま話しているね。ここを戦場と呼ぶなら相手に何よりも知られてならないものだ。やはり君は変わらないね」

「変わらないって、私たちが会ったのは今日が初めてのはずです」

「……そうだったね。何を勘違いしていたのか。すまないすまない」


 もしかすると、私に似た誰かと重ねたのかもしれないわね。


「ところでリアリーナ。俺は、愛のない婚約を申し込んだ覚えはないのだが」

「愛があるはずありません。これは政略婚約ですから。王族の申し込みは断られないのをご存じですよね」

「初めが政治目的だったとしても愛することはできると思う。なんて、公爵令嬢に王族の俺が言っても説得力ないな。リアリーナには好きな人がいたのかい」

「急ですね。話の方向どうなってるんですか。いませんよ、いるわけがありません」

「そう」


 眉を寄せて悲しそうな表情をする。

 なんでだ。

 普通、婚約者に好きな人がいないのは良いことじゃないのか。


「じゃあ、君の初恋になれるよう頑張らないとね」

「あなたはどうして私に婚約を申し込んだのですか……ってきくのは野暮ですね」


 政治のため。

 その答えしかあるはずがないのに。


「公爵家と仲良くなっていると得るものがあるからね」

「まあ、そうですよね」

「そうだ。これは俺が勝手に進めた縁談。逃げることは許さないし、君が俺に負い目を感じることは一切ない」

「どういう……」

「深い意味はない。そのままとらえてくれればそれでいい。そうだ、これをあげよう」


 何を?

 聞き返す間もなく腕を掴まれる。

 前にもこんなことがあったような……あるはずないけど。

 腕には細やかな銀細工が施された腕輪がつけられている。嵌め込まれた宝石はとても綺麗だが、種類までは分からない。

 とにもかくにも高そうだ。

 婚約を書面ですら交わしていないのにこれは重すぎる。

 返そう。


「あれ?」

「抜けないよ。まさか、抜こうとなんてしないよね」


 これは質問ではない。

 答えが決まっていて、それ以外を答えてらならないやつだ。


「ええ、もちろん。ちょっと角度を直したかっただけです」


 我ながらかなり苦しい言い訳だな。

 でも、彼にとってはどうでもよかったのだろう。

 目はそのまま口角だけ上げて笑った。


「そっか、なら良かったよ。じゃあ、ちょっと眠って」


 はい?

 話の脈絡が可笑しすぎませんか、殿下。

 そして、視界が暗転した。

 殿下と視界の暗転。

 どうして既視感があるのだろうか。
















 

次が最後の話です。

ここまでお付き合い下さりありがとうございます。

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