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「い、犬走?」
副島はトイレの個室をノックした。3組の生徒に尋ねると、ずっとここに閉じ籠っていると言う。
「……犬走?」
返事はない。
「あの……さ、辛いことがあったら、誰かに話した方がいいよ。俺、二年の時の副島だけど、クラスで嫌なことあるなら、聞くし」
微かに個室内で物音がした。
「……副島か……。ごめん、大丈夫やから」
「大丈夫ちゃうやろ。すげえ泣いとったやん。言うたらええよ。すっきりするかもしらん」
副島は勧誘目的だったが、犬走の優しさを知っている。さすがに何かあったのだろうと、心配する気持ちの方が勝っていた。
「…………今日、突然の別れがあってさ。三歳の頃からずっとずっと一緒だったんだ。挨拶もできんくて……」
そう言って、個室の向こうで和巳は泣き出した。
「……そっか、辛いな。親友やったん?」
「……うぅ……シン、ヒョウ、セイ……親友とか……そんなレベルじゃなかった……」
さ、三人も?
犬走と懇意にしていた三兄弟の一家が引っ越したということだろうか。
「そっか……会いには、行かれへんの?」
「うぅ……分かんないんだ。……親父が勝手に……俺に一言も言ってくれずに捨てたんだ。和歌山の山奥に……うぅ」
や、山? 犬走の父親が、す、棄てた?
副島の頭が想像力の限界まで引き出して浮かべた映像は、世にも恐ろしい映像だった。言葉が出ない。
副島は震えた。とんでもないことを聞いてしまった。そりゃ泣くのも頷ける。
犬走家とその一家にどんな怨恨が渦巻いていたか分からないが、犬走はよほど恐ろしい日々を送っていたのだろう。
「……うんと……俺さ、野球部復活させるんだけど、和歌山の高校とも練習試合するんだ。それと合宿並行させて、探しに行くか? 犬走の脚があれば俺も助かるし。犬走もそのシンくんたちを探しに行ける良い機会かもしれないし。……俺にはそれくらいしかしてあげられないけど」
大混乱の頭の中、微かに残っていた勧誘という目的を思い出し、副島はダメもとでそう勧誘した。
「………………うん」
「え?」
「分かった。俺はシンたちを探しに行きたい」
泣き声が少し収まり、はきとした声が返ってきた。
「……野球部、入ってくれるんか?」
「ああ」
犬走和巳の入部が決まった。
副島は犬走という最速の一番打者加入の喜びよりも、シンくん、ヒョウくん、セイくんという見ず知らずの三人への心配が尽きなかった。
「犬走……シンくんたち、無事だといいな」
「ああ、ありがとう、副島」




